突然ですがあなたは今日から死神ですよ!?

来栖槙礼

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第十話 黄泉国、始動……ですよ!?

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 制服を着たクロがイザナミの前で直立して待機している。執務室の机の上には先日の報告書が並べてある。保護した神徒についての報告書、大神神社及び三輪山周辺の調査報告書、今しがたクロが提出した今回のマガモノ発生事件の顛末報告書。一通り目を通したイザナミは両肘を机につき顔を乗せる。暫く机を見つめ考えていると沈黙に耐えられなくなったのか黒の後に控えていたももが口を開く。

「イザナミ様ぁ。今回の神徒さんはどうなっちゃうのぉ?」

 恐る恐る聞いてみる。

「詳細については今回も今までと変わらず不明点が多すぎるわ。だが今回は神徒を早い段階で確保出来たおかげで被害が少ないのはもちろん。神徒も状態が悪くないのよ。今は八十禍津日神に穢祓いを頼んでいるところよ。」

 ももはそれを聞いてほっとする。いつもは突発して起こる事件だけに発見が遅れ救えない事ばかりだったからだ。クロは振り返りももの頭を撫でながら小声でよく頑張ったねぇと囁く。ももは照れながらえへへと誇らしげに笑う。

「それは良いのだけれど……藍、身体の具合はどうなの?」

 酷く心配そうにクロの後に控えた藍に呼びかける。藍は先日の戦闘で右肩を切り裂かれた。まだ治りきらないので腕を三角巾で吊っている。

「はい。まだ治りきりはしませんが、あと一週間もすれば動けます。」

 イザナミは藍に柔らかく笑いかけた後、目の前のクロを見て溜息をつく。クロはそれを小首を傾げヘラヘラしている。

「クロ~。お願いだからみんなを守ってあげてね?藍が怪我した時も帰還したももちゃんが血塗れで大泣きしたのを見た時も……」

「オロオロして右往左往してるイザナミ様可愛かったですよぉ?」

 クロはイザナミの言葉を切った。

「イザナミ様、ももについてたのは藍の血ですよ。ももが泣いたのはみんなの顔を見て安心したら、泣いちゃったの……いっぱい心配かけでごめんなさい!」

 一生懸命、弁解するももを見ていたらイザナミもクロに文句を言うのも馬鹿馬鹿しくなってクスッと笑う。

「いいわ。第三部隊、生きて帰ってきてくれてありがとう。任務ご苦労様でした。」

「死神なのに生きてるとはねぇ。」

 クロが水を差すと藍がクロの爪先を踏みつけた。堪らずクロはしゃがみ込んだ。クロの様子を見て全員が笑う。


 後日、神庭宮の裏、庭園の東屋に八十禍津日神とイザナミは居た。八十禍津日神はついこの前の神徒の事、それまでのマガモノの発生について伊邪那岐(イザナギ)からの指示をイザナミに伝えに来ていた。

「イザナミよ。先日の暴走した神徒だが、彼女の肩に勾玉……いや、仮に禍玉(まがつたま)と呼ぼうか。これが寄生する様にくい込んでいた。」

 八十禍津日神は勾玉が二つ斜にくっついたモノをイザナミの目の前に置いた。

「これは……陰陽道のものでしょうか?でも陽と陰を表すものとは違いますね。」

 イザナミは手に取り観察している。

「通常、陰陽道であれば白と黒を用いて陽と陰を表すがこれは単に翡翠の勾玉を合わせたようだの。今は中身がないが一種、毒があったのではないかな。それもあとに残らぬような。」

 イザナミは身体に痕跡の残らないものと言えば神気ぐらいしか思い当たらない。ほかの術式や神通力なら神気を練り上げた痕跡が勾玉に残るはずだからだ。純粋に神気のみなら勾玉に補充しても空になれば分からないはずだ。だとすればイザナミの知らない「陰の神気」のようなものが存在するのだろうか。

「ヤソ様。これをイザナギはどう考えているとお答えでしたか?」

「考え得るものと言えば、ワシらがイザナギ様より生まれ出る時、神ともなれずただ穢れとして祓われた紛い物の末裔やもしれぬ。そうは言ってもワシの先代、八十禍津日神が生まれた時の話だからの……もはやその存在も眉唾だがのぉ。イザナギ様も今はその存在を念の為調べるそうだ」

 イザナミはこのままでは当分後手に回る気がしてならない。何としても原因を見定めなければと策を練る事にした。この後、死神隊の隊長3名を招集する旨を八十禍津日神に話し、黄泉国としての方針を打ち出すことにした。

「招集の詳細が決まり次第、ご連絡致します。」

「イザナミ、頼むぞ。ワシもできる限り黄泉国で協力するようにイザナギ様から言われておる故のぉ」

 イザナミもその言葉に安堵した。出すぎた真似をすれば以前のようにまた黄泉国が隔離されてしまうのではと少し心配であった。イザナギの初代はイザナミを黄泉国へ迎えに来た際、イザナミを化け物とし黄泉国を隔離した過去があるのだ。

「ところで……あの……や、ヤソ様……そろそろ……て、手をです……ね……」

 イザナミは苦悶した表情で八十禍津日神と反対を向く。

「んん?どうしたのじゃ?」

 話をしながら八十禍津日神はずっとイザナミのお尻を撫でくりまわしていた。

「もう……限界です……」

「何と?んん?何と?」

 調子にのった八十禍津日神はここか?ここがええのんか?と徐々に上の方に手を這わせる。

「いや……」

「はぁはぁ……声が小さくて聞こえぬぞ?」

 興奮して鼻の下が伸びきり八十禍津日神の手はもう少しでイザナミの豊かな山脈に辿り着きそうになっていた。

「無理……ごめんなさいっ!触らないでくださいっっっっっ!!!!!!」

 イザナミは本気で隣に座る八十禍津日神に平手打ちを浴びせた。

「ぬらんげっっ!!」

 その速度は恐らく光を越えたであろう。既に飛んでいった八十禍津日神の悲鳴が遅れて聞こえた。

 ひたすらに、奥ゆかしく羞恥心を隠していたイザナミは臨界点を越えて目に涙を浮かべていた。

「ヤソ様のスケベ……」

「誰がスケベだと?」

 イザナミは振り向くとそこには黄昏の彼方に旅立ったはずの老人が居た。

「え?もう戻られたのですか?」

 イザナミは引きつった笑顔で顔をピクピクさせている。

「ふっ……残像だよ。ワシほどの神ともなれば造作もないことよ……」

 いや、ジジイ。そのひしゃげた面を鏡で見てこいとイザナミは思ったが後の事を考えて敢えて触れないでおいた。

「そうじゃ。もう一つ大切な事を思い出したぞ。天照大御神も動き出してのぉ。イザナミが頼んだのかな?人間界の監視なのだが一人神を人間界に送り込むことにしたようだぞ?」

 八咫鏡でも今回の事は見れなかったのか、アマテラスは一人の神を人間界に降ろすと言うのだ。

「それは……しかし誰をですか?適任と思われるのは建御雷(タケミカヅチ)の所の天鳥船(アマノトリフネ)ぐらいなものかと」

 単独で神区を渡る神通力を持つ彼が監視、連絡役なのが適任とイザナミは考えた。

「いや、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(アメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギ)。俗称、邇邇芸命(ニニギ)じゃな」

「ニニギですか……確かにそれは適任と言いますか。彼らなら人間界の生活にも馴染んで偵察出来るでしょうね」

 褒め言葉をウェルカム!と未だ待機なう。な八十禍津日神だがイザナミは当然、ニニギのフルネームについては触れなかった。

「彼らか。まぁ、あのバカップルは共に人間界に行くだろうがな」

 羨ましそうに遠くを見ながら八十禍津日神は呟いた。気を取り直して八十禍津日神はイザナミに根之国に向かい、スサノオにもニニギの件を伝えるのとツヅキミチヤの様子を見に行くと言ってきた。

「ミチヤは頑張っているそうですね。スサノオから連絡は来ますもの。あの子ったら見た目によらず筆まめなのよねぇ……」

 イザナミは親バカだった。スサノオの事になると凄く顔がにやけてしまう。

 ゴホンッと八十禍津日神が咳払いをするとイザナミは我に返る。

「そのツヅキミチヤだがこやつにもイザナギ様から言伝があってな?一応、上司のお主にも伝えるがこれから敵の実態は判明して行く事は必至じゃ。その時、死神隊は前線での激務になる事は自明の理。その時に共に戦うことができるよう伝えよと」

「そうは言っても直ぐには判明しないような気がします」

 イザナミが少し怪訝そうに答えると八十禍津日神はチッチッチッと人差し指をたて左右に振ったあと指を三本たて、イザナミの顔の前に突き出す。

「三ヶ月。三ヶ月でワシらで敵の挙動を捉える。それがわしの覚悟じゃ!!」

 三ヶ月……!?イザナミは焦燥感を抱く。いくらスサノオとは言えミチヤを三ヶ月で最前線を任せる様にするのは難しいと判断したからだ。それと、アマテラスと八十禍津日神、イザナミの死神隊とニニギたちで捉えることが出来るかと言うのも少なからず不安ではある。

「ヤソ様……出来るのでしょうか?」

 今まで散々ふざけていた八十禍津日神が一瞬雰囲気を変え、落ち着いた声で答えた。

「イザナミよ。すまぬが今回ばかりは出来ませんじゃ済まされぬのじゃ。お主らも覚悟を持って神威(しんい)を死守せよ。忘れるでないぞ。総ては安寧の世を支え更なる飛躍を誓わんが故に」

 イザナミは八十禍津日神の言葉に強い圧力を感じた。それは今回の騒動が原因不明である事が日ノ本ノ国津神にある威厳にも関わる事を理解した。
 このままの状態が続けば仏門の信徒に守護の主導を明け渡すことになりかねない。

「承知致しました。私、伊邪那美命は黄泉国を持って伊邪那岐様の神威に報いましょう」

 八十禍津日神は根之国に言った後、また戻ると言って神庭宮を後にした。イザナミは死神隊の隊長をクロとほか二名を執務室へと招集するのであった。

 その日の夕方には各隊長三名は執務室に招集に応じ、集まっていた。

「みんな、忙しいところありがとう。久しぶりに揃ったわね」

 背が高く屈強な侍といった出で立ちの大男は小さい声でイザナミに挨拶する。

「はい。ただいま招集に応じ馳せ参じたるは一番隊隊長、吉備津桃也(きびつとうや)にございます。」

 少々聞き取りずらいがイザナミはには聞こえているようでお疲れ様と笑いかける。その大男の背中をバチーン!と平手で叩きしゃんとしろ!と気合いを入れるのはショートカットの小麦色した健康的な女性だ。

「あいっ変わらず、声が小さいよ!?隊長なんだからもっとキビキビしなよっ!桃也は!
 あっ、すいません!イザナミ様!二番隊隊長   空井織姫(そらいおりひめ)参上しております!」

 クルッとイザナミに向き直り敬礼して答える。

「みんな相変わらずだねぇ~。任務だと顔合わせないからほぉんと久しぶりだねぇ~。」

 クロはいつも通りふにゃっとしている。いつもはイザナミの前だけはビシッとしているが死神隊で集まる時はいつもこうだ。

「織姫にクロもご苦労様です。それでは今日は重要な話があるの。どうか、みんなの力を私に貸してほしいの。お願い」

 イザナミの切な表情に三人はいつもと違うことを感じ取り真剣に話を聞いた。そして何日にも渡る緻密な調査がはじまるのであった。


 この三ヶ月後、ミチヤは訓練を無事終わり火之迦具土神、八岐大蛇を伴い黄泉国へと帰還する事になる。

 ―続く



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