156 / 193
Ⅳ 初夏の木漏れ日
151 試験
しおりを挟む
緊張ずくめの最終試験を終えた。多分、大丈夫だ。試験自体はそんなに難しいものではなかったもの。口頭試験も、冷静に応えることができた。ショーンが教えてくれていた時事ネタにも、ちゃんとついていけたし。いや、でも文法上の間違えがあったかも……。
「コウ!」
学舎を出たところで肩を叩かれ、振り返った。
「なに悲愴な顔をしているんだ? きみなら大丈夫だよ。一番の高評価で進学できるって!」
「ありがとう、ショーン」
試験中も変わらずひょうひょうとしていたショーンに、随分と救われた。もともと彼はAレベル試験は終えていた訳だから、今さら緊張することも少なかったのかもしれない。
「大学受験失敗の強烈な挫折経験があるせいかな。必要以上に緊張しているんだろうな、って自分でも思うよ」
自嘲的なため息が漏れる。
「ああ、前にも言ってたな。アレに比べると楽勝だったろ?」
ショーンは声を立てて笑っている。
以前、話のネタに、僕が落ちた大学入試の試験問題を彼に見せたことがある。英語はさすがにフェアじゃないので、数学の問題で。それ以来、彼の僕を見る眼つきが変わった。理数系に進んでいたら、今のこの不安も少しはマシだったのかもしれない。文系分野では、どうしたって圧倒的な語彙力不足を感じずにはいられないもの。でも僕の専攻は民俗学なのだから、このハンデは努力で克服するより仕方がない。
まだまだ大学進学準備コースに過ぎないのだから。先は長い。これからだ。
「確かにね」
と、大袈裟に肩をすくめて、ふふっと笑ってみせた。ショーンも笑って僕の背中をバンッと叩く。
ショーンといるとほっとする。彼はちっとも変わらないもの。
アルビーと話した後、思い切って彼に尋ねてみたんだ。僕とアルビーのことを、知らないフリをしてくれていたのかって。
彼は「ああ、うん。まあな」と、照れ臭そうに苦笑いしていた。「あいつにな、きみが気にするからそうしてやってくれって頼まれたんだよ。周りにも喋るなってな。きみがやっかまれて、困ったことになると怖いからって。俺も確かにそうだな、って思ったよ。あいつ、いい奴だな」
それからショーンは、僕に謝ってくれた。ショーンの彼女のことで。「ついぶち切れてあいつにばらしたけれど、後からちゃんと誤魔化しておいたからな」って。「僕のことはいいから、ちゃんと仲直りした?」僕も思わず訊いてしまったよ。彼は、はははっと笑って頷いた。「心配するなよ」って。
僕は自分が情けなかった。アルビーも、ショーンも、いつも僕を中心に据えて考えてくれている。さりげなく、僕に負担にならないように。僕はそんな彼らの気持ちに気づくこともなく、甘えていたんだ。
それから時々、ショーンとアルビーの話をするようになった。彼はやはり、いろんなことをアルビーに相談しているようだった。僕が思っていた以上に、ショーンは彼を信頼していた。尊敬していると言ってもいいくらいかもしれない。
アルビーは、院生になってからは大学のカウンセリングルームでボランティア勤務をしたりもしていたらしい。彼を一目見たいがためにカウンセリングルームに学生が押し掛けるようになって、不定期で、よほど人が足りなくて困った時だけだったそうだけど。でも、大天使のように綺麗で、どこか高貴ささえ漂わせる彼に悩みを聞いて貰えるなんて、それだけで癒されると、とんでもない評判が立っていたのだそうだ。
「聞き上手なんだよ。相手の気持ちを解すのが上手いんだ。だからつい、色々喋ってしまっているんだ」
ショーンはわざと嫌そうな顔をしてみせる。そんな自分が恥ずかしいと言わんばかりに。でも、内心はそうじゃないのは良く判る。ショーンはアルビーに憧れているんだ。御多分に漏れず。
僕は本当に、アルビーのことを何も知らない。
ふと立ち止まっていた。
一瞬、音が消えた。
通りを行き交う誰かと肩がぶつかった。「すみません」と声を上げる。
「どうした?」
ショーンが驚いて振り返る。
風が吹き抜ける。
高く、覆い被さるようにそびえ立つ、煉瓦造りの建物に挟まれた、ロンドンの大通りを。
風が……。
「コウ!」
学舎を出たところで肩を叩かれ、振り返った。
「なに悲愴な顔をしているんだ? きみなら大丈夫だよ。一番の高評価で進学できるって!」
「ありがとう、ショーン」
試験中も変わらずひょうひょうとしていたショーンに、随分と救われた。もともと彼はAレベル試験は終えていた訳だから、今さら緊張することも少なかったのかもしれない。
「大学受験失敗の強烈な挫折経験があるせいかな。必要以上に緊張しているんだろうな、って自分でも思うよ」
自嘲的なため息が漏れる。
「ああ、前にも言ってたな。アレに比べると楽勝だったろ?」
ショーンは声を立てて笑っている。
以前、話のネタに、僕が落ちた大学入試の試験問題を彼に見せたことがある。英語はさすがにフェアじゃないので、数学の問題で。それ以来、彼の僕を見る眼つきが変わった。理数系に進んでいたら、今のこの不安も少しはマシだったのかもしれない。文系分野では、どうしたって圧倒的な語彙力不足を感じずにはいられないもの。でも僕の専攻は民俗学なのだから、このハンデは努力で克服するより仕方がない。
まだまだ大学進学準備コースに過ぎないのだから。先は長い。これからだ。
「確かにね」
と、大袈裟に肩をすくめて、ふふっと笑ってみせた。ショーンも笑って僕の背中をバンッと叩く。
ショーンといるとほっとする。彼はちっとも変わらないもの。
アルビーと話した後、思い切って彼に尋ねてみたんだ。僕とアルビーのことを、知らないフリをしてくれていたのかって。
彼は「ああ、うん。まあな」と、照れ臭そうに苦笑いしていた。「あいつにな、きみが気にするからそうしてやってくれって頼まれたんだよ。周りにも喋るなってな。きみがやっかまれて、困ったことになると怖いからって。俺も確かにそうだな、って思ったよ。あいつ、いい奴だな」
それからショーンは、僕に謝ってくれた。ショーンの彼女のことで。「ついぶち切れてあいつにばらしたけれど、後からちゃんと誤魔化しておいたからな」って。「僕のことはいいから、ちゃんと仲直りした?」僕も思わず訊いてしまったよ。彼は、はははっと笑って頷いた。「心配するなよ」って。
僕は自分が情けなかった。アルビーも、ショーンも、いつも僕を中心に据えて考えてくれている。さりげなく、僕に負担にならないように。僕はそんな彼らの気持ちに気づくこともなく、甘えていたんだ。
それから時々、ショーンとアルビーの話をするようになった。彼はやはり、いろんなことをアルビーに相談しているようだった。僕が思っていた以上に、ショーンは彼を信頼していた。尊敬していると言ってもいいくらいかもしれない。
アルビーは、院生になってからは大学のカウンセリングルームでボランティア勤務をしたりもしていたらしい。彼を一目見たいがためにカウンセリングルームに学生が押し掛けるようになって、不定期で、よほど人が足りなくて困った時だけだったそうだけど。でも、大天使のように綺麗で、どこか高貴ささえ漂わせる彼に悩みを聞いて貰えるなんて、それだけで癒されると、とんでもない評判が立っていたのだそうだ。
「聞き上手なんだよ。相手の気持ちを解すのが上手いんだ。だからつい、色々喋ってしまっているんだ」
ショーンはわざと嫌そうな顔をしてみせる。そんな自分が恥ずかしいと言わんばかりに。でも、内心はそうじゃないのは良く判る。ショーンはアルビーに憧れているんだ。御多分に漏れず。
僕は本当に、アルビーのことを何も知らない。
ふと立ち止まっていた。
一瞬、音が消えた。
通りを行き交う誰かと肩がぶつかった。「すみません」と声を上げる。
「どうした?」
ショーンが驚いて振り返る。
風が吹き抜ける。
高く、覆い被さるようにそびえ立つ、煉瓦造りの建物に挟まれた、ロンドンの大通りを。
風が……。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】
まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる