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第三話 血染め赤ずきん
夢見心地 Part.2
しおりを挟む村の中にはこの数日変わらぬ緊張感が常に付きまとっているが、一日の終わりが近づく時間帯には緩やかな瞬間がある。皆一様に家路につき、戸締まりをした後は眠れぬ夜を過ごすことになるのだが、それでもアイリスの狼狽ぶりには及ばないはずだ。
レイヴンがいない!
三日徹夜した後にぷっつりと切れた緊張の糸は、容易くアイリスの意識を奪い彼女を泥沼に似た睡眠の底へと誘った。だからぼんやりと目が覚めた時、部屋の異常に気が付くまで二、三分は掛かっていたのだが、その異常を認識するなり神経すべてが冷水を浴びたように、一気に目が覚めたのだった。
「ど、どどどどどこです、レイヴン⁈」
寝起きなせいもあって頭の中は真っ白、彼が入れるはずもない本棚の裏まで覗く始末で、冷静に見回せば気が付きそうなことにも目は止まらないままだ。彼の無事を確かめて、ほっと一息安堵して、横になって起きてみたら、いるはずのレイヴンは影もなし。巻き込まれている事態が事態だけに、彼女があわを食うのも無理からぬ事である。
ただし、やはり非常事態こそ一度落ち着きを取り戻すのがいい、そうしないと慌てて外を探しに行こうとしたアイリスのように、突然開いた扉に鼻っ面をぶつけることになってしまう。
「アイタッ⁈」
ばちこんっ、と中々の衝撃音が鳴り、むしろ彼女より驚いたレイヴンが目を丸くしていた。
「扉の前で何やってんだアイリス、危ねえだろ」
「むふぉふぁふぁわふぁふぃのふぇふぃふふぇふ」
「……なんて?」
しこたま打ち付けた鼻を押えているアイリスの言葉はよく聞き取れない、ようやく涙目ながらに顔を上げた彼女は思いの丈をぶつけるのだった。
「それは私の台詞です! 何処行ってたんですレイヴンッ⁈」
「ちょっと散歩に出てただけだ、身体が鈍っちまってしょうがねえから」
実際、階段上るだけでも足が重くなるくらいだとレイヴンは言うが、アイリスはそんなことを聞きたいわけではない。そりゃあ頬だって膨らむ。
「むぅ~~、バカバカバカバカバカバカ! バカです! レイヴンはほんとにバカです! わたしが、どれだけ心配して……わたしが、わたし……わたしは…………」
涙が出るのは痛いからとは限らない。なんだかよく分からない、手当たり次第に鍋に材料を投げ込んだスープのように、アイリスの胸中はぐちゃぐちゃだった。ただ、一つ確かなことは、悲しみはスープの中に混ざっていないということだろう。
そしてそれは、渇いた頬でもレイヴンは同じく感じていた。
鍋をかき混ぜる小さな拳に胸を貸しながら、レイヴンはそっと彼女を抱き寄せる。他にどうしてやるのが正しいのか、答えは彼の方が求めているくらいだ。
「レイヴン、わたし、あのです……あなたに謝らないと――」
「――いけないのは俺の方だ」
言葉を引き継ぎ、レイヴンが言った。
「え?」
「……お前に甘えてた、アイリスの力に。覚悟をはき違えてるのには気が付いてたんだ、なのに同行させた。それに、どっかで期待していた、一緒に来ると言い出すことを。すまなかった、俺はお前を使おうとして、そして傷つけた。だからこの傷は、罰が当たったのさ」
信用して背中を預けるわけでなく、見張り番代わりに使おうとした。似ているようでもこの違いは大きい、いわば番犬。それの役目を本人に告げずに押しつけようとしたのだ。改めて考えれば最低である。
「ズルいです……」
「なんだって?」
アイリスはレイヴンの胸に押しつけていた顔をパッとあげて膨れる。
「先に謝るなんてズルいって言ったんです! レイヴンはすっきりしたかもですよ? でもじゃあ、わたしのモヤモヤした気持ちはどうすれば良いんです⁈ 貴方を守る役目も果たせず、身を案じるばかりだった不甲斐なさはどうしろ言うんです⁈」
確かに彼女の言うとおり、詫びることでレイヴンの胸のつかえは消えた。しかし、同時にアイリスに我慢を強いては意味がない。新しいわだかまりが出来るだけだ。
恨み眼で睨んでいる彼女の気持ちも整理させるには――
「それじゃあ、お前の番だ」
「番? わたしのです?」
「俺が割り込んだから、次はお前」
どちらが悪いのか、許す許さないとか、問題はそこではない。相手に対して、詫びなければならないと感じたのならば両者が詫びる。仲直りとはそういうものだ。
その意図を理解したアイリスは一度表情を和らげ、それから凜とした顔立ちに戻す。
「レイヴンの忠告を、甘く考えていてごめんなさいです。貴方の覚悟に足らず油断していました。戦いにも、種類があるんですね、肝に銘じておきますです」
「ん、わかりゃいい。それじゃあ、これでお互いすっきりしたって事で」
「まだです!」
突如、掌を突き出してアイリスが待ったをかけた。
「なんだよ、まだ何かあんのか? 今の話はもう落とし所見つけたろ」
「今の話じゃありません!」
ずいずい迫るアイリスの人差し指が、レイヴンの胸を押し込んだ。
まさしく説教するように。
「転化しなかったとはいえ、病み上がりなんですよ? 一人で出歩いたら心配するじゃないですか⁈ そうでなくても、三日間ずぅ~~~~っと気を揉んでいたわたしを、心配でぺしゃんこにするつもりです?」
「あぁ……、それはそうだな……。感謝してるし、悪いと思ってる」
「むぅ~~~~、反省してます?」
「谷よりも深く」
「では! これは反省の証として受け取っておきます!」
アイリスは言うが早く、レイヴンが背中に隠していたワインボトルを抜き取ってみせた。気付かれていないと思っていたが、とんだ勘違いだったらしい。
「ったく、目聡い女だ」
「ふふ~~んです、わたしの目を誤魔化せると思ったら大間違いですよ、レイヴン」
久々に見た、ご機嫌な笑顔にレイヴンは目を細める。
曇り空の後に差し込む陽光はなんて眩しいのだろう。
「ではでは、せっかく買ってきてくれたんですし、回復を祝して呑みましょうです!」
「楽しみはあとにとっとけよ、まずは晩飯食ってからだ」
背後の扉をレイヴンが指さすと、丁度アシュリーが食事を運んできてくれた所だった。
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