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すれ違い篇
33.
しおりを挟む僕は部屋に戻ると着替えてジャガイモ農家のお爺さんのところに行くことにした。殿下のウサギさんのラベンダーの香りが薄れたように、お爺さんにあげたサシェも香りが薄れていると思う。それで新しいものを持って向かうことにしたんだ。
「お爺さん、おはよう」
「おや、久しぶりだね」
お爺さんは僕のとこを覚えていてくれた。数回会っただけだったから、忘れられているかもしれないと思ったけど、そんなことはなかった。
「うん、仕事で辺境にずっと行ってて、やっと帰ってきたんだ」
「それは大変だったね。辺境とは国境が近くて危ないんだろ?」
お爺さんには僕の仕事が騎士だって言ったんだっけ? 騎士といっても僕は戦ったりしないけど。
「うん、戦争してるから危ないよ。僕は怪我をした人たちを治癒する仕事をしてるんだ」
「それは素晴らしい仕事だね。人を助けるなんてすごいことだ」
そんなことない。僕にはこの仕事しかできる仕事がないだけだ。親が敷いたレールの上を歩いて、のうのうと生きてるだけだ。
「お爺さんだってすごいよ。みんなのお腹を満たす仕事をしてる。人は食べ物がなければ死んでしまうから、お爺さんだって人を助ける仕事をしていると思うよ」
「そんなふうに思ったことはなかった。頑張ってきた甲斐がある」
おじいさんは優しい笑顔を見せてくれて、僕はなんだか泣きたくなった。
今はジャガイモの収穫時期ではない。土がしっかり耕されて小さな芽が出ている。これが大きくなってまたジャガイモができるんだろうか?
「お爺さん、今は雑草を処理するくらいしか仕事はない? これってあとどれくらいで芋がとれるの?」
「そうだね。今は水やりと雑草の処理、肥料を作るくらいだね。それとこれは芋じゃなく豆だよ」
豆? ジャガイモ農家はジャガイモしか作らないんだと思ってた。
お爺さんに聞いてみると、同じ野菜を作り続けると土がダメになるんだとか。ジャガイモ、豆、トウモロコシ、麦という順で作る野菜を変えているそうだ。
「知らなかった。色んな野菜を作れるなんてお爺さんすごいね!」
僕は知らないことが多すぎる。騎士学校は日本の高校みたいに色んなことを教えてくれるわけじゃない。専門学校みたいなものだと思う。学ぶことは実践に近くて、騎士の仕事については色々教えてもらった。
だけど、日本みたいに国語や数学や科学なんてものはなかった。兵糧の計算や、地図から行軍にかかる日数を割り出す計算は数学に近いものがあるかもしれない。だけどもっと簡単だ。
僕はこの世界にどんな仕事があるのかも知らない。
スマホが無いから何かを調べるとしたら誰かに聞くか図書館だ。時事ネタだってテレビやネットニュースなんか無いから、ほとんど口伝で、信憑性の低いものも紛れている。騎士団は国の中枢に近いから正確な情報が多いけど、街に出ると捻じ曲がっていることがある。
僕はもっとこの世界のことを知りたい。
魔法とか権力とか魔物のことじゃなく、もっと一般的な教養を知りたい。
「今日は農家のみんなで集まるんだけど一緒に行くかい?」
「僕みたいな部外者が参加してもいいの?」
「ご近所さんが集まって、お茶を飲みながら近況を報告するだけだから、そんなに大袈裟なものじゃないんだよ」
「ぜひ参加させてください。あ、お茶菓子買ってきます!」
手ぶらでは行けないと思い、僕は街へ走った。街についてから気付いたが、時間と場所を聞き忘れていた。早く買って戻らないといけない。
参加人数も聞き忘れてしまった。余ったらみんなで持ち帰って家で食べればいいと思い、五十人分くらい買って戻った。分けやすくて傷みにくいものと考えると、クッキーしか思いつかなかったけど、大丈夫かな?
僕は身体強化も使って急いで戻った。
「お爺さん、間に合ってよかった」
「ずいぶん戻ってくるのが早かったね。そんな高級な包みを見たらみんな驚くと思うよ。いつも出てくるのは芋やキビを蒸したものだからね」
失敗してしまったかもしれない。でも、部外者の僕が混ぜてもらうんだから、感謝の気持ちも込めてこれでいいってことにしよう。
農家の人と話すのはお爺さん以外初めてだ。急に来た僕のことも嫌な顔をせず歓迎してくれた。やっぱりこのフロリアンの見た目が大きいんだと思う。害が無さそうで、優しそうな見た目だから。
龍男の姿では、こうはいかなかった。神様、この姿で僕を転生させてくれてありがとう。
クッキーもみんなが喜んでくれた。みんなの優しさに触れて、改めてこの国の人々を守るために、騎士をしっかりサポートしていこうと思った。
それからも何度か殿下に呼び出されて部屋に連れて行かれた。求めてくれると、まだ飽きられていないと安心する。
でもいつまでそれが続くのか不安で仕方ない。
僕の他にお気に入りは娼館の人だけだろうか? それとも何人もいるんだろうか?
気になったけど、そんなこと聞けるわけない。
体しか求められていないのに、好きだとか愛してるなんて言えるわけがない。そんなことを言ったら、今度こそ本当に捨てられるだけだ。
僕は馬鹿だ。望みなんてないのに、体を求められて喜んでいるなんて。
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