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5.重なる誤解
しおりを挟む翌日、窓の外で剣を振るう音が聞こえて目が覚めた。窓を開けたまま寝てしまったから、部屋がかなり冷えている。
ベッドの脇に置いてあるガウンを羽織って、窓から外を見下ろすと、フィリップ様が剣の素振りをしていた。
ブンブンと何度も何度も上から下に振り下ろす。同じ動きを繰り返したと思ったら、今度は斜めに振り下ろしたり、突きや、それを組み合わせた複雑な動きに切り替わっていく。
僕は昨日、あの剣を受けたのか。
父の剣は何度も見てきたけど、父の剣とは違う動きだった。
「敵情視察か?」
僕がフィリップ様を見ていたことはバレていたらしい。こちらを見上げると、僕に向けてそう話しかけてきた。
「違います」
僕は声を張り上げて、フィリップ様にそう返した。
敵だなんて思ってませんし。僕たちは敵ではなく夫夫ですよね?
違うと言った後に、朝の挨拶をしていなかったことを思い出して、僕はフィリップ様に「おはようございます」と言ったら、フィリップ様は一瞬驚いた顔をして、そして大きな口を開けて、はははっと笑った。
何で? ここでは挨拶はしないとか?
僕は今、とても困っている。嫁いだけど、何をすればいいのか分からないんだ。お茶会とか夜会とかは、そんなに毎日あるわけないし、王都にいるなら別だけど、ここは辺境だから訪ねてくる貴族もいないんだと思う。
メイドも執事も、何をしろとは言わない。食事の時間になると呼びに来たり、湯浴みの支度をしてくれるだけで出て行ってしまう。
先日、フィリップ様に何をしたらいいのか聞こうと思って部屋を出たら、「貴様何をしている! 部屋に戻れ!」と言われて槍を向けられた。
まさか屋敷の中で武器を向けられるなんて思ってなかったから、ここで僕は命の保証さえされていないのかと思うと、怖くて部屋から出られなくなった。
僕が持ってきた本は、植物の本と、画集、それと物語が数冊。窓から庭を眺めて、本を読んで、お昼寝をして、と毎日続けていたけど、もう本も何周か読んで飽きてしまった。
「テオ!」
ノックもせずバターンとドアが開いて、フィリップ様が入ってきた。いきなりのことに、僕は驚いてソファーから立ち上がったまま呆けていた。テオと呼ばれたのも意外だった。
「なぜ来ない?」
「え?」
「いつ来るのかと待っていたのに、お前は全然来ない。コソコソと変な仕掛けをせず、正々堂々と俺を殺しに来い」
なぜ殺しに? 僕は夫を殺すような男に見えますか?
「僕は、フィリップ様を殺しにきたのではなく、嫁いできたのです」
「それは建前だろ?」
「違います」
フィリップ様に建前だと言われて、分かってしまった。嫁ぐという名目なら、屋敷の中に容易く入れる。そして送り込まれた敵が僕だと思われているんだ。
それなら、僕みたいな人相が悪く、いかにもって感じじゃなく、もっと人畜無害みたいな、優しい顔の人を送り込むと思うよ。自分で言うとますます悲しくなるから言わないけど。
「とりあえず訓練場に行くぞ」
僕に選択肢はない。「はい」と返事をすると、僕はフィリップ様の隣に並んで訓練場に向かった。
後ろをついて行って、「背後を取るな」とか言われても困る。
そして僕はまたフィリップ様と模擬戦をすることになった。これは本当に模擬戦なんだろうか? 剣の刃は潰されているけど、手加減なしの本気に見える。
僕は先日と同じように避けて避けて避けまくった。怪我はしたくないし、痛いのも嫌だ。
殺気を飛ばされても、動けなくなるようなことはないから、何とかギリギリ避けることができるけど、僕は剣が得意じゃないと声を大にして言いたい。
「お前、自分の手を明かさない気か?」
明かすも明かさないも、僕の手なんて領地の小さな学校で習う程度の基礎的なものしかない。父から散々打ち込まれて、回避することだけはできるようになったけど、それだけだ。
大人の剣なんて、まともに受けられないし、攻撃なんて仕掛けてもヨロヨロと力のない攻撃しかできない。
ゼェゼェと息を乱しているところにそんなことを聞かれても、僕は回答ができなかった。
息を乱しても、疲れても、決して相手に悟られるなと言われてきたから、フィリップ様から見たら、僕は軽く受け流して全然本気を出してないように見えるんだろうか?
そして今日は、それだけでは許してもらえなかった。他の騎士たちとも模擬戦をすることになったんだ。僕は、剣なんて得意じゃないんです。騎士の剣も避けて避けて避け続けた。
なぜなら僕にはこれしかできないから。弱いって分かってほしい。剣が当たって痛い思いをするのは嫌だ。
「こういう戦い方をする奴はなかなかいない。勉強させてもらえ!」
フィリップ様はそう言ったけど、僕は本当にギリギリの状態で、何とか躱しているだけです……
「油断した隙を狙われるぞ!」とか、「決して油断するな!」、なんて声が飛んでますけど、避けるのに精一杯で攻撃に移る余裕が無いだけです。
「悪くなかった」
フィリップ様が言うと、やっと僕は部屋に帰してもらえることになった。
それから僕は毎日騎士の訓練場に連れて行かれた。
部屋に一人でずっといるのは退屈だったけど、毎日戦わされるなら、退屈の方がよかった。
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