130 / 193
Ⅲ.春の足音
126 旅44 ストーンヘンジ2
しおりを挟む
ストーンヘンジは、ガイドブックなんかでよく見る写真の、鳥居に似た二本の立石にまぐさ石を載せた形の三石塔を囲む環状列石のことだと、僕は思っていた。
だが実際に世界遺産として登録されているのはそこだけではなく、ストーンヘンジを中心とする幾つかの地域周辺遺跡を含むのだそうだ。世界遺産への登録面積は26k㎡というのだから、いかに広範囲に渡っているのかが判る。
夕暮れ時に最終目的地に到着するように、まずは新石器時代のカーサスから大平原を歩いて順繰りに遺跡を見て回ることになった。
カーサスは遺跡、といっても判りやすい巨石群があるわけではない。土堤を巡らした砦状の構築物だ。一面緑に覆われた草原でピンとこないが、この東西に伸びるカーサスは、春分、秋分の日の日の出の位置に向いているらしい。そして、この両先端にある窪みを結ぶ日の出と日没の線が、夏至の日のストーンヘンジと並ぶということで、遺跡は単独のものではなく、周辺遺跡諸々を統合して、ストーンヘンジの祭祀場としての機能が完成するらしい。
ショーンの、民俗学よりも考古学を専攻する方が良いのではないか、と思えるような、様々な説を踏まえた解説に聴き入りながら、のどかな平原を歩いた。
次に向かった、ダーリントン・ウォールズ、そしてウッドヘンジは特に興味深かった。
「木は人の生きる土地を、石は死者の地を意味するんだ」
ウッドヘンジには、直径にして50mの円の内側に、一見ランダムに、けれど実際は六層もの環状に、膝の高さ程度の低いコンクリートの円柱が埋め込まれている。
この円柱は、かつては木製の柱だった、というのが定説だ。ダーリントン・ウォールズに残る集落の跡から、ここは大規模な村が形成されていたとされる。
この人の生きる場所から、定められた道を通りストーンヘンジへと死者を送る。最後に行き着く場所としてのかの地は、埋葬場であり祭祀場である。
これが、様々なストーンヘンジの仮説の中でショーンの押す、最も有力な説なのだそうだ。
「きみはどう思う?」
ぼんやりと辺りを眺めていた僕を、ショーンが覗き込む。
「生者の土地と死者の土地は、エイボン川と特別な道で結ばれていたのかな。日本でも聖と俗は川で分断され、その水で禊して彼岸と繋がる聖なる場所に渡るんだ」
「エイボン川かどうかは判らないがな。カーサスはストーンヘンジ・ボトムと呼ばれる、今は水の枯れ切った川の跡を横切っているんだ」
水脈が変わる……。
そう言えば、バースでもそんなことを聞いた。十九世紀初頭に尽きたと思われていた泉は水路が変わっていただけで、元の水路に戻したところ、またこんこんと温泉が湧き出た、と。
水の流れが人の流れを変え、集落を形成する場所を決める。
「今見ている地形とは、景色が異なっているんだね」
このコンクリートの木の柱が、どんな建造物だったか想像もつかないように。今、目の前に広がる風景は、紀元前三千年もの彼方で彼らの見ていた景色とは同じじゃない。だけど。それなのに……。
何なんだろう? 何かが解り掛けているのに。
遮るものなど何もない平原を、風が自由に駆け回る。小さな子どものように、無邪気に。屈託なく。
でもその当たりは、街中で感じるものよりも余程冷たく、痛いほどで、僕は頬を両手の平で覆って擦り温める。
ケルトの女王ブーディカの塚で行った儀式を、ストーンヘンジに再現して見せてくれと言うコリーヌ。
古墳、遺跡、夏至、が共通項に見えるかもしれないけれど、この地の遺跡は、ケルトよりも更に古代に遡ると言うのに。パワースポットと呼ばれる場所なら、猫も杓子もない。一緒くただ。
彼女の思考回路はいったいどうなっているのだろう?
「この環の中央には、身体を屈めた子供が埋葬されていたの。神に捧げられた生贄のね」
ショーンの話を黙って聴いていたのにも関わらず、コリーヌは人差し指を、環の中央に差し示す。
「遺体が発掘されているのよ。その後のロンドンでの調査中に、大空襲でその遺体は失われてしまったの」
彼女はどうしたって、頑なに思い込んでいる召喚の儀式には、「奉納の生贄」が必要だと思っているらしい。
生贄を捧げる古代人の宗教観なんて、僕には解らない。そして、その悪しき習慣を嬉々として語るコリーヌは、更に輪をかけて、僕には理解できない存在でしかなかった。
だが実際に世界遺産として登録されているのはそこだけではなく、ストーンヘンジを中心とする幾つかの地域周辺遺跡を含むのだそうだ。世界遺産への登録面積は26k㎡というのだから、いかに広範囲に渡っているのかが判る。
夕暮れ時に最終目的地に到着するように、まずは新石器時代のカーサスから大平原を歩いて順繰りに遺跡を見て回ることになった。
カーサスは遺跡、といっても判りやすい巨石群があるわけではない。土堤を巡らした砦状の構築物だ。一面緑に覆われた草原でピンとこないが、この東西に伸びるカーサスは、春分、秋分の日の日の出の位置に向いているらしい。そして、この両先端にある窪みを結ぶ日の出と日没の線が、夏至の日のストーンヘンジと並ぶということで、遺跡は単独のものではなく、周辺遺跡諸々を統合して、ストーンヘンジの祭祀場としての機能が完成するらしい。
ショーンの、民俗学よりも考古学を専攻する方が良いのではないか、と思えるような、様々な説を踏まえた解説に聴き入りながら、のどかな平原を歩いた。
次に向かった、ダーリントン・ウォールズ、そしてウッドヘンジは特に興味深かった。
「木は人の生きる土地を、石は死者の地を意味するんだ」
ウッドヘンジには、直径にして50mの円の内側に、一見ランダムに、けれど実際は六層もの環状に、膝の高さ程度の低いコンクリートの円柱が埋め込まれている。
この円柱は、かつては木製の柱だった、というのが定説だ。ダーリントン・ウォールズに残る集落の跡から、ここは大規模な村が形成されていたとされる。
この人の生きる場所から、定められた道を通りストーンヘンジへと死者を送る。最後に行き着く場所としてのかの地は、埋葬場であり祭祀場である。
これが、様々なストーンヘンジの仮説の中でショーンの押す、最も有力な説なのだそうだ。
「きみはどう思う?」
ぼんやりと辺りを眺めていた僕を、ショーンが覗き込む。
「生者の土地と死者の土地は、エイボン川と特別な道で結ばれていたのかな。日本でも聖と俗は川で分断され、その水で禊して彼岸と繋がる聖なる場所に渡るんだ」
「エイボン川かどうかは判らないがな。カーサスはストーンヘンジ・ボトムと呼ばれる、今は水の枯れ切った川の跡を横切っているんだ」
水脈が変わる……。
そう言えば、バースでもそんなことを聞いた。十九世紀初頭に尽きたと思われていた泉は水路が変わっていただけで、元の水路に戻したところ、またこんこんと温泉が湧き出た、と。
水の流れが人の流れを変え、集落を形成する場所を決める。
「今見ている地形とは、景色が異なっているんだね」
このコンクリートの木の柱が、どんな建造物だったか想像もつかないように。今、目の前に広がる風景は、紀元前三千年もの彼方で彼らの見ていた景色とは同じじゃない。だけど。それなのに……。
何なんだろう? 何かが解り掛けているのに。
遮るものなど何もない平原を、風が自由に駆け回る。小さな子どものように、無邪気に。屈託なく。
でもその当たりは、街中で感じるものよりも余程冷たく、痛いほどで、僕は頬を両手の平で覆って擦り温める。
ケルトの女王ブーディカの塚で行った儀式を、ストーンヘンジに再現して見せてくれと言うコリーヌ。
古墳、遺跡、夏至、が共通項に見えるかもしれないけれど、この地の遺跡は、ケルトよりも更に古代に遡ると言うのに。パワースポットと呼ばれる場所なら、猫も杓子もない。一緒くただ。
彼女の思考回路はいったいどうなっているのだろう?
「この環の中央には、身体を屈めた子供が埋葬されていたの。神に捧げられた生贄のね」
ショーンの話を黙って聴いていたのにも関わらず、コリーヌは人差し指を、環の中央に差し示す。
「遺体が発掘されているのよ。その後のロンドンでの調査中に、大空襲でその遺体は失われてしまったの」
彼女はどうしたって、頑なに思い込んでいる召喚の儀式には、「奉納の生贄」が必要だと思っているらしい。
生贄を捧げる古代人の宗教観なんて、僕には解らない。そして、その悪しき習慣を嬉々として語るコリーヌは、更に輪をかけて、僕には理解できない存在でしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】
まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる