【完結】睨んでいませんし何も企んでいません。顔が怖いのは生まれつきです。

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番外編:人生の転機・後編(フィリップ視点)

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 これが俺の二度目の転機だった。

「旦那様、お相手の方が到着しました。戦闘になることを考慮し、広間に一人で待たせてあります」
「分かった」
 戦闘になる? 執事のダイスは一体何を言っているんだ?
 敵兵でも招き入れたのかと思うような内容に俺は少し緊張した。

「お前がテオドールか」
 少し俺より背の低い黒髪の男が広間に一人で立っていた。武装はしていないし帯剣もしていないのに、ダイスは一体なぜ戦闘になると思ったのか。
 俺が声をかけると、男はこちらを振り向いた。
 目を隠すように伸ばされた前髪の隙間から、鋭い真っ赤な目がチラリとのぞいて、ダイスのセリフに少し納得した。

 監視にしては人相が悪いな。王はなかなか面白いものを俺に送って寄越したらしい。
 男を挑発するように、企ては分かっていると、領地に何かすれば容赦しないと、そちらが監視するのであれば俺も監視すると伝えてみると、意外にも物腰柔らかい口調で従順なフリをした。

「僕はベルガー家に嫁いだので、この家の不利益になるようなことはしません」

 挑発には乗ってこなかった。暗器で刺すつもりだろとカマをかけてみたり、殺気を飛ばしてみたりしたが、全然乗ってこない。しかし俺の殺気を受け流している姿から、こいつはかなり強い、変な男を送られてきたが少し楽しみになった。

 剣を持たせてみると、ちゃんとした構えをとって、体のブレもない。
 これはいい。俺の訓練の相手にちょうどいと思った。それなのに、一向に攻撃に出ない。俺が繰り出す剣を受け止めることもせず、全て避けてみせた。俺を傷つけることはしてはいけないと言われているんだろうか?

 しかし、こっそり息を整えていたから、余裕で躱しているということもないようだ。他の者には分からないような息遣い。
 戦いに身を置く剣闘士は相手に弱みなど見せたら一瞬でそこを突かれる。疲れを見せれば一気に畳み掛けられて終わる。そんな駆け引きも必要だった。だからこうして相手に悟られないよう息を整える。なかなかやるな。

 その後は部屋に戻らせた。戻らせたというよりは泳がせることにした。彼にも何か陛下から託された使命があるんだろうし、俺は監視されて困るようなことはしていないから、好きに調べればいい。その代わり俺も調べさせてもらう。

 翌日から彼は部屋に引き篭もった。出歩いて色々と調べるのかと思っていたのに意外だった。油断させて何かの情報を得ようとしているのか?
 うちの戦力を測るのであれば、騎士団に向かいそうなものだが、それもなかった。

「なぜ来ない?」
 痺れを切らした俺は、彼の部屋を訪れて、部屋から引っ張り出し、訓練場へ向かった。
 彼は頑なに、「嫁いだだけ」と言う。模擬戦でも相変わらず避けるだけで攻撃はしてこないし、正直何を考えているのか分からない。

 ある日、酒樽と思われる樽が届いた。
 そこには手紙が添えてあった。なぜか俺宛てで、彼の父であるクローチェ男爵からの手紙だ。
『テオドールから俺がワインが好きだからワインを送ってほしいと連絡をもらったので送ります、テオドールのことをよろしく頼みます』という内容だった。
 ここに来て、彼が本当に俺に嫁いだだけという可能性が出てきた。

 彼がここに来てから外部に送った手紙は一通。王家ではなく実家に宛てた手紙だったと聞いている。俺がワイン好きだからワインを送ってほしいと手紙を出したのか?

「樽が届いた。堂々と毒でも仕入れたか?」
 俺はカマをかけてみた。可能性は薄いが、どんな反応を示すかを確認したかった。

「僕の実家の領地で作っているワインを届けてもらったんです。フィリップ様はワインがお好きなように見えたので」
 クローチェ男爵からもらった手紙と相違ないな。そして彼がみせた反応は、少し傷ついたという反応だった。
 目つきが悪い彼は、いつも不満があり警戒しているのかと思っていたが、観察してみるとそうでもないと感じる。今のは彼をよく観察していないと分からないだろうが、ショックを受けて悲しいとでもいうような目だった。

「そうやって俺に毒を盛る気か?」
「毒など入れていません。僕が飲めば信じてもらえますか?」
 確認のためにもう一度疑いの言葉を重ねてかけてみる。彼は少しムッとした顔で自らワインを飲んでみせた。ワインを飲むのは珍しいな。食事の際に彼はいつも水を飲んでいた。

 そしてダイスがもっと飲ませろと煽るから、面白半分で追加で飲ませたら、呂律の回らない口調で、夫夫なのだから信じて欲しいと呟いて倒れた。
 水を飲んでいたのは酒に弱いからだったのか。それなのに毒だと疑われて飲んだのか?
 笑える。俺が疑心暗鬼になり勝手に疑って挑発していたが、こいつは本当に嫁いだだけなのかもしれない。
 その可能性は全く考えていなかった。

 挑発する度に、何の捻りもない「嫁いだだけです」という回答をしてきたのも、何も調べている様子がないのも、どこかおかしいと思っていたんだよな。

 彼の目が覚めると聞いてみた。
「酒、弱いのか?」
「あ、はい」
「だったら言えよ」
 なんだか少し不満げな顔をしていたが、言いたいことを言えというと、意外な言葉を口にした。
「僕は、剣術が苦手なんです。弱いんです」
「それはない!」
 そんな奴が俺の鍛錬を重ねてきた剣をあんなに素早い身のこなしで避けられるわけがないからな。

「お前、部屋に篭っていた時、何してたんだ?」
「実家から持ってきた本を読んでいました。あと、お昼寝とか……」
「そうか」
 彼と挑発ではない普通の会話をしたのはこれが初めてだった。顔に似合わずおっとりとした口調で自信なさげに話す姿に、俺の予感が的中したのだと思った。

 キスしたら泣いたのはビックリしたが、抱かれる覚悟までしていたとは。
 そんな覚悟までしてここに来たとは知らず、俺は少し怯んでしまった。
 対して俺は何の覚悟もしておらず、逃げ出してくれればいいとか、数年白い結婚を貫いたら離縁する形だけの結婚だと思っていたから、深く考えていなかった。

 テオのことが気になった俺は、手は出さずそのまま同じベッドで寝た。こいつ、この顔のせいで色んなところで誤解されてそうだな。無防備に半分口を開けて眠るテオが何だか可愛く見えた。寝ている時は眉尻が下がるんだな。


 次の日、ダイスの奴に手を出されそうになって抵抗もできない姿を見た時は焦った。
 弱いわけないと思っていたが、テオは本当に弱いらしい。俺の殺気に怯まないくせにダイスごとき退けられないとは……何だかそのチグハグが可笑しい。やっぱり変な奴だな。

 メイドたちから話を聞いて、王家からの監視役というフィルターを取り除いて、テオを側に置いて観察してみると、どんどん愛着が湧いていく。こいつを手に入れたいと思った。
 肩書きや容姿に群がる奴らとは違う。忖度でわざと負けたり、チヤホヤしてきたりもしない。

 本当にたまに、テオが笑うことがある。たぶん本人も気づいていないんだろう。もっと見たいのに、なかなか見れない貴重なテオの姿だ。俺だけに見せろよ。

 テオはてっきり俺のことが好きなのだと思っていたから、喜ぶかと思って結婚しようと言ったんだが、驚いた表情をするし、
「僕はフィリップ様を殺すかもしれませんよ?」
 なんて澄ました顔で答えやがった。

 腹が立って強引に抱いたら、虜になったのは俺の方だ。
「気持ちいいか? 言え」
「きもち、いい、です」
「いい子だ」
 孕み腹だからなのか、元々の体質なのか、感度はいいし反応も素直で可愛い。その蕩けきった顔は誰にも見せたくないと思った。

 それなのに、どんなに愛を囁いても全く落ちない。押しても引いても、自分の役割はベルガー家の子を産むことというスタンスから抜け出さず、俺の気持ちも信じないし無意識に煽ってきやがる。
 結婚もして体も俺のものにして、テオもそれを受け入れているのに、なぜこんなに満たされないのか。
 俺はテオの心がほしい。俺だけを見ろ。

 テオが俺のことを好きになったのは、テオが俺の子を妊娠し、安定期に入ってからだった。ようやく好きだと言われて、歓喜した。
 抱きたい気持ちはあるが、体より心が手に入ったことが嬉しかった。
 俺はちゃんとテオを守れるだけの強さがあるだろうか? 不安になると鍛錬を増やした。

 テオが産気づいた時は自分でも驚くほどに動揺した。
 産まれてみると、俺だけのテオだったはずが、子にテオの愛情を取られるのではないかと不安になった。だから息子が立て続けに二人産まれても、なんだか可愛がってやれなかったんだ。
 しかし三人目に産まれたのは女の子だった。テオにそっくりの女の子、テオのミニチュアだ。
 そこで初めて、二人の間に産まれた子どもたちは、俺とテオの愛の結晶なのだと認識して、子どもたちが可愛いと思えるようになった。

 息子たちは俺とテオの血が流れている。上二人とは男だということもあって適度な距離感で過ごしている。
 しかし長女のリリーは可愛すぎて、俺の側に置いておきたくなった。この子は本当にテオにそっくりだ。愛情をかけてもかけても、全くこっちを向かない。なぜだ……
 こんなに大切にしているのに、なぜ俺が抱っこするとそんなに嫌がって泣くんだ?
 テオも俺の愛をなかなか受け止めてくれなかったが、拒絶されたことはなかった。

「テオは俺のことを愛してるか?」
「愛してますよ」

 テオにそう言われると安心する。いいんだ。俺にはテオの愛があればそれでいい。

 
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