8 / 72
1.身代わり生活の始まり
8.
しおりを挟むエデラーさんが作った問題を必死に解いていく。だけど時間は無情に過ぎていった。これは学ぶための講義ではなく試験だ。理解するまでいつまでも待ってもらえるわけじゃない。
「できましたかな?」
「あ……あと少し、待ってもらえませんか?」
「ではあと少し待ちましょう」
少し時間を延ばしたところで、全ての問題を解けるわけではない。だけど、できるだけ多くのことを理解したかった。
「もうそろそろ、よろしいかな?」
「はい……」
何度も時間を引き延ばせるわけじゃない。僕はペンを置いて、エデラーさんに紙を渡した。やっぱり全部は解けなくて、少し悔しい気持ちが湧いてくる。でもこれが僕の実力だ。僕は皇帝の役に立てるんだろうか?
急に不安が押し寄せてきた。
エデラーさんが問題用紙を採点していくのを息を止めて眺めていた。結果によっては、僕の命もここまでかもしれない。
僕は怖くて結果を聞けなかった。
エデラーさんが問題用紙を持ったまま席を立って、皇帝のところまで歩いていった。その背中からは感情を読み解くことはできない。
僕は拳を固く握りしめて、目を瞑った。
「さすが王子と言ったところか、なかなか優秀なようだな」
皇帝の言葉に僕はビクッとしてしまった。僕は王子じゃない。
そっか、王子様なら小さい頃からずっと教育を受けているから、あんな問題すぐに解けるんだ。きっと僕が苦戦した問題だって、朝飯前ってくらい簡単に解いちゃうんだろう。
あれ?
でも皇帝は僕のこと優秀って言った?
聞き間違いじゃないよね?
僕は皇帝のことは怖くて見られなくて、エデラーさんを見た。優しい顔でうんうんと頷いてくれている。それって合格ってこと?
「エデラーさん、その問題用紙をいただけませんか?」
「構いませんが、このようなものを欲するとは珍しいですな」
顎髭を撫でながら、エデラーさんが首を傾げている。合格したのだとしても、他に解けない問題がたくさんあった。きっとこれから必要になると思う。だから僕は全部の問題を解けるようになりたい。
「おいアル! そんなものがなぜ欲しい?」
皇帝が大きな声を出すから、僕はまたビクッと驚いてしまった。試験の問題を欲しいと言ってはいけなかったんだろうか?
「解けなかった問題を、解けるようになりたい……です」
怒られるのが怖くて、最後の方は小さい声になってしまった。僕は自信がないと声が小さくなってしまうことがある。今回はそれに恐怖が重なって、いけないと分かっているのにちゃんと話すことができなかった。怒られるんだろうか?
「よし、いいだろう。エデラー教えてやれ。この部屋でだ」
エデラーさんはなぜかニコニコしているし、これは許可されたってことでいいんだよね?
怒られなくてよかった……
「陛下、ありがとうございます」
「ふんっ、感謝の言葉など何の役にも立たん。お前が役に立つと証明してみよ」
「はい」
こうして僕はエデラーさんに計算や帝国のことを教えてもらえることになった。役に立てば殺されずに、国も守れるんだ。
明日知れぬ命だと思っていた僕にとって、このことは一筋の光に見えた。
「エデラーさん、アルとお呼びください」
「畏まりました」
アルバンなんて王子様の名前で呼ばれたら、まだ僕は挙動不審になってしまうかもしれない。危険なことはできるだけ避けたい。
「グレオン様は今日はとても機嫌がいい。アル様がおられるからかな?」
エデラーさんにこっそりそんなことを言われたけど、皇帝はあれで機嫌がいいの?
てっきり機嫌が悪いのかと思ってた。昨夜はいきなり犯されたし、僕は皇帝のベットで勝手に眠ってしまったし……
あれで機嫌がいいってことは、機嫌が悪い時はなぶり殺しにされたりするんだろうか?
想像すると背中がゾクっとした。
皇帝の機嫌を損ねないよう、しっかり役に立とう。どうやったら機嫌が良くなるのか、逆に機嫌が悪くなるきっかけも知りたい。
「エデラー、聞こえているぞ。お前は俺の耳のよさを忘れたか?」
エデラーさんに聞いてみようと思ったけど無理そうだ。皇帝の耳がいいなんて知らなかった。だからさっき声が小さくなってしまったのに怒られなかったんだ。
皇帝の機嫌が良くなったり悪くなったりするきっかけなんて迂闊に聞いたりしなくてよかった……
560
あなたにおすすめの小説
猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない
muku
BL
猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。
竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。
猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。
どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。
勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。
異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした
うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。
獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。
怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。
「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」
戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。
獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。
第一章 完結
第二章 完結
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます
muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。
仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。
成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。
何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。
汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。
もふもふ聖獣様に拾われた不遇オメガは、空に浮かぶ島で運命の番として極上の溺愛を注がれる
水凪しおん
BL
「オメガがいるから、村に災いが降りかかったのだ」
理不尽な理由で村人たちから忌み嫌われ、深い雪の森へと生贄として捨てられた十九歳の青年、ルカ。
凍える寒さの中、絶望に目を閉じた彼の前に現れたのは、見上げるほど巨大で美しい「白銀の狼」だった。
伝説の聖獣である狼に拾われたルカが目を覚ましたのは、下界の汚れから切り離された雲海に浮かぶ美しい島。
狼は人間の姿——流れるような銀髪と黄金の瞳を持つ壮麗なアルファの偉丈夫、レオンへと変化し、ルカにこう告げる。
「君は、俺の運命の番だ」
これまで虐げられ、自分を穢れた存在だと思い込んでいたルカは、レオンの甘く深いアルファの香りと、恐ろしいほどの優しさに戸惑うばかり。
温かい食事、美しい庭園、そして決して自分を傷つけない大きな手。
極上の溺愛に包まれるうち、ルカの心に固く巻きついていた冷たい恐怖の糸は、少しずつほどけていく。
そして、ルカを捨てた村人たちが強欲にも島へ足を踏み入れたとき、ルカは自らの意志とオメガとしての本当の力に目覚める——。
これは、孤独だった不遇のオメガが、伝説の聖獣の番として永遠の幸せと自分の居場所を見つけるまでの、心温まる溺愛ファンタジー。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる