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しおりを挟むこの別荘に来て4年が経った。僕は21になったけど、まだ山の上の別荘にいる。
20歳になると、父の会社の手伝いをさせてもらえることになった。
病気により出社はできないと、社内には通達されていて、仕事以外の会話は一切禁止されたけど、リモートで外部と繋がれることが嬉しかったし、父の役に立てることも嬉しかった。勉強だけはちゃんとしてきたから。
父の後を継ぎたかったけど、それは無理だと思う。きっと父はこの先の僕の人生を心配して、会社に携わることを許してくれたんじゃないかな。父や母が引退しても、僕が生活していけるようにって。
まだ父に見捨てられたわけじゃないと分かっただけで僕は嬉しかった。
この山に来てから日課になった朝の散歩をする。
もう紅葉も終わって、外套を羽織らないと外に出られないくらい寒い。
山だからね。この前見つけた青い羽根は、持って帰って瓶に入れて机の上に飾ってる。
晴臣がくれた青い鳥の羽根によく似た羽根。
晴臣は元気だろうか? こんなことになってしまうなら、親友だなんて言わずに想いを伝えればよかったな。
もう叶わない約束。届かない想い。僕は生涯、晴臣のことを忘れるなんてできないと思う。
冬の朝は霧が出ていることが多い。
今日はかなり視界が悪いけど、歩き慣れた散歩コースだから視界が悪くても迷ったり転んだりすることは無い。
あと2時間もすればこの霧も晴れると思う。
今日は休みだからゆっくりと歩いていく。
と、その時、僕の腕が何かに掴まれて引っ張られた。
この別荘の敷地には、僕と老夫婦しかいないはずで、まさか冬眠前の熊でも出たのかと思った。
助けを呼ばなければと声を出そうとしたら口を塞がれて、声が出せなかったけど、その僕の口を塞いだ手は毛むくじゃらではなくて、たぶん人の手だと思う。
「シー」
誰か知らない男に、後ろからお腹に手を回されて口を押さえられているから、言葉を発することができなくて、僕はコクコクと頷いた。
僕が抵抗しないと分かると、その男は僕の口を塞いでいた手を放した。
「敬人、会いたかった」
「え?」
僕が振り向くと、そこにいたのは晴臣だった。
最後に会ったのはあの事件の日。14歳だったあの頃から7年も経ったのだから当然だけど、晴臣は成長していて、背も高くて体も筋肉質でがっしりしていた。
僕はずっと部屋に閉じ込められてたから、背もあまり伸びなかった。ここにきてからは散歩をしているけど、筋トレなんてしたことないから細身のままだ。
大人になったんだな。大人になった晴臣を見られるなんて嬉しい。なんてジッと見つめてしまった。
「敬人、好きだ」
「僕も晴臣が大好きだよ。これって霧の中の幻かな? ふふふ、森の精霊さんありがとう」
「違う。現実だ。霧が晴れたら見つかってしまう。そうしたら今度はもっと遠く離されるかもしれない。だから今日はそれだけ言いにきた。
必ず迎えにくる。必ずお前をここから連れ出す。だから、待っていてほしい」
「本当? 幻じゃないの?」
「幻なんかじゃない。また霧が濃い日を狙って会いに来ていいか?」
「うん」
晴臣は僕をギュッと抱きしめて、軽く触れるだけのキスをすると、名残惜しそうな顔をして霧の中に消えた。
夢、かな? きっと夢。
晴臣がこんなところに来るわけないし、きっと晴臣は僕のことなんて好きじゃない。
僕の理想を幻として映してくれたのかな?
だとしたら嬉しい。なんか今日はいいことありそう。
僕はそのままいつもの散歩の続きをして別荘に戻った。
「敬人様、今日はとてもご機嫌ですね」
「うん。幸せな夢を見れたから」
「そうですか。それはようございました」
「今日はご実家からリンゴが届いておりますよ。召し上がられますか?」
「うん」
抱きしめられた感覚は本物に近くて、触れた唇も本物みたいだったけど、そんなわけない。
このリンゴ美味しいな。ちょっと酸味があって、とっても甘くてジューシー。
日当たりのいいサロンのソファーに座って読書をして、そして外を眺める。
ドクンッ
え? なんで? ちゃんと抑制剤は飲んでいたはず。飲み忘れたりなんてしてない。
僕は慌てて部屋に戻って鍵をかけた。
僕がヒートを起こしてフェロモンを出しても、老夫婦はβだからそのフェロモンを感じることはない。近くにαがいなければ、別に危険はないんだけど、僕の火照りが収まるまでは部屋に閉じ籠る。
念の為と渡されていた強めの抑制剤を飲んで布団の中で丸まって耐える。
ハア、ハア、ハア、ハア……
ダメだ。風呂に駆け込んで冷水を頭から浴びて、体の火照りを収めようとするけど、一向に収まる気配がない。
僕の中心で立ち上がったそれに手を伸ばして何度か出して、それでも収まらないと後ろに手を伸ばして指を入れた。
くう……
早く薬が効いてくれるよう祈りながら後ろをグチャグチャにかき混ぜていると、ようやく薬が効いて火照りが収まってきた。
ふう……
僕は虚しさを抱えながら風呂を掃除して、体を洗って風呂から出た。
疲れた……
僕はそのままベッドにダイブして眠ってしまった。
夢の中にはまた成長した晴臣が出てきて、僕のことを好きだと言って抱きしめてくれたけど、そんな夢なんて虚しいだけだと思った。
それでももしかしたらと期待した僕は、霧が濃い日の散歩は遠回りをした。
幻でも晴臣に会えるんじゃないかと思って。
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