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しおりを挟む彼も緊張しているのか、繋いだ手には汗をかいていて、そんなところが可愛いと思った。
「俺、おじさんだよ? もう人生も終盤に差し掛かっている」
「年齢差が気になりますか? 他はなんとでもなりますが、時間を越えることだけはできない。好きだけど、私ではダメということですか?」
彼がダメなのではなく、俺がダメなんだが……
彼の横顔をチラッと見ると、下唇を噛んで何かに耐えるような顔をしていた。これは俺のせいだ。こんな顔を彼にさせるつもりはなかったのに。
だが彼は何を思ったのかジョッキを掴むと、残りのエールを一気に飲み干した。
そして繋いだ手をぎゅっと力任せに握られた。握力、かなり強いんだな。
「私とは遊びの関係でもいい! 好き同士なら、いいでしょう?」
左手で俺の肩を自分の方にグイッと向かせ、力強く言ったと思ったら、後半はとても誘惑的な表情で告げてきた。思わず流されて「はい」と言ってしまいそうになる。
いや、いやいやいや、遊びの関係ってなんだ?
実は若い彼は何も知らず、一緒に遊びたいとか、じゃあ何をして遊ぶ? 森に入って木の実拾いでもしてみるか? それとも小川で水を掛け合って遊ぶとか──
分かっている。そんな意味ではないことは。思わず現実逃避しそうになって、慌てて戻ってきた。
「どうです?」
俺が返事をできないでいると、肩に置かれていた彼の手は、俺の頬をそっと撫で、唇をなぞった。
俺はされるがまま、金縛りにあったように指先一つ動かせなかった。
思考は停止して、彼の目をじっと見ていることしかできない。
彼の顔が近付いてきて、キスされるのかと思い、思わず目を閉じた。だがなかなか感触は訪れない。
すると、耳元に温かい吐息をかけられた。ゾクッと背中が震えて、思わず声が出そうになって奥歯を噛み締める。
「可愛い。たっぷり愛してあげますよ」
囁かれた言葉の意味を理解するのに、酒が回った頭ではなかなかに時間がかかった。
うん、これは夢だ。こんなのは夢でしかない。俺の脳はそう結論付けた。
「あ、お姉さん、エールおかわり!」
目を開けると俺は店の女の子にエールのおかわりを頼んだ。気分がいいとやっぱり酒が進む。
絶対に逃さないとでもいうかのように、握り潰す勢いで繋がれた手のことは気にしないことにした。
間も無くエールが届くとその後は、最近騎士の間で流行っている香水の話や、どこの店が美味しいとか、リックの村の話など、色恋とは関係ない話が弾んだ。
「ローマンさん明日は休みですよね?」
「あ、ああ、なんで知ってるんだ?」
「ローマンさんの勤務時間は把握しています」
「そうか」
何かおかしい気もしたが、酒が回った頭では深く考えられなかった。
「ローマンさんの家に行っていいですか?」
「何しに来るんだ? 俺のことを騎士様が送ってくれるのか?」
「もちろんです! 一人暮らしの家に一人で帰るのは寂しいでしょう?」
「いや、リティちゃんが待ってるから寂しくないぞ」
俺には可愛い可愛いリスのリティちゃんがいるからな。
「は? 女? そんな情報はなかったはず……どういうことだ? 確かめてみるしかない。ローマンさんに相応しくない女などすぐに排除してやる」
彼は何やらブツブツと呟いていたが、俺はフワフワと夢見心地だった。
彼は俺がこっちだと誘導せずとも、真っ直ぐに俺の家に向かっているように見えた。きっと街の地形に詳しいんだろう。まだ王都に来て間もないというのに熱心に勉強していて感心だ。
「リック、送ってくれてありがとう。ここが俺の家だ」
鍵を開けると、繋いだ手を放そうとしたが、強い力で握られたまま放してもらえなかった。
「リティちゃんに会わせてください」
「お? リックも可愛いもの好きか?」
眉間に皺を寄せて厳しい顔をしているが、まさかリスに会うのに緊張しているのか? リックにも可愛いところがあるのだと思った。
「リティちゃ~ん、ただいま帰りまちたよ~、お利口で待ってまちたか~?」
ゲージを開けて手を中に突っ込むと、寄ってきたリティちゃんの頭を指先でそっと撫でた。
そうだ、リックが見たいと言っていたんだ。俺は思い出すと振り向いた。
「リ、ス……」
「ん? そうだ、リティちゃんは唯一の俺の家族でリスだ」
彼は目を閉じて静かに息を吐くと、俺のことをグイッとすごい力で引き寄せた。
体幹は鍛えていたはずなのに、抗えずリックに向かって倒れ込む。
「私も家族になりたい」
抱きしめられたというよりは、ぎゅうぎゅうと締め上げられて、肺が潰されて息ができなくなっていく。現役を引退して1年、厳しい訓練をやめるとこんなにも早く体が衰えるのだと身をもって知った。
「くっ……」
おじさんの醜い呻き声が漏れ、なんとも言えない情けなさに、恥ずかしさが湧いてきた。
「すみません。力が強すぎました」
彼はそう言うと、腕を少し緩めてくれた。しかし俺を解放する気はないらしい。逃れられないようにぴったりと体を寄せ、腕も掴まれている。
キュキュッ
ゲージを開けていたから、リティちゃんが出てきて俺の体を登り、頭の上までくると髪の中に入っていった。
そこは巣ではない。なんなら少し加齢臭がするかもしれないし、とても清潔とはいえない場所だ。
俺の髪をかき分けながら進んで後頭部に辿り着くと、そこでリティちゃんは巣作りを始めた。髪が時々引っ張られるのが地味に痛い。
「む、ずるい。私もローマンさんの首筋なんて触ったことないのに……」
「いや、俺の首筋など臭いかもしれんぞ。やめておけ」
40を過ぎたおじさんの首筋など好んで触る奴などいないだろう。
門番の制服は詰襟で首を覆うから、きっと汗もかいている。リティちゃんもそんなところから早く出てゲージに戻ってほしい。
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