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しおりを挟む「ローマンさん、私のこと覚えていますか?」
「え?」
覚えているとはいつのことだろうか? いつも会釈してくれることを楽しみにするくらい彼のことは大きな存在になっているが、いつのことを言っているのか分からなかった。
「覚えていないですよね。まだ私は子どもでしたし、ローマンさんが助けた人のことを全て覚えていたらキリがない」
なんの話だ? 雲行きが怪しくなってきた。
「それはつまり、リックが子どもの頃に俺と会ったことがあると?」
「はい! その時からずっとあなたに憧れていました!」
「そ、そうか」
なるほど? ん?
「聞きたいですか?」
「聞かせてもらえるのなら、聞きたい」
彼は俺が27の時に遠征で行った辺境の村で助けられたのだとか。当時は5歳の子どもだったそうだ。ということは今は23ということか、若いな……
森でオークの上位種が出たときに、追われたウルフが村までやってきた。子どもの足では逃げきれずに死んでしまうと思ったとき、俺が助けたそうだ。
そして泣きじゃくる彼を抱っこしてみんなの元まで連れていった。しかし怖くて俺の服をずっと掴んでいたら、夜眠るまでずっと抱っこしていてくれたのだとか。
なんとなく覚えている。確かにリックのような湖のような深い青色の髪だった。俺なんかを慕ってくれる女の子など珍しいと記憶に残っていた。あの子は女の子ではなかったか? それがリック? ジッと顔を眺めると、あの頃の記憶と重なる。
「あの時の! すまん、可愛かったから女の子かと思っていた」
「残念ですか?」
「いや、そんなことはない。昔から可愛かったが、そうか大人になるとこんなに美しくなるのか」
昔助けた子がこんなに立派になったのかと思うと、胸に熱く込み上げるものがあった。
「ローマンさんに憧れて必死に鍛えて18で辺境の領主に取り立てられ、去年推薦していただいて、やっと国家騎士となったのに、あなたは退役していた」
「ああ、俺はもう歳だ。体力的にキツくてな……」
「あの時の絶望。しかし城門であなたを見つけた時の喜び」
「こんなくたびれたおじさんになっていてガッカリしたか?」
「いえ、ますます好きになった。どう声を掛けていいのか分からなくて、我慢できなくていきなりキスなんてして、すみませんでした」
ああ、そういえば初めて彼と話をしたのは壁際まで追い込まれての「いいですよね?」なんて言葉だった。
そしてそのままキスしたんだった。
ちょっと待て、それでは話がおかしくなってくる。これは門番のおじさん落とすという罰ゲームか虐めではなく、本心だったということか?
俺はさっき彼になんと言った?
──エリック様、好きですよ。
背中を冷たい汗が流れていった。このまま黙っているのは彼を騙すことになってしまう。だが好きだと言ったことは嘘だなんて言ったら、俺は彼を弄んで捨てたことにならないか? とんでもない悪い男のようだ。彼を絶望に落とすのか?
この手がずっと繋がれたままでいるのは、好きだから?
それは本当か?
幼い頃に救ったのは本当だったとしても、落ち目のおじさんを好きだなんてどう考えてもおかしい。ダンディーな紳士だったり、金や地位があるのなら分かるが、俺には何もない。
俺は動揺し視線を彷徨わせた挙句、ジョッキの縁を見た。
「好きだというのは、その……騎士の理想像として?」
ジョッキを掴むと申し訳程度に口をつける。
「それもありますが、私のものにしたい」
っ!!
俺はエールを吹き出しそうになった。
想像はしていた。キスされたし、抱きしめられた。理想の騎士だけならば、尊敬という意味で熱い視線を送ったとしても、キスなどしない。
しかしこうもはっきり言われてしまうと、もう逃げ場はない。彼のことが嫌いかというとそんなことはない。彼は美しいし、見つめられると胸が高鳴る。だが恋と呼ぶにはまだ何かが足りない。
どうする俺。
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