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19.契約
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小さな悪魔は、子どもを育てることになりました。
子どもが大人になり独立するまで、この躰は本当の意味では小さな悪魔のものではないのです。小さな悪魔に躰をゆずった母親は、今は小さな光になってこの躰の奥で眠っています。
子どもたちを守ること。これが契約の条件です。願いはまだ成就されていないのです。
小さな悪魔は子どもたちを連れて、この躰の夫のいる大きな町へ来ました。この母親の夫はひどい飲んだくれでした。だから母親は子どもたちをつれて、あんな山奥で暮らしていたのでした。
毎日怒鳴りつけ、殴ってくる子どもの中で暮らすのと、毎日飲んだくれている父親のいる家で暮らすのと、どっちがましだろう?
小さな悪魔は首を傾げます。
小さな悪魔が部屋を汚す必要がないほど、汚く散らかった家でした。温かい食べ物もありません。小さな悪魔には申し分なく居心地の良い家でした。
けれど、彼は、子どもたちを守らなければならないのです。
小さな悪魔は困りました。
小さな悪魔は考えました。そして一番に、子どもたちの山の学校での記憶を消しました。もう子どもたちは、おぼろな夢のようにしか過去を思い出すことができません。
それから、子どもたちに食べささなければなりません。小さな悪魔は錬金術でお金を生み、お菓子をたくさん買って与えました。子どもたちは、初めは喜びました。けれど、じきにこう言いました。
「ちゃんとしたものが食べたい」
この躰の母親はとても料理上手だったのです。
小さな悪魔は困りました。
考えあぐねて、病気のふりをしました。だって、小さな悪魔には火を使った料理なんてできないのです。
姉娘は新しくできた友だちの家でご飯を食べてくるようになりました。弟は言いました。
「僕が作る」
そしてその通りにしたのです。
「お姉ちゃん、僕が作るから家でいっしょに食べて」
弟は姉娘に言いました。
姉娘は時々家に帰ってくるようになりました。いっしょにご飯を食べました。
小さな悪魔は、姉娘が何をしても怒りませんでした。時々帰ってくる姉娘とおしゃべりをするだけです。
――この子たちを守って下さい。
母親の望みをかなえるのにどうすればいいのか、小さな悪魔はまるでわかりませんでした。
だから、ただ子どもたちのすることを見ていました。新しい学校には、もう殴る子はいません。いえ、一度だけありました。小さな悪魔が「殴られるので子どもは学校へ行きたくないと言っています」と学校へ電話をいれました。すると先生がとんできました。山奥の学校とはぜんぜん違いました。小さな悪魔が何もしなくても、問題はすぐ解決しました。
小さな悪魔がこの家にいるだけで、お金がどんどん入ってきます。悪魔の錬金術がはたらいているからです。だけど飲んだくれの夫は変わりません。飲むお酒が高級になるだけです。でも小さな悪魔は何も言いません。この夫のことは契約範囲外だからです。子どもたちを傷つけなければそれでいいのです。
小さな悪魔は、じっと母親の役をしていました。子どもたちが大人になり契約が成就するのを待ちました。彼らがしたいと言うことは、何でもさせてやりました。宿題をしなくても怒りません。学校の成績が悪くても怒りません。明け方までゲームをしていても怒りません。学校へ行きたくないと言えば休ませました。「好きなことをすればいいよ」と言いました。
だから、姉娘が子どもができたと言ったときも、「産んだらいいよ」と言いました。仕事のない子どもの父親も、一緒にこの家に住めばいいと言いました。
姉娘は学校をやめて子どもを産みました。母親になりました。けれど、生まれた赤ん坊はすぐに死んでしまいました。
小さな悪魔は、み使いが、このちいさな命を召し上げるのを、ただじっと見ていました。
姉娘はこの世の終わりかと言うほど泣きました。
子どもを守るとは、いったいどういうことなのだろうと、小さな悪魔は首を傾げます。
何から守ればいいのだろう? 暴力から? この世の理不尽から? 悪魔だって死を防ぐことも、神の御業にさからうこともできないのに。
姉娘は、恋人といっしょに今度こそ家を出ていきました。二人で生きていくためです。
「親は神さまだから。道を外れるまねだけはしないから。心配しないで」
神だと言われ、小さな悪魔は苦笑いしています。姉娘はどうやら大人になったようです。後は弟だけです。
悪魔である自分が悪魔のまま生活しているのに、「大切なお母さん」と言ってもらえる。
小さな悪魔はほんわり幸せな気分でした。
子どもが大人になり独立するまで、この躰は本当の意味では小さな悪魔のものではないのです。小さな悪魔に躰をゆずった母親は、今は小さな光になってこの躰の奥で眠っています。
子どもたちを守ること。これが契約の条件です。願いはまだ成就されていないのです。
小さな悪魔は子どもたちを連れて、この躰の夫のいる大きな町へ来ました。この母親の夫はひどい飲んだくれでした。だから母親は子どもたちをつれて、あんな山奥で暮らしていたのでした。
毎日怒鳴りつけ、殴ってくる子どもの中で暮らすのと、毎日飲んだくれている父親のいる家で暮らすのと、どっちがましだろう?
小さな悪魔は首を傾げます。
小さな悪魔が部屋を汚す必要がないほど、汚く散らかった家でした。温かい食べ物もありません。小さな悪魔には申し分なく居心地の良い家でした。
けれど、彼は、子どもたちを守らなければならないのです。
小さな悪魔は困りました。
小さな悪魔は考えました。そして一番に、子どもたちの山の学校での記憶を消しました。もう子どもたちは、おぼろな夢のようにしか過去を思い出すことができません。
それから、子どもたちに食べささなければなりません。小さな悪魔は錬金術でお金を生み、お菓子をたくさん買って与えました。子どもたちは、初めは喜びました。けれど、じきにこう言いました。
「ちゃんとしたものが食べたい」
この躰の母親はとても料理上手だったのです。
小さな悪魔は困りました。
考えあぐねて、病気のふりをしました。だって、小さな悪魔には火を使った料理なんてできないのです。
姉娘は新しくできた友だちの家でご飯を食べてくるようになりました。弟は言いました。
「僕が作る」
そしてその通りにしたのです。
「お姉ちゃん、僕が作るから家でいっしょに食べて」
弟は姉娘に言いました。
姉娘は時々家に帰ってくるようになりました。いっしょにご飯を食べました。
小さな悪魔は、姉娘が何をしても怒りませんでした。時々帰ってくる姉娘とおしゃべりをするだけです。
――この子たちを守って下さい。
母親の望みをかなえるのにどうすればいいのか、小さな悪魔はまるでわかりませんでした。
だから、ただ子どもたちのすることを見ていました。新しい学校には、もう殴る子はいません。いえ、一度だけありました。小さな悪魔が「殴られるので子どもは学校へ行きたくないと言っています」と学校へ電話をいれました。すると先生がとんできました。山奥の学校とはぜんぜん違いました。小さな悪魔が何もしなくても、問題はすぐ解決しました。
小さな悪魔がこの家にいるだけで、お金がどんどん入ってきます。悪魔の錬金術がはたらいているからです。だけど飲んだくれの夫は変わりません。飲むお酒が高級になるだけです。でも小さな悪魔は何も言いません。この夫のことは契約範囲外だからです。子どもたちを傷つけなければそれでいいのです。
小さな悪魔は、じっと母親の役をしていました。子どもたちが大人になり契約が成就するのを待ちました。彼らがしたいと言うことは、何でもさせてやりました。宿題をしなくても怒りません。学校の成績が悪くても怒りません。明け方までゲームをしていても怒りません。学校へ行きたくないと言えば休ませました。「好きなことをすればいいよ」と言いました。
だから、姉娘が子どもができたと言ったときも、「産んだらいいよ」と言いました。仕事のない子どもの父親も、一緒にこの家に住めばいいと言いました。
姉娘は学校をやめて子どもを産みました。母親になりました。けれど、生まれた赤ん坊はすぐに死んでしまいました。
小さな悪魔は、み使いが、このちいさな命を召し上げるのを、ただじっと見ていました。
姉娘はこの世の終わりかと言うほど泣きました。
子どもを守るとは、いったいどういうことなのだろうと、小さな悪魔は首を傾げます。
何から守ればいいのだろう? 暴力から? この世の理不尽から? 悪魔だって死を防ぐことも、神の御業にさからうこともできないのに。
姉娘は、恋人といっしょに今度こそ家を出ていきました。二人で生きていくためです。
「親は神さまだから。道を外れるまねだけはしないから。心配しないで」
神だと言われ、小さな悪魔は苦笑いしています。姉娘はどうやら大人になったようです。後は弟だけです。
悪魔である自分が悪魔のまま生活しているのに、「大切なお母さん」と言ってもらえる。
小さな悪魔はほんわり幸せな気分でした。
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