ワイルドウエスト・ドラゴンテイル ~拳銃遣いと龍少女~

空戸乃間

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第三話 血染め赤ずきん

狼退治 Part.5★

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 月明かりがうっすらと、人狼の姿を浮き上がらせた。
 まだまだ小さいその影は、だが確かに大きさを増してくる。四つ脚を着いて駆ける様は狼より不格好でも、脚は充分に速そうだった。

 しかし、レイヴンは動揺した様子もなく銀弾を込めたライフルを構える。

 ……もう少し引き付けたい。銃爪を落とすのは必中の距離に入ってからだ。

 どれだけ脚が速かろうと人狼の動きは単純そのもので、一直線に向かってくるだけならば狙いやすいことこの上なかった。当然、長距離から射撃で仕留められるなら願ったりであるが、レイヴンにはどうにも腑に落ちない点がある。

 ――姿を見せる必要はなかったはずだ。

 襲うならば闇討ち、不意打ちが最適なのにもかかわらず、わざわざ風上から現れ、しかも遠吠えをあげて存在を知らせてくるとは考えてもみなかったのだ。本来、狼の狩りとは狡猾であり持久力が物を言う、群れの中から弱った獲物を探し出し、時間をかけて追い詰めていく『執拗』という言葉が似合う代物で、狩りの最中だったり、ましてや仕掛ける前に遠吠えをあげたりは絶対にしない。

 ――ならば何故

 激発をためらわせる刹那の疑問は、だが解決の暇もなく置き去りをやむなくされた。

「レイヴン! わたしがッ!」

 逸るなと、止める声も聞かず、アイリスは既に駆けだしている。
 後ろ髪を引かれながらも前方のみを睨む、止まるわけにはいかなかった。人狼をレイヴンに近づかせてはならないのだから。





 一振りで服を脱ぎ捨てた彼女は降り注ぐ月明かりの中を疾駆しながら、その姿を変えていく。

 一度地を蹴るたびに現れる巻き角、翼、真白い尾
 柔和な表情は厳めしく裏返り、龍の気配を覗かせる

 その変容ぶりに、さしもの人狼も動揺したのか、思わず立ち止まることになる。誰だって驚くだろう、彼女のような可憐な少女が、とんでもない牙を隠していれば。

 そして、アイリスはその瞬間の好機に仕掛けることが出来る、肝っ玉も持っている。
 最後の踏切りで距離を殺し肉薄、したところで相手の大きさを知る。

 獣さながらの後ろ足のせいで低く見えるが、それでも二メートル強、アイリスの倍近くはある。爪も牙も鋭く、眼光の力強さからも脅威を感じる。

 ――だが、それがどうした!

 飛びかかり様の一撃……は、躱されたが、アイリスはそのまま中空で身を捻り、走り込んだ勢いを乗せた尾で、人狼を吹き飛ばした。
 先制の一撃はアイリス。尻尾とはいえ、彼女のそれは実際には筋肉の塊で、しかも硬い鱗に覆われているのだから、破壊力は大型ハンマーさえ上回る。となれば人狼といえども無事には済まず、打たれた胸を抑えながら下がっていた。

 勿論、アイリスは追い打つ。
 人型に変えられた龍の、しかし桁外れの怪力を誇る右拳は、再び人狼の身体を大きく後方へとはじき飛ばした。

 …………倒せる

 人狼を見据えながら、細く息を吐きながらアイリスは思う。
 今の一撃、防御こそされたが、彼女の拳に返ってきたのは、両腕の骨をへし折った感触だったのだ。肉体の頑丈さはおそらく五分、だが人狼は手負いで、かつ彼女は膂力りょりょくで勝っていた。

 しかし、アイリスの考えはあっさりと崩れることになる。
 身体を起こした人狼は、両腕を前へと突き出したのである。

「……呪いによる回復力、厄介ですね」

 返答はうなり声、人狼はまだやる気だ。

 ――でも勝てる! わたしが、ここで倒すッ!

どれだけ殴られようと、切られようと構わないのだ、自分が傷つくぶんにはどれだけやられようとも。

 決意と共に拳を固めてアイリスも構えるが、射撃位置につこうと走るヴィンセントには、最悪な事態が見えていた。

 違和感が確信に変わったのはアイリスが初撃を叩き込んだ直後のことだ。人狼はふらりよろめくようにして、射線から逃れていたのだ、ヴィンセントが構えていたライフルの射線から。
 火薬を爆発させて銃弾を飛ばす『銃』という武器の性質上、その攻撃は銃身から標的を結ぶ直線上に限られる。その直線上に障害物、たとえばアイリスがいたりすると射手は人差し指を緩めるしかない。

 あの人狼は知っている、銃との戦い方を。
 そして怪物としての外見に反して、知識を活かして戦えるのだ。現にいま奴は、同じく怪物染みた力を持つアイリスと対するために、いるのだから。

「下がれ、アイリス!」
「レイヴンこそ!」

 吠えるように言い返すと、アイリスは再度仕掛けた。握り固めた両拳、これが当たればそれで終わる。そう確信して振り回す、一つ、二つ、三つ、四つ――

 そのどれも一撃必殺の威力を備え、その全てが快速だった。五つ目の拳は勢い余って地面を叩き、大きく地を割るほどである。だが、しかし……

 ……当たらない

 攻撃全てを躱され、捌かれ、まともに触れさえ出来ないでいるが、何故ことごとく躱されるのか、アイリスには分からない。

 気付きようがないという方が正しいかもしれないが、レイヴンはその理由に気が付いた。
 彼女がこれまでに怪力を以てねじ伏せてきたのは、魔具にあてられた異形共ばかりで、それらには知恵や知性といった物が欠如していた。奴らにあったは野性、本能といった類いの物ばかりで、確かに戦う上で必要な素養には違いないが、あまりにも原始的だったのである。

 いうなれば奴らとアイリスが行っていたのは原始の闘いだが、この人狼は違う。

 知恵を用いた戦い方を
 対多数の戦い方を
 銃を相手にした戦い方を知っていて
 そしてなにより、その身に技を身につけていた

 アイリスの拳が当たらないのも無理もないことだった。のままの暴力、それに対抗するための技を――格闘技を用いる人狼――相手に、彼女は闘っているのだから。

「聞こえてんだろアイリス! 分が悪ぃんだ、どけ!」
「いいえ、これでッ!」

 今日一番の踏み込み、深い前傾で飛び込んだアイリスが放とうとしているのは、技術や努力をあざ笑うかの如き、生粋の暴力。殴るや、戦うなんて単語が場違いにさえ思える純粋な力(拳)であった。
 一撃必殺、いっそ人狼の肉体を貫かんばかりに握り込んだその拳は、だが放たれることなく終わるのだった。

 ひゅん――、と振られる人狼の右手。

 アイリスが感じたそれは、小さな、撫でられるよりも柔らかく、薄皮一枚に感じるか感じないかといったくらいに儚い皮膚感覚だった。
 痛みも衝撃もなく、身体も動く。


 だのにどうして、……?


 ぼんやりとアイリスは思い、そして気が付く。

 いや、ちがう。これは……
 わたしが倒れているんだ……

 訳も分からぬまま倒れ込んだアイリスを見ながら、レイヴンは驚きに眉根を寄せる。アイリスが何をされたのか彼にも分からないところだが、似たような光景を目にしたことはあった。

 よくある喧嘩のワンシーンとは異なる、スポーツと呼ばれる殴り合い、ベアナックル(素手)ボクシングの賭試合の場でのことだ。圧されていた選手が遮二無二放ったパンチ、その一発は観客達には空振りのように見えていた、実際、レイヴンも空振りだと思っていたし、返しの一発をくらって試合は終わると考えた。

 だが、次の瞬間だ。優勢だったはずの選手から力が抜けて、ばったりと、糸が切れた人形のように倒れたのである。倒した選手も呆然、観客は唖然、倒された選手はなんとか立ち上がろうとしては、何度もよろめいて土を舐めていた。

 まさに、あの時、目にした状況そのものである。

 そしてなによりも驚くべきは、得体の知れなかった技を、あの人狼は狙ってやったという点である。手練れだろうと睨んだレイヴンの予想は、悪い事に当たってしまった。

 人狼が、彼を睨む。

 レイヴンの構えたライフルの先端、地獄行きの小さな孔を覗かぬように。
 レイヴンはチラと視線を下げて、倒れたままのアイリスを見た。
 生きてこそいるが、しばらくは動けそうにない、回復するのは一分後かそれとも三十分後か。ともかくこの場の決着は自分で付けるしかない。

 ――と、彼はおもむろにライフルを下ろし、あろう事か放り捨てた。格闘を望む相手に、狙いを合わせたライフルをわざわざ捨てるという無謀には、人狼も目を細めて警戒する。

 無論、レイヴンの行為に、降伏や諦めといった類いの狙いがあるはずもない、むしろ逆、生き残るために必要だから捨てたのだ。

 さぁ来やがれ、とレイヴンはポンチョを払い、腰に下げたリボルバーを覗かせれば、望むところとばかりに人狼が駆け出す。

 レイヴンがライフルを捨てたのにはキチンとした理由があった。

 一番の理由は、その連射速度。ライフル銃としては桁外れの連射が可能とはいえ、排莢、装填を必要とするレバーアクション式ライフルでは接近されるまでに発砲できるのは精々三発が限界、それに対してリボルバーであれば、同じ時間で六発撃ちきることが可能だろう。

 そう読み切り、人狼が仕掛けてくるのを、彼は誘い出したかったのだ。その通り、レイヴンには銀弾が込められた拳銃の他に、もう一枚の切り札がある。

 右腰の銃把にかけた手を滑らかに背後へと回したレイヴンが抜いたのは、悪魔の銃を持つ男(ピストレーロ・デル・ディアブロ)と呼ばれる由縁、邪龍の魂が形を成した魔銃である。

 弾の代わりにありったけの魔力を注いだその銃爪を絞り込む
 撃鉄が落ちて放たれた魔力は、人狼を呑み込む雷の柱となって宵闇を二つに裂いた

 人狼がどれほどタフで、嫌気がさすくらいの回復力を持っているとしても、全身丸ごと消し炭にしてしまえば、復活もしようがない。

 轟音と閃光が奔った痕は地面さえも削り、人狼の姿は跡形もな……

 ――否ッ!

 眩んだ視界の端を走る影をレイヴンは見逃さず、即座銃を向け、発砲する。ただし、その魔銃の一発は確かに人狼の肉体を捉えても、奴の突進を止めるには至らなかった。

 貫通力が高すぎるのである。
 魔弾は強力だ、岩であれ鉄であれいとも容易く貫く事が出来る。本来ならば、その貫通力は大きな脅威となるのだが、今回はそれが裏目に出ていた。針を薄布に通すように抵抗なく裏側へ抜けるということはつまり、鉛弾を喰った時の衝撃が一切ないということ。痛みさえこらえられれば、前へと進める。

 それに過剰な貫通力に加え、連射したために一発に注げる魔力も少なく、二発目以降は普通の拳銃弾と同程度の口径となってしまっていた。これでは人狼に対してはほとんど効果を望めない上、更に厄介が上乗せされることとなる。

「野郎ッ!」

 変身したのだ、人狼が。怪物の姿から、狼の姿へと。

 重心は低く、左右への切り返しが速い
 そうして狙いを散らしながら果敢に走った人狼は、ついにレイヴンとの距離を詰めて、飛びかかってくる。間一髪、レイヴンは身を躱すが、人狼の狙いは最初から彼の首ではなく、その右手にある魔銃だった。

 すれ違い様に魔銃をひったくられるが、レイヴンの反応も素早い。即座、魔銃を奪われると判断するや自ら手を放し、右腰の拳銃へと切り替える。だが……、銃を抜こうと振り返れば、巨大な狼が牙を剥いて彼を睨め下ろしていた。

 ひたすらにデカく、強そうで、毛むくじゃら
 これだけでもチビるに充分な外見でも、レイヴンは冷静に相手を見据えている。
 銃を抜く手は止まっていた。

 既にお互い間合いの内。まさか人狼相手に早撃ち勝負をすることになろうとは、想像だにしていなかったレイヴンだったが、この距離であっても眼差しに恐怖は微塵も浮かんでいなかった。なんといっても早撃ちは、彼の土俵であるからだ。

 ……続く、睨み合い。

 と、その最中、不意に人狼が仕掛けてきた。
 咥えていた魔銃をレイヴンへと吐き付けて先制、ただしその程度で怯むと思ったら大間違いである。額で銃把を受けながら、レイヴンは人狼が殴りつけるよりも先に、神速の抜き撃ちを披露した。

 一つの銃声に、三つの弾丸。

 その三連射の狙いは人狼の心臓である。外しようがない至近距離、狙いも早撃ちも完璧だった。にもかかわらず、人狼は大きく牙を抜いてレイヴンに襲いかかって来ていた。
 奴は両腕を重ねて、唯一の弱点を庇っていたのである。3発まとめても、あの筋肉と骨に阻まれては心臓までは届かない。

「……くそッ!」

 人狼の巨体が容赦なくレイヴンに覆い被さっていく。


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