11 / 49
11.待ちぼうけの男
しおりを挟む
小さな悪魔は、公園の樹の上から、ベンチの男を眺めています。
小さな悪魔は、ある金持ちの父親と契約しています。父親の願いをかなえれば、その躰を手に入れることができるのです。
そのためには、ベンチの男の協力が必要なのでした。
それなのに……。
小さな悪魔は、大きくため息をついています。
小さな悪魔は、ベンチの男の耳もとでささやきました。
「お金持ちになりたくない?」
「べつに。おれは今のままで満足している」
小さな悪魔は、男をしげしげとながめます。よれよれの背広に、ひざのすりきれたズボン。とても満足のいくようなかっこうとは思えません。小さな悪魔は、首をかしげます。
「きれいな服を着て、おいしいものを食べたくない? いろんなぜいたくをしてみたくない?」
「べつに。腹がみたせりゃ、それでいい」
小さな悪魔は顔をしかめます。
「すてきな美人の恋人を紹介してあげる」
「美人はわがままだからな。めんどくせえや」
このベンチの男は、何を言ってものってこないのです。
お昼時にこの公園にやってきて、ハンバーガーとコーヒーの昼食をとり、ベンチに寝転がって昼寝をします。そしてまた、仕事にもどっていくのです。
毎日がこのくり返しでした。
それなのに、このベンチの男はいつも楽しそうなのです。今もベンチに転がって、鼻歌なんて歌っています。
この男、何が楽しくて生きているのだろう? たいして何かを持っているわけでもないのに。
小さな悪魔は不思議でたまりませんでした。
何をさしだせば、男は協力してくれるのだろう?
小さな悪魔は頭をひねります。今まで、いろんな提案をしてみたのです。そのすべてを、男はけったのです。
小さな悪魔は、ほとほと困りはてていました。
今日も男はベンチにいます。小さな悪魔は、男の横でしかめっつらで考えています。
「あ!」
男は急にベンチから立ちあがりました。
若い男がたおれたのです。男はいそいでその青年にかけより、助け起こしてやりました。ベンチに寝かせてやりました。あおい顔をした青年は、しばらくして気がつくと男にお礼を言いました。
このことがきっかけで、男はその青年と友達になりました。
男は青年とベンチでおしゃべりをします。
昼食に、男は青年にもハンバーガーとコーヒーを買ってきました。青年は悲しそうに頭をふります。
青年は重い病気なのです。
病院でだされるものしか食べてはいけないのです。本当は、こうして外に出ることも禁止されているのす。
「一度でいいから、あんなふうに走ってみたい」
公園をかけ回る子どもたちをながめながら、青年はつぶやきます。
しばらくして、青年はぱったりと公園に来なくなりました。男はさびしそうに、ぽつりとベンチにすわっています。
小さな悪魔は、男の耳もとでささやきました。
「あの青年はもうここへは来ないよ。ベッドからうごけないんだ」
男はぐっと唇をへの字にむすんでいます。
「一時間だけ、その躰を彼に貸してあげて。彼はもうすぐ死ぬんだ。死ぬまえに、思いきり地面を走らせてあげたい」
男は、こくん、とうなずきました。
小さな悪魔は、ほくそ笑みました。
「彼にこの躰を渡したらすぐに戻ってくる。ここで待っていて」
男の魂と交代して躰に入りこむと、小さな悪魔は公園をかけだしていきました。
男の魂は、走っていく自分の背中を不思議そうに見送っています。やがてそれも見えなくなると、男の魂はにっこり笑ってベンチの背もたれに両腕をかけ、ゆったりと空を見あげました。
それからずっと、男の魂は、このベンチで自分の躰が戻ってくるのを待っているのです。
小さな悪魔は、金持ちの父親との契約を成就させました。
この父親の息子は、重い病気にかかっていたのです。治るには、心臓を交換するよりほかにありませんでした。だれの心臓でもいいのではないのです。合う、合わないがあるのです。ほんのわずかな交かんできる心臓の持ち主が、あのベンチの男なのでした。
手術は成功しました。
心臓をとられた男の躰は、もう生きてはいません。
金持ちの父親は、息子の命をつなぐことができたので、よろこんで小さな悪魔に自分の躰をゆずりました。
青年は、何も知らないまま、ベッドの上で眠っています。
小さな悪魔は、満足そうにほほ笑んでいます。
小さな悪魔は、ある金持ちの父親と契約しています。父親の願いをかなえれば、その躰を手に入れることができるのです。
そのためには、ベンチの男の協力が必要なのでした。
それなのに……。
小さな悪魔は、大きくため息をついています。
小さな悪魔は、ベンチの男の耳もとでささやきました。
「お金持ちになりたくない?」
「べつに。おれは今のままで満足している」
小さな悪魔は、男をしげしげとながめます。よれよれの背広に、ひざのすりきれたズボン。とても満足のいくようなかっこうとは思えません。小さな悪魔は、首をかしげます。
「きれいな服を着て、おいしいものを食べたくない? いろんなぜいたくをしてみたくない?」
「べつに。腹がみたせりゃ、それでいい」
小さな悪魔は顔をしかめます。
「すてきな美人の恋人を紹介してあげる」
「美人はわがままだからな。めんどくせえや」
このベンチの男は、何を言ってものってこないのです。
お昼時にこの公園にやってきて、ハンバーガーとコーヒーの昼食をとり、ベンチに寝転がって昼寝をします。そしてまた、仕事にもどっていくのです。
毎日がこのくり返しでした。
それなのに、このベンチの男はいつも楽しそうなのです。今もベンチに転がって、鼻歌なんて歌っています。
この男、何が楽しくて生きているのだろう? たいして何かを持っているわけでもないのに。
小さな悪魔は不思議でたまりませんでした。
何をさしだせば、男は協力してくれるのだろう?
小さな悪魔は頭をひねります。今まで、いろんな提案をしてみたのです。そのすべてを、男はけったのです。
小さな悪魔は、ほとほと困りはてていました。
今日も男はベンチにいます。小さな悪魔は、男の横でしかめっつらで考えています。
「あ!」
男は急にベンチから立ちあがりました。
若い男がたおれたのです。男はいそいでその青年にかけより、助け起こしてやりました。ベンチに寝かせてやりました。あおい顔をした青年は、しばらくして気がつくと男にお礼を言いました。
このことがきっかけで、男はその青年と友達になりました。
男は青年とベンチでおしゃべりをします。
昼食に、男は青年にもハンバーガーとコーヒーを買ってきました。青年は悲しそうに頭をふります。
青年は重い病気なのです。
病院でだされるものしか食べてはいけないのです。本当は、こうして外に出ることも禁止されているのす。
「一度でいいから、あんなふうに走ってみたい」
公園をかけ回る子どもたちをながめながら、青年はつぶやきます。
しばらくして、青年はぱったりと公園に来なくなりました。男はさびしそうに、ぽつりとベンチにすわっています。
小さな悪魔は、男の耳もとでささやきました。
「あの青年はもうここへは来ないよ。ベッドからうごけないんだ」
男はぐっと唇をへの字にむすんでいます。
「一時間だけ、その躰を彼に貸してあげて。彼はもうすぐ死ぬんだ。死ぬまえに、思いきり地面を走らせてあげたい」
男は、こくん、とうなずきました。
小さな悪魔は、ほくそ笑みました。
「彼にこの躰を渡したらすぐに戻ってくる。ここで待っていて」
男の魂と交代して躰に入りこむと、小さな悪魔は公園をかけだしていきました。
男の魂は、走っていく自分の背中を不思議そうに見送っています。やがてそれも見えなくなると、男の魂はにっこり笑ってベンチの背もたれに両腕をかけ、ゆったりと空を見あげました。
それからずっと、男の魂は、このベンチで自分の躰が戻ってくるのを待っているのです。
小さな悪魔は、金持ちの父親との契約を成就させました。
この父親の息子は、重い病気にかかっていたのです。治るには、心臓を交換するよりほかにありませんでした。だれの心臓でもいいのではないのです。合う、合わないがあるのです。ほんのわずかな交かんできる心臓の持ち主が、あのベンチの男なのでした。
手術は成功しました。
心臓をとられた男の躰は、もう生きてはいません。
金持ちの父親は、息子の命をつなぐことができたので、よろこんで小さな悪魔に自分の躰をゆずりました。
青年は、何も知らないまま、ベッドの上で眠っています。
小さな悪魔は、満足そうにほほ笑んでいます。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる