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Ⅲ.春の足音
124 旅42 リミット
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ブレントールの聖ミカエル教会からダートムーアを巡り、ソールズベリーに戻って来たのは、もう夜も更けてからのことだった。
コリーヌたちと最初に出会ったあのB&Bに今回も泊まる。一泊したことがあるだけなのに、見覚えのある街並み、看板、その佇まいに懐かしさと安堵が込み上げた。
車の中で、途中立ち寄った街で買った適当なサンドイッチを食べ、腹ごしらえは済ませていたので、コリーヌたちとは「また明日、朝食で」と簡単に分かれ、各々の部屋で泥のように眠った。
翌朝目が覚めると、ショーンはもう起きてシャワーを浴びてきたところだった。
「ショーン、何かスポーツをやってたの?」
わしわしとタオルで髪の毛を拭いている、いかつい背中に声をかける。
「コウ、起きたのか。何、スポーツ? ああ、ずっとサッカーをな」
「ショーンは文系だと思ってたのに」
「文系だってサッカーくらいするだろ?」
「そうなんだ? 日本じゃ文系を選ぶ学生は、あまりスポーツをしないイメージがあるよ」
「ふーん、もとは理系だったけどな。どっちかしかないだろ? サッカー選手になるわけでもないのに、専攻コースが関係あるのかい?」
そう言われてみればそうだ。そもそも日本みたいな体育会系って、特殊な人種がこの国にもいるのだろうか? 難関大学を受験する大学進学準備コースのみんなだって、普通にスポーツが好きだし、音楽なんて楽器の演奏までするし、多彩な趣味を持っている。僕みたいに、ひたすら机にかじりついた子ども時代を送ってきている方が珍しいのかもしれない。
「それとも、俺が脳筋に見えるってことなのかな?」
髪を拭く手を休めて、ショーンが何とも言えない表情で顔を上げる。僕は寝転がったまま頭をもたげて、くすくす笑った。
「いい背中してるな、って思ってさ。きみは凄い読書家なのに、しっかり身体を鍛える習慣もあって、なんていうか、全体的にバランスがいいよね」
それに社交的で、気遣いもできて……。
お喋りで、自己顕示欲の強い奴に思えていた最初の頃の印象とは全然違う。彼は喋ることが下手な僕のために、喋ってくれる。自分が喋ることで、僕が喋り易くなるように。僕を知るために、引き出すために、そして迂闊な僕がつい作ってしまう沈黙の不安を拭い去るためにも。
「きみも鍛えてもっと体力つけろよ」
ショーンはにっと笑って、また僕に背中を向けた。僕は「そうだね」と答えて、ちらと時計に眼をやり、ようやく少し自分を急かして、ベッドからもぞもぞと起き上がった。
「僕もシャワーを浴びて来る。朝食、先に行って」
「了解」
今日と明日。それで旅は終わる。朝食の席でコリーヌたちともお別れだ。なんだか色々面倒くさかったコリーヌだけど、もう逢うこともないのかと思うと、それはそれで淋しいものがあった。
なんて、感慨深い感傷的な思いは、朝食のテーブルで粉々に叩き潰された。
「あと二日、付き合うわ」
って、寝耳に水の発言をコリーヌに告げられたからだ。
「でも、きみたちはもう、あの遺跡には行ったんだろ?」
「夏至の日の儀式を教えてくれるなら、付き合ってあげる」
どういうこと? それは以前はっきりと断ったのに。
訝しさに眉をひそめた僕の脚を、テーブルの下でショーンが蹴った。コリーヌは勝ち誇るような、そんな高慢な笑みを口許に浮かべて、「ミシェル」と、彼に一瞥をくれ立ち上がった。
「部屋で待ってるわ」
呆気に取られている僕には目もくれず背中を向け、そんな彼女にミシェルも続く。尤も、彼は僕に同情的な視線を向けて、小さく肩をすくめていたけれど。
「コリーヌはソルボンヌの学生なんだ」
二人の姿が消えるなり、ショーンが僕に顔を寄せる。
「それがどうかした?」
「ストーンヘンジのサークル内に入れる」
つまり、学術調査の一環として、彼女は大学経由で一般人は立ち入りできないストーンヘンジの立石の内側を見学する許可を取って、ここに来ていると言うことだった。その調査自体は既に済んでいるけれど、再確認したい、とかなんとか理由をつけて、もう一度訪れる許可を僕たちのために管理施設からもらってくれたのだ、と。
「だからって、」
呆れ返るにも程がある。
立ち入り禁止区域になっている遺跡付近に入れるからって、勝手に交換条件にするなんて!
余りに腹が立って言葉が出て来ない。黙りこくったまま怒りに震える僕を見て、ショーンもさすがに気まずそうに言葉を継いだ。
「きみが行ったっていう、本当の儀式である必要はないんだ。どうせ解りゃしないんだからさ」
……ショーンは基本いい奴だと思う。だけど、時々ついていけない。このバランスの悪さはいったい何なんだろう?
僕は顔をしかめたまま視線を落とした。皿の上のまださほど手をつけていない朝食が、どうするの? と僕に問いかける。
火の通り過ぎた半熟の目玉焼き、缶詰を温めたに違いないベイクドビーンズ、コロコロ転がるマッシュルームに、太すぎるソーセージ、そして極めつけの薄過ぎる焼き過ぎのパン。何もかもが憎たらしい。
どうするか、って? そんなの、食べるに決まっているじゃないか!
僕はお腹が空いているんだ。考えるのは後回しだよ。お腹が空き過ぎているから、僕はこんなにもイライラするんだ。
僕は、何の悪気も、責任もない朝食の皿を睨みつけながら、せっせとカトラリーを動かし、罪もない彼らを口に運んで断罪した。
コリーヌたちと最初に出会ったあのB&Bに今回も泊まる。一泊したことがあるだけなのに、見覚えのある街並み、看板、その佇まいに懐かしさと安堵が込み上げた。
車の中で、途中立ち寄った街で買った適当なサンドイッチを食べ、腹ごしらえは済ませていたので、コリーヌたちとは「また明日、朝食で」と簡単に分かれ、各々の部屋で泥のように眠った。
翌朝目が覚めると、ショーンはもう起きてシャワーを浴びてきたところだった。
「ショーン、何かスポーツをやってたの?」
わしわしとタオルで髪の毛を拭いている、いかつい背中に声をかける。
「コウ、起きたのか。何、スポーツ? ああ、ずっとサッカーをな」
「ショーンは文系だと思ってたのに」
「文系だってサッカーくらいするだろ?」
「そうなんだ? 日本じゃ文系を選ぶ学生は、あまりスポーツをしないイメージがあるよ」
「ふーん、もとは理系だったけどな。どっちかしかないだろ? サッカー選手になるわけでもないのに、専攻コースが関係あるのかい?」
そう言われてみればそうだ。そもそも日本みたいな体育会系って、特殊な人種がこの国にもいるのだろうか? 難関大学を受験する大学進学準備コースのみんなだって、普通にスポーツが好きだし、音楽なんて楽器の演奏までするし、多彩な趣味を持っている。僕みたいに、ひたすら机にかじりついた子ども時代を送ってきている方が珍しいのかもしれない。
「それとも、俺が脳筋に見えるってことなのかな?」
髪を拭く手を休めて、ショーンが何とも言えない表情で顔を上げる。僕は寝転がったまま頭をもたげて、くすくす笑った。
「いい背中してるな、って思ってさ。きみは凄い読書家なのに、しっかり身体を鍛える習慣もあって、なんていうか、全体的にバランスがいいよね」
それに社交的で、気遣いもできて……。
お喋りで、自己顕示欲の強い奴に思えていた最初の頃の印象とは全然違う。彼は喋ることが下手な僕のために、喋ってくれる。自分が喋ることで、僕が喋り易くなるように。僕を知るために、引き出すために、そして迂闊な僕がつい作ってしまう沈黙の不安を拭い去るためにも。
「きみも鍛えてもっと体力つけろよ」
ショーンはにっと笑って、また僕に背中を向けた。僕は「そうだね」と答えて、ちらと時計に眼をやり、ようやく少し自分を急かして、ベッドからもぞもぞと起き上がった。
「僕もシャワーを浴びて来る。朝食、先に行って」
「了解」
今日と明日。それで旅は終わる。朝食の席でコリーヌたちともお別れだ。なんだか色々面倒くさかったコリーヌだけど、もう逢うこともないのかと思うと、それはそれで淋しいものがあった。
なんて、感慨深い感傷的な思いは、朝食のテーブルで粉々に叩き潰された。
「あと二日、付き合うわ」
って、寝耳に水の発言をコリーヌに告げられたからだ。
「でも、きみたちはもう、あの遺跡には行ったんだろ?」
「夏至の日の儀式を教えてくれるなら、付き合ってあげる」
どういうこと? それは以前はっきりと断ったのに。
訝しさに眉をひそめた僕の脚を、テーブルの下でショーンが蹴った。コリーヌは勝ち誇るような、そんな高慢な笑みを口許に浮かべて、「ミシェル」と、彼に一瞥をくれ立ち上がった。
「部屋で待ってるわ」
呆気に取られている僕には目もくれず背中を向け、そんな彼女にミシェルも続く。尤も、彼は僕に同情的な視線を向けて、小さく肩をすくめていたけれど。
「コリーヌはソルボンヌの学生なんだ」
二人の姿が消えるなり、ショーンが僕に顔を寄せる。
「それがどうかした?」
「ストーンヘンジのサークル内に入れる」
つまり、学術調査の一環として、彼女は大学経由で一般人は立ち入りできないストーンヘンジの立石の内側を見学する許可を取って、ここに来ていると言うことだった。その調査自体は既に済んでいるけれど、再確認したい、とかなんとか理由をつけて、もう一度訪れる許可を僕たちのために管理施設からもらってくれたのだ、と。
「だからって、」
呆れ返るにも程がある。
立ち入り禁止区域になっている遺跡付近に入れるからって、勝手に交換条件にするなんて!
余りに腹が立って言葉が出て来ない。黙りこくったまま怒りに震える僕を見て、ショーンもさすがに気まずそうに言葉を継いだ。
「きみが行ったっていう、本当の儀式である必要はないんだ。どうせ解りゃしないんだからさ」
……ショーンは基本いい奴だと思う。だけど、時々ついていけない。このバランスの悪さはいったい何なんだろう?
僕は顔をしかめたまま視線を落とした。皿の上のまださほど手をつけていない朝食が、どうするの? と僕に問いかける。
火の通り過ぎた半熟の目玉焼き、缶詰を温めたに違いないベイクドビーンズ、コロコロ転がるマッシュルームに、太すぎるソーセージ、そして極めつけの薄過ぎる焼き過ぎのパン。何もかもが憎たらしい。
どうするか、って? そんなの、食べるに決まっているじゃないか!
僕はお腹が空いているんだ。考えるのは後回しだよ。お腹が空き過ぎているから、僕はこんなにもイライラするんだ。
僕は、何の悪気も、責任もない朝食の皿を睨みつけながら、せっせとカトラリーを動かし、罪もない彼らを口に運んで断罪した。
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