【短編】スラム育ちの俺がお母さんとか無理じゃね? 〜夫は敵兵ですが何か?〜

cyan

文字の大きさ
5 / 12

5.

しおりを挟む
 
「今日は雨が降るんだって。雨の日はいいよね。各所からの叫び声も雨にかき消されてうるさくないし。ぬかるんで足場は滑りやすいけど、それはそれで違う楽しさがある」

 カプリスが嬉々として戦場に出かけた日、俺はとうとう実行に移した。カプリスにさえ見つからなければ、俺は逃げられると確信していた。雨で音が遮られるというカプリスの何気ない言葉も俺の後押しをした。

 逃げるのは簡単だった。最近は俺が逃げる様子がないと拘束も緩かったし、スルッと抜けて、最初に出くわした奴から剣を奪うと、もう何も怖くなかった。
 拠点に残っている奴は僅かだったし、残っている奴は夜の見張りをしていた奴らだからほとんどは部屋で静かに寝ていた。
 トイレか水を飲むためか知らんが、出くわした奴は運がなかったってことでサヨウナラ。

 俺は敵国へ逃げた。その方が見つからないと思ったからだ。俺が逃げるとしたら、自国だと誰もが思うだろう。そこで僅かでも時間を稼げればいい。
 俺は別に国に忠義があったわけじゃない。国に思い入れもない。どこの国でもいいんだ。

 走って走って、更に走って、辺鄙な田舎の村に辿り着いた。剣を隠して村にヨロヨロと近づいた。
「おい、あんた大丈夫か?」

 俺の設定は逃げた奴隷だ。
 そこからは村人に溶け込んで暮らした。力はあったから、畑仕事では重宝された。

 おかしいと思ったのは村に馴染んで二ヶ月も経たないくらいの頃だ。何をしても気持ち悪くて、毒でも盛られたのかと思った。しかし村人が俺に毒を盛る理由がない。
 気持ち悪さはあるし、食事もあまり取れないが、畑仕事はできた。死ぬかと思ったが意外と死ななかった。
 しばらくすると食事は食べられるようになって、気持ち悪さもなくなっていった。しかし次に訪れたのは別の変化だ。腹が張っている。

「あんたもしかして孕み腹か? 子が腹にいるんじゃないか?」
 村長にそう言われて、まさかと思った。
 だが、日に日に腹は大きくなり、中で何かが動いている。もう認めるしかなかった。

 生まれてくる子はカプリスとの子なんだよな?
 そう思うと不思議な気分だった。
 腹が痛くなって、生まれてきた子は男の子だった。

「この子の名前はどうする?」
 長老が聞いてきて、名前が必要なのだと知った。親が与えてやるものなのだと。
 名前。リオランにしよう。初めてできた俺の守るべきもの。俺の宝だ。

 こいつはいつも泣き喚いて、全然言うことを聞かない。言葉も話せないし、俺の言葉も理解していないようだ。
 しかもこいつは歩くこともできず自分で用を足しに行くこともできないんだ。歯もないから、普通の飯も食えない。
 液体を飲んで寝て出すだけの存在。
 だが、可愛いと思えた。

「お前俺の腹の中に住んでたんだぞ」
「あーうー」
「言っても分かんねえよな?」
 子育てなんかしたことない俺を、村のみんなは手伝ってくれた。
 このままこいつと二人、ここで幸せに暮らしていけると思ったんだ。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。 タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

婚約破棄を提案したら優しかった婚約者に手篭めにされました

多崎リクト
BL
ケイは物心着く前からユキと婚約していたが、優しくて綺麗で人気者のユキと平凡な自分では釣り合わないのではないかとずっと考えていた。 ついに婚約破棄を申し出たところ、ユキに手篭めにされてしまう。 ケイはまだ、ユキがどれだけ自分に執着しているのか知らなかった。 攻め ユキ(23) 会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。 受け ケイ(18) 高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。 pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

BLゲームの展開を無視した結果、悪役令息は主人公に溺愛される。

佐倉海斗
BL
この世界が前世の世界で存在したBLゲームに酷似していることをレイド・アクロイドだけが知っている。レイドは主人公の恋を邪魔する敵役であり、通称悪役令息と呼ばれていた。そして破滅する運命にある。……運命のとおりに生きるつもりはなく、主人公や主人公の恋人候補を避けて学園生活を生き抜き、無事に卒業を迎えた。これで、自由な日々が手に入ると思っていたのに。突然、主人公に告白をされてしまう。

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

処理中です...