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Ⅳ 初夏の木漏れ日
135 お土産
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ロンドンの懐かしい我が家に帰って来て一番驚いたのは、各部屋が清潔に保たれていたことだった。もちろん僕の聖域と言っていい、キッチンさえもだ。
僕が帰って来る前に、ハウスクリーニングにでも来てもらったんじゃないか、とまず疑った。
「失礼ね! 使う暇がないくらい忙しかっただけよ!」
なんてマリーはぷんぷん怒ったように言うけれど。だって、使っていないだけじゃない。ちゃんと掃除がしてあるんだもの。僕に判らないとでも思っているのかな? 汚くしたことを隠すんじゃなくて、綺麗にしていることを恥ずかしそうにして言わないなんて、マリーは本当に天邪鬼だ。
でも、お土産のコーンウォール産クロテッド・クリームを使ったショートブレッドとファッジは、素直に喜んでくれたので良かった。やっぱり、食いしん坊のマリーには甘いもので正解だった。
面倒くさくて会話するのを避けていたコリーヌだけど、お土産物を選ぶさいの助言はとても助かった。アルビーへのお土産にした、綺麗な虹色の色彩が混じり合う香り付きの蝋燭を教えてくれたのも彼女だ。それを買ったのは、グラストンベリーの、紫の壁に怪しげなグッズが並ぶ、背中がムズムズするような、一人ではとても入れない彼女のお薦めのお店だった。
アルビーが蝋燭を気に入って喜んでくれたから、そんな不思議体験もいい思い出だ。
明日からまた学校が始まる。最終試験が目前だ。休暇中は課題図書も何もほっぽって手つかずのままだから、そろそろ性根を入れてかからないと……。
ぼんやりとしていると、気に掛かるのはそんなことばかりで。
やっと居間でお茶を飲む許可をアルビーからもらい、こうしてゆっくりとマリーに土産話をできるくらいに回復したのに。
マリーはしょっちゅう熱を出しては寝込んでいる僕に、呆れているのかな。なんだか不機嫌そうな顔をしている。いつもはお茶を淹れる、なんてことは滅多にしないのに、僕のために紅茶を淹れてくれている。
そうしてやっとティーテーブルに腰を下ろしたマリーは、ため息をひとつついて、「あまりアルに心配かけるんじゃないわよ」と、しかめっ面をしてからくしゃりと笑った。
「あんたがマメに連絡をよこさないものだから、二人して心配してたんだから!」
「心配することなんてないだろ? ショーンだっているんだしさ」
「そのショーンが当てにならない奴だからよ! どこの誰とも判らない連中と一緒に旅行とか、心配するに決まってるでしょ!」
今度こそマリーは本当の呆れ顔だ。言われてみれば尤もだと思うけれど……。
「それがこっちでの常識なのかな、って思ったんだよ。お互い学生だしさ……」
語尾が心もとない。それは、僕だって最初はそう思ったんだよ。
「たまたま普通の学生だったから無事に済んだんでしょ? それだって、あんた、アルの話じゃ、変に絡まれて嫌な思いをさせられていたらしいじゃないの」
「いや、それは単に意見が噛み合わなかっただけで、嫌なってわけじゃ、」
「そういう、気が合うかどうかも判らない相手の車にホイホイ乗っちゃうところからして軽率なのよ!」
ぐうの音も出ない。
「ごめん、心配かけて」
「アルはああ見えても酷く心配症なのよ」
「きみもね、マリー」
マリーはつんっと、僕から視線を逸らした。照れくさそうに。僕はクスッと笑ってしまった。途端にまた彼女は僕を睨めつける。
「随分と余裕じゃないの」
「どういう意味?」
「まぁいいわ。この、人に散々心配かけまくった無鉄砲な旅行から帰って来てから、あんた、スッキリした顔しているもの」
なんだかチェシャ猫のような意味不明な笑みを浮かべて、マリーはまた大きなため息を吐く。
僕は黙ったまま、彼女の淹れてくれたお茶をコクリと飲んだ。ちゃんと茶葉を使って、丁寧に淹れてくれている。いつもはティーバッグで済ますくせに。
「次は私も一緒に行こうかな。コーンウォールの何にもない田舎で、クリームティーを楽しむだけの休暇ってのも、たまにはいいかもね」
「そうだね、あそこの新鮮なクロテッド・クリームを食べたら、もうロンドンに帰るのが嫌になるかもね」
「まさか!」
「百聞は一見に如かずだよ、マリー」
彼女は答えずにお土産のショートブレッドを口に放り込み、口をもぐもぐと動かしながら、くしゃりと笑った。
僕が帰って来る前に、ハウスクリーニングにでも来てもらったんじゃないか、とまず疑った。
「失礼ね! 使う暇がないくらい忙しかっただけよ!」
なんてマリーはぷんぷん怒ったように言うけれど。だって、使っていないだけじゃない。ちゃんと掃除がしてあるんだもの。僕に判らないとでも思っているのかな? 汚くしたことを隠すんじゃなくて、綺麗にしていることを恥ずかしそうにして言わないなんて、マリーは本当に天邪鬼だ。
でも、お土産のコーンウォール産クロテッド・クリームを使ったショートブレッドとファッジは、素直に喜んでくれたので良かった。やっぱり、食いしん坊のマリーには甘いもので正解だった。
面倒くさくて会話するのを避けていたコリーヌだけど、お土産物を選ぶさいの助言はとても助かった。アルビーへのお土産にした、綺麗な虹色の色彩が混じり合う香り付きの蝋燭を教えてくれたのも彼女だ。それを買ったのは、グラストンベリーの、紫の壁に怪しげなグッズが並ぶ、背中がムズムズするような、一人ではとても入れない彼女のお薦めのお店だった。
アルビーが蝋燭を気に入って喜んでくれたから、そんな不思議体験もいい思い出だ。
明日からまた学校が始まる。最終試験が目前だ。休暇中は課題図書も何もほっぽって手つかずのままだから、そろそろ性根を入れてかからないと……。
ぼんやりとしていると、気に掛かるのはそんなことばかりで。
やっと居間でお茶を飲む許可をアルビーからもらい、こうしてゆっくりとマリーに土産話をできるくらいに回復したのに。
マリーはしょっちゅう熱を出しては寝込んでいる僕に、呆れているのかな。なんだか不機嫌そうな顔をしている。いつもはお茶を淹れる、なんてことは滅多にしないのに、僕のために紅茶を淹れてくれている。
そうしてやっとティーテーブルに腰を下ろしたマリーは、ため息をひとつついて、「あまりアルに心配かけるんじゃないわよ」と、しかめっ面をしてからくしゃりと笑った。
「あんたがマメに連絡をよこさないものだから、二人して心配してたんだから!」
「心配することなんてないだろ? ショーンだっているんだしさ」
「そのショーンが当てにならない奴だからよ! どこの誰とも判らない連中と一緒に旅行とか、心配するに決まってるでしょ!」
今度こそマリーは本当の呆れ顔だ。言われてみれば尤もだと思うけれど……。
「それがこっちでの常識なのかな、って思ったんだよ。お互い学生だしさ……」
語尾が心もとない。それは、僕だって最初はそう思ったんだよ。
「たまたま普通の学生だったから無事に済んだんでしょ? それだって、あんた、アルの話じゃ、変に絡まれて嫌な思いをさせられていたらしいじゃないの」
「いや、それは単に意見が噛み合わなかっただけで、嫌なってわけじゃ、」
「そういう、気が合うかどうかも判らない相手の車にホイホイ乗っちゃうところからして軽率なのよ!」
ぐうの音も出ない。
「ごめん、心配かけて」
「アルはああ見えても酷く心配症なのよ」
「きみもね、マリー」
マリーはつんっと、僕から視線を逸らした。照れくさそうに。僕はクスッと笑ってしまった。途端にまた彼女は僕を睨めつける。
「随分と余裕じゃないの」
「どういう意味?」
「まぁいいわ。この、人に散々心配かけまくった無鉄砲な旅行から帰って来てから、あんた、スッキリした顔しているもの」
なんだかチェシャ猫のような意味不明な笑みを浮かべて、マリーはまた大きなため息を吐く。
僕は黙ったまま、彼女の淹れてくれたお茶をコクリと飲んだ。ちゃんと茶葉を使って、丁寧に淹れてくれている。いつもはティーバッグで済ますくせに。
「次は私も一緒に行こうかな。コーンウォールの何にもない田舎で、クリームティーを楽しむだけの休暇ってのも、たまにはいいかもね」
「そうだね、あそこの新鮮なクロテッド・クリームを食べたら、もうロンドンに帰るのが嫌になるかもね」
「まさか!」
「百聞は一見に如かずだよ、マリー」
彼女は答えずにお土産のショートブレッドを口に放り込み、口をもぐもぐと動かしながら、くしゃりと笑った。
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