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Ⅲ.春の足音
103 旅21 コーンウォール
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明け方近くになって飲み物を取りに来たショーンは、キッチンで話し込んでいた僕とバズを見て、「さっさと寝ろよ、後が辛いぞ」と顔をしかめた。自分はどうなんだって言いたかったけれど、僕はバズと顔を見合わせて肩をすくめるだけにしておいた。
朝食を済ませ、バズが家を出る時間に合わせて僕たちも出発だ。バズは車まで見送ってくれ、お別れに僕をハグしてくれた。
「スパでも思ったんだけどさ、コウってほんと、華奢だよね。ジムにでも通ってもっと身体を鍛えた方がいいよ」
真面目な顔をしてそんなことを言うので、なんだか僕は恥ずかしくて顔を伏せてしまった。気にしてたんだよ、これでも……。
「夏季休暇に、ロンドンに遊びに行くからね!」
バズは俯いている僕を遠慮なく覗き込む。だから、笑ってしまったよ。
「楽しみにしてる。試験頑張ってね」
「またフレンチトースト作ってよ。バナナののった奴」
「バナナでも、苺でも。お気に召すままに」
ミシェルにクラクションを鳴らされた。いつまでも続きそうな取り留めのない会話を打ち切って、車に乗り込んだ。
「講習なんか放り出して一緒に行きたい、って言ってたんだ、あいつ」
ショーンは後ろを向いて、遠ざかっていく街並みに眼を細めている。
「さすがにそれは無理だって言ったけどさ」
「定員オーバーね」
助手席のコリーヌが振り返る。
居た堪れない。コリーヌは、いつものように素知らぬ顔で話し始めている。もっぱらアーサー王伝説のことやケルトのこと。朝っぱらから元気だな。寝てないくせに。僕は眠たいからね。ティンタジェルまでは三時間は掛かるそうだから、遠慮なく寝させてもらうよ。
ぎゅっと目を閉じた。少しむくれていたのかも知れない。ショーンは彼女との会話に参加しているけれど、僕には声を掛けてくることはなかった。でも、寝たふりから本当に眠りかかって、僕の身体がぐらりと傾いた時、「これ使えよ」と、小さなクッションをシートと僕の頭の間に挟んでくれた。
ミシェルのじゃないだろ。これ、バズの家から持って来たんだろ? ちゃんと断ったの? って、口にしたかな。頭の中で思っただけかもしれない。眠かったから……。
冷たい風に顔を叩かれ、潮の香りで目が覚めた。ドアが開けられている。
ビクッと飛び起きた僕を、コリーヌが覗き込んでいた。そして、「着いたわよ」と彼女は蠱惑的に笑った。
ここはコーンウォール、ケルト民族の地だ。
尤も、昨今の化学調査から、ケルト民族と呼んでいいものかは疑問だけれど。
ヨーロッパ古代史に残るケルト民族と、ブリテン島のケルト民族は遺伝子的にも、文化的にも繋がらないらしい。これまでの定説であったケルト民族の移動説が覆され、考古学的見地からも、ブリテン島の古代史は日々塗り替えられている。
たとえアーサー王伝説がケルトの伝承でなかったとしても、その力強い神秘性に魅了される人々は変わらなくいるだろう。僕としてはむしろ、大陸とは無関係のブリテン島土着の伝承であった方が興味深い。
けれど、歴史的なイメージや民族のアイデンティティ、そしてそこから派生する経済効果なんてものも考慮すると、歴史の書き換えはそう簡単にできるものでもないのだろう……。
彼らの会話が、変に頭に残っていた。
ケルト文化を研究しているショーンはよくこの話題を口にする。彼の頭は柔軟で、裏付けされていく事実に沿って淡々と考察を進めるだけだ、と大概笑って締め括る。
そして僕はと言うと、彼らがどんな言語を使いどの民族に属していたのかは問題ではなく、彼らの残した伝承の中に、僕の求める暗号がどれだけ含まれているか、という事が重要なんだと、うつらうつらしながらそんなことを考えていた。
「コウ、見てみろよ。大西洋だぞ!」
吹きすさぶ潮風に歯向かうような大声で、ショーンが僕を呼んでいる。
朝食を済ませ、バズが家を出る時間に合わせて僕たちも出発だ。バズは車まで見送ってくれ、お別れに僕をハグしてくれた。
「スパでも思ったんだけどさ、コウってほんと、華奢だよね。ジムにでも通ってもっと身体を鍛えた方がいいよ」
真面目な顔をしてそんなことを言うので、なんだか僕は恥ずかしくて顔を伏せてしまった。気にしてたんだよ、これでも……。
「夏季休暇に、ロンドンに遊びに行くからね!」
バズは俯いている僕を遠慮なく覗き込む。だから、笑ってしまったよ。
「楽しみにしてる。試験頑張ってね」
「またフレンチトースト作ってよ。バナナののった奴」
「バナナでも、苺でも。お気に召すままに」
ミシェルにクラクションを鳴らされた。いつまでも続きそうな取り留めのない会話を打ち切って、車に乗り込んだ。
「講習なんか放り出して一緒に行きたい、って言ってたんだ、あいつ」
ショーンは後ろを向いて、遠ざかっていく街並みに眼を細めている。
「さすがにそれは無理だって言ったけどさ」
「定員オーバーね」
助手席のコリーヌが振り返る。
居た堪れない。コリーヌは、いつものように素知らぬ顔で話し始めている。もっぱらアーサー王伝説のことやケルトのこと。朝っぱらから元気だな。寝てないくせに。僕は眠たいからね。ティンタジェルまでは三時間は掛かるそうだから、遠慮なく寝させてもらうよ。
ぎゅっと目を閉じた。少しむくれていたのかも知れない。ショーンは彼女との会話に参加しているけれど、僕には声を掛けてくることはなかった。でも、寝たふりから本当に眠りかかって、僕の身体がぐらりと傾いた時、「これ使えよ」と、小さなクッションをシートと僕の頭の間に挟んでくれた。
ミシェルのじゃないだろ。これ、バズの家から持って来たんだろ? ちゃんと断ったの? って、口にしたかな。頭の中で思っただけかもしれない。眠かったから……。
冷たい風に顔を叩かれ、潮の香りで目が覚めた。ドアが開けられている。
ビクッと飛び起きた僕を、コリーヌが覗き込んでいた。そして、「着いたわよ」と彼女は蠱惑的に笑った。
ここはコーンウォール、ケルト民族の地だ。
尤も、昨今の化学調査から、ケルト民族と呼んでいいものかは疑問だけれど。
ヨーロッパ古代史に残るケルト民族と、ブリテン島のケルト民族は遺伝子的にも、文化的にも繋がらないらしい。これまでの定説であったケルト民族の移動説が覆され、考古学的見地からも、ブリテン島の古代史は日々塗り替えられている。
たとえアーサー王伝説がケルトの伝承でなかったとしても、その力強い神秘性に魅了される人々は変わらなくいるだろう。僕としてはむしろ、大陸とは無関係のブリテン島土着の伝承であった方が興味深い。
けれど、歴史的なイメージや民族のアイデンティティ、そしてそこから派生する経済効果なんてものも考慮すると、歴史の書き換えはそう簡単にできるものでもないのだろう……。
彼らの会話が、変に頭に残っていた。
ケルト文化を研究しているショーンはよくこの話題を口にする。彼の頭は柔軟で、裏付けされていく事実に沿って淡々と考察を進めるだけだ、と大概笑って締め括る。
そして僕はと言うと、彼らがどんな言語を使いどの民族に属していたのかは問題ではなく、彼らの残した伝承の中に、僕の求める暗号がどれだけ含まれているか、という事が重要なんだと、うつらうつらしながらそんなことを考えていた。
「コウ、見てみろよ。大西洋だぞ!」
吹きすさぶ潮風に歯向かうような大声で、ショーンが僕を呼んでいる。
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