霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

文字の大きさ
151 / 193
Ⅳ 初夏の木漏れ日

146 写真1

しおりを挟む
 ノートパソコンを片手に抱えて戻って来たアルビーに、僕はどう映っていたのだろう? 
 彼は僕を見るなり、心配そうに微かに眉根を寄せていた。
 彼に、この写真のことを訊きたかった。でも、何て訊ねればいいのか判らない。声が出なかった。そんな、大した問題ではないのに。彼は赤毛の人形サラマンダーを見たいと言っていたじゃないか。四大精霊の人形に、興味を持っていたじゃないか。それは、僕とは関係のない次元の話で。

 僕は何を恐れているんだ?

「コウ、」
 アルビーはパソコンを置くと、僕の頭を胸に抱き寄せた。
「コウ、聞こえている?」
「何、アルビー?」
 くぐもった僕の声に、アルビーがほっと息を継ぐのが解った。
「どうしたの? 顔色、真っ青だよ」
「自分でもよく判らない。写真、その写真に驚いたんだと思う」
 僕を抱き締めた力を緩めることもなく、アルビーが身動ぎする。
「精霊の人形の? ああ、これは論文の資料なんだ。スティーブが撮ったものだよ」

「論文……」
 自分自身を落ち着けるために大きく息を吐き、そしてゆっくりと吸い込んだ。アルビーのコロンの香りに、微かに雨の匂いが混じる。雨……、水の匂いかな……。
 ゆるりとアルビーの腕が離れる。ローテーブルの下、僕の足元に身を屈めて散らばった写真を集めている。
「ごめん、僕が、」
 慌てて僕も数枚を拾い上げ、ローテーブルに重ねて置いた。
「いいんだよ。適当に挟んだだけだったから、散らばったんだもの」
 アルビーは優しく言ってくれたけれど、僕は何故だか申し訳なくて堪らなかった。

「コウ、きみの友人は、ケンブリッジの出身だって言っていたっけ?」
「あ……、うん。いや、違う、そうじゃないよ。彼の先祖がケンブリッジにいたらしいっていうだけで、彼は、そこで生まれたわけでも、育ったわけでもないんだ」
「そう。きみの友人の写真を見せてもらえないかな? こうして久しぶりに、この火の精霊サラマンダーの人形の写真を見るとね、瓜二つだなって思ってね。もしかして、ゆかりのある子なのかなって気がする」

 それはない! あり得ない!

 アルビーは真剣にテーブルの上に写真を一枚一枚並べていっている。自分の中の記憶を探るように目を細めて、その中の赤毛の人形を眺めている。

「ごめん。もう捨ててしまった」
「え?」
「僕を見捨ててどこかへ行ってしまった彼の写真を、いつまでも大事に持っているなんて、惨めだな、って思ったから」
「それ一枚しか写真はないの? 携帯には?」

 畳み掛けるような声に、頭を振った。アルビーは残念そうに、少し唇の端を持ち上げて微笑んだ。

「そう……。この四大精霊の人形にはね、モデルがいたらしいんだ。どこの誰かは全くの謎なんだけどね。
 きみの友人の買った火の精霊サラマンダーの人形、アビゲイル・アスターの刻印があったって言っていただろ? それ、レプリカなんだ」
「レプリカって、偽物ってこと?」
 
 偽物だろうと別に問題はないのだけれど……。いや逆に、偽物であれば、この四大精霊の人形になぜか執着のあるらしいアルビーや、スティーブへの申し訳なさがマシになる気さえする。
 
「レプリカっていうのは、同一作者による複製品ってことで、偽物とは違うかな。オリジナルは、彼がアビーと結婚する以前の作品なんだ。だから、刻印はアイスバーグなんだよ」

 僕は納得して頷いた。以前スティーブが話してくれた、アルビーのお父さんでもあるアーノルド・アイスバーグは、四大精霊をテーマにした人形で賞を取ったという記述と、アビゲイル・アスター工房の制作年代が合わなくて不思議に思っていたから。

「レプリカといっても、価値も、評価の高さもオリジナルとそう変わらないよ。オリジナルはもうこの世には存在しないから。燃えて、砕かれてしまって」

 アルビーの新緑の瞳が僕を見据えている。何の感情も映さずに。ただ、淡々と、事実だけを告げている。

 何のために?

 眩暈がする。
 アルビーの瞳の奥、光の射さない森の奥へと導かれ、道を見失い彷徨ってでもいるかのように、僕は、ぐらぐらと定まらない視界に、吐き気をもよおしていた。






しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

恋文より、先にレポートが届いた~監視対象と監視官、感情に名前をつけるまで

中岡 始
BL
政府による極秘監視プロジェクト──その対象は、元・天才ハッカーで現在は無職&生活能力ゼロの和泉義人(32歳・超絶美形)。 かつて国の防衛システムに“うっかり”侵入してしまった過去を持つ彼は、現在、監視付きの同居生活を送ることに。 監視官として派遣されたのは、真面目で融通のきかないエリート捜査官・大宮陸斗(28歳)。 だが任務初日から、冷蔵庫にタマゴはない、洗濯は丸一週間回されない、寝ながらコードを落書き…と、和泉のダメ人間っぷりが炸裂。 「この部屋の秩序、いつ崩壊したんですか」 「うまく立ち上げられんかっただけや、たぶん」 生活を“管理”するはずが、いつの間にか“世話”してるし… しかもレポートは、だんだん恋文っぽくなっていくし…? 冷静な大宮の表情が、気づけば少しずつ揺らぎはじめる。 そして和泉もまた、自分のために用意された朝ごはんや、一緒に過ごすことが当たり前になった日常…心の中のコードが、少しずつ書き換えられていく。 ──これは「監視」から始まった、ふたりの“生活の記録”。 堅物世話焼き×ツンデレ変人、心がじわじわ溶けていく、静かで可笑しな同居BL。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

ポメラニアン魔王

カム
BL
勇者に敗れた魔王様はポメラニアンになりました。 大学生と魔王様(ポメラニアン)のほのぼの生活がメインです。 のんびり更新。 視点や人称がバラバラでちょっと読みにくい部分もあるかもしれません。 表紙イラスト朔羽ゆき様よりいただきました。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

処理中です...