霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

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Ⅳ 初夏の木漏れ日

184 器2

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 アルビーの差し出してくれた人形アビゲイル・アスターを受け取り、座り直した彼と僕との間に置いて、彼に向き直る。

「彼はアビゲイルとの永遠を望み、精霊はその願いを叶えた。この人形を使って」
「この人形?」
 アルビーはまた、眉根を寄せる。
「召喚の儀式には人形を器に使うと言ったのを覚えているかな? その応用編だよ」
 僕は彼の表情を確認しながら言葉を選び、ゆっくりと話した。彼は軽く頷いたけれど、特に不快感を示すこともなかったのでそのまま続けた。
「アビゲイルの魂をこの人形の中に閉じ込めたんだ。少なくとも、彼はそう思っているはずだよ」
「虹のふもとにいるんじゃなかったの?」
「そうだよ。この人形が異界への入り口で扉なんだ」

 アルビーは困ったように唇を歪め苦笑する。理解できないんだろうな。

「つまり、魔法陣で入り口を創ったんだよ。ほら」

 僕は人形を持ち上げ、その青いドレスを捲り上げ、白い、何て言うんだろ? 下着のような、ズボンのようなものを引き下げた。
 その腹部に描かれている魔法陣に、アルビーが小さく息を呑む。

「魂って言うものの概念が、判り難いかもしれない。まず、魂が抜けてもしばらくは身体は生きていられる。魂は分魂することができる。その場合、幾らか身体にも魂が残っていれば、身体は死なない。アーノルドは、この中にアビゲイルの魂を匿い、守ろうとしたんだ。魂を安全な場所に隠すことで、死から逃れることができると思ったんだと思う」
「彼女は死んだじゃないか」
「死んだのは肉体だ」
「あり得ない。解らないよ」

 眉根を寄せたまま睫毛を伏せたアルビーに、僕は気づかれないようにゆっくりと、静かに息を吸った。
 解らなくて当然。信じられなくて当然なんだ、こんなことは。

「あり得る、あり得ないは問題じゃないんだよ、アルビー」
 そっと、囁くように話し続けた。
「要は、アーノルドがそう信じているっていうことなんだ」

 そして、おそらくアビゲイルも……。だから、この人形はここにある。アルビーの傍に。

「上手くいくかどうかは判らない。無駄かもしれない。でも、アーノルドを、僕たちの世界に連れ戻すことができるかもしれない方法が、ひとつだけあるんだ」

 ゆっくりと、彼の面が持ち上がり、大きく見開かれた深緑の瞳が食い入るように僕を見つめた。

「どうするの?」
 掠れた、小さな声で彼は訊いた。

「アーノルドの目の前で、この人形を壊すんだ。そうすれば、施された魔術は打ち破られ、この中に閉じ込められたアビゲイルの魂は解放されて天国へ向う。少なくともアーノルドはそう判断する」
「でも、これは……」

 きみのお母さんアビゲイルだ。女の子に生まれるはずだった自分の形代かたしろなんかじゃない。きみは気づいていたはずだね?

「だけど、ひとつ問題がある。もしも今のままなら、アーノルドは本来の身体の寿命が尽きた後、アビゲイルと共に虹の橋を渡ることになるだろう。けれど、彼らにかけられた魔術を破ってしまったら、おそらく、彼の寿命はもっと短くなると思う。彼の魂は既に幾つも分断されて、彼の身体にはもう僅かにしか残っていないからね。今はその魂が時間の止まった虹のたもとにいるから、なんとか持っているんだもの」
「正気に戻る可能性はあるけれど、死期を早めることになるってこと?」
「残念だけど」

 アルビーは悲痛な色を浮かべて、また瞼を伏せた。慰める上手い言葉を持たないのに、こんな提案をしてしまえる僕は、やはり薄情な奴なのだと思う。どうしたって、彼の心を掬い上げることはできないのに……。

「スティーブは、どうして四大精霊の人形を探しているの?」
 
 また突然切り替わった話題に、アルビーは訝し気に小首を傾げた。





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