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しおりを挟むそれでリックはいつになったら腕を解いてくれるのか。若く美しい彼に抱きしめられているなんて、俺としては幸福でしかないが、少し恥ずかしくなってきた。
「今日は泊まっていいですか?」
「は? 泊まる? いや、無理だ。この家には見て分かるようにベッドが一つしかない」
「構いませんよ。あのベッドは大きいし二人で寄り添えば眠れます」
二人で寄り添って寝るだと? そんなこと……
「ま、枕が一つしかない」
俺は何を言っているのか。必死に断る理由を考えたが、酔いが回った頭ではそんなバカみたいな理由しか出てこなかった。
「そうですね。じゃあ私が枕を使うので、ローマンさんは私の腕枕で寝てください」
「はい?」
腕枕……そんなこと、生まれてこの方されたことがない。高貴な近衛騎士にそんなことさせられるわけがない。
「決定ですね」
「ほ、本気か?」
「ええ、本気ですよ。好きな人と一緒にいられて嬉しいですか?」
何も答えられなかった。俺は彼に好きだと言った。今更嘘でしたなんて言える雰囲気ではない。だからといって彼を泊める理由にはならないのでは?
「では失礼します」
「あ、あぁ……」
「ローマンさんを不快にさせてしまうのは申し訳ないので、桶と布をお借りできますか?」
「あ、はい」
俺は今起きていることが現実なのか、それとも酔って夢でも見ているのか分からなくなった。分からない頭で、彼に尽くすように井戸から桶に水を汲んできて、彼の服を脱ぐのを手伝って、そして濡らした布で背中や腕まで拭いてあげていた。なぜそんなことをしたのかは自分でも分からない。
綺麗な体だ。しっかりと引き締まっていて、シミや皺も弛みもない。ハリのある肌に、盛り上がった美しい筋肉。ちょっとその気になりかけて、いかんいかんと頭を振った。
「ありがとうございます。ローマンさんの背中は私が拭いてあげますね」
「いや、おじさんの弛んだ体など見ない方がいい」
もう俺は全盛期をとっくに過ぎた。衰える一方である自分の体を彼に見せるのが恥ずかしかった。共同浴場では平気で全裸で歩いているというのに、なぜこんなに恥ずかしいのか……
「何を言っているんですか。ローマンさんの体は美しいに決まっています。これまでの歴史が詰まっていますから」
そんないいものではない。もう俺は人に見せられるような体ではないんだ。
彼に力を込められると、全く敵わなかった。これはやはり夢なんだと思いながら、取り払われた衣類がパサッと床に落ちるのを眺めていた。
「素敵な体です。美しいですよ」
そんなこと……
冷たい布でゆっくりと拭かれるのが気持ちいい。酒で火照った体がゆっくりと冷やされていく。
彼はベッドに近づくと、俺の枕を掴んだ。
「ん~、ローマンさんの匂いだ」
「や、やめてくれ。おじさんの枕なんて臭いだけだ」
本当に恥ずかしいからやめてほしいんだ。枕カバーは洗っても、枕は洗えない。きっと加齢臭とか……
「寝ましょう」
「はい」
彼は本当に俺の枕に頭を沈め、右を空けて腕を伸ばし、俺が頭を置くのを待っている。
俺は本当にこの美しい男の腕枕で寝ていいのか?
彼は俺より背が高い。さっき体を拭いてしっかりと筋肉がついていることも確認した。俺だって騎士は引退したがまだそれなりの体格で、男二人で寝るなんて窮屈だと思うんだ。
だがやはり俺の頭は酒に酔って正常な思考ができなかった。ゆっくりと彼の隣に身を沈めていくと、いつもの枕とは違う彼の腕の感触に辿り着く。
「そんな端でなく、もっとこっちに寄ってください」
「いや、だが……」
そんなに密着したら……
彼にグイッと引き寄せられると、彼の美しい顔が目の前にあった。どこまでも深く吸い込まれそうな青い瞳を俺はじっと眺めていた。この深い青はどこまで続くんだろう?
「そんなに見つめられると少し照れます」
いつも堂々とした──いや少し強引な彼の瞳が揺れ、頬が赤く染まっていくのも、俺はじっと見ていた。
美しい顔だ。少し照れるところは可愛い。
そんなことを思いながらボーッとしていたのがいけなかった。不意に重なった唇に、俺は何が起きたのか理解するのに時間がかかった。
「……んッ」
カサついた唇を遠慮がちに割って入ってくるのは彼の温かい舌だ。今までは唇に軽く吸い付くくらいだったのに、ぬるりとゆっくり侵入してきて、優しすぎるくらいそっと口内を撫でていく。
キスとはこんなに気持ちいいものだっただろうか?
夢見心地のまま、俺は彼に抗えず受け入れていた。
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