星間のハンディマン

空戸乃間

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第一話 Killer Likes Candy

Epilogue

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 金星付近のデブリベルトにおけるディアス追撃から……いや、正確には追撃失敗から数日後。アルバトロス商会は日常業務に戻っていた。

 秘密の宅配を終えたヴィンセントは、ベンチに腰掛け一服つけていた。今日も変わらず暑い昼だ、紫煙程度じゃ日光は遮れず、缶ジュース一本じゃ渇きは静まらない。

 大きな依頼が来るまでは平和なもので、寧ろ退屈とさえ感じる時間が過ぎる。危険な目に合えば退屈な日々が恋しくなり、退屈な日々が続けば刺激を求め始めるから、人間ってのは不思議な生き物だ。或いは、欲張りなだけかもしれないが。

「怪我はもう良いのかしら、ヴィンス?」

 涼しい声で、ルイーズが隣に腰を下ろす。陽の下にあっても彼女の凛とした佇まいは、決して崩れる事はなく、相変わらず月華の色香を放っている。

「調子は八分って感じだな、荷物運びくらいなら影響ねえよ」
「そうやって動き回るから中々治らないのよ、まだ塞がっていないんでしょう?」

 思わずヴィンセントは小さく笑った。休ませないようにしているのはルイーズ本人だ。
 あれからまだ数日しか経っていないのに、彼女が矢継ぎ早に小さな依頼を回してくれていたのだった。
 ……じっとしていると気が滅入る時ってのは誰にでもある。

 感謝から、ふとルイーズを見遣ると、彼女の黄金の瞳もまたヴィンセントを見つめていた。
 言葉を探し、ルイーズは顔を逸らす。気持ちを一つ落ち着かせると、神妙に言葉を紡ぎ出した。

「あなたに頼まれていた件、無事に連絡が付いたわ。手紙と一緒に小切手も送ってあるから、後の事は任せましょう。……安心して頂戴、信頼出来る相手かは調査してあるから」
「そうか、手間掛けさせたな。ありがとう」
「いいのよ、お礼なんて。私も関わっていた話だもの、傍観はしたくなかった。私こそ、任せてくれて、ありがとうと言いたいのよ」

 ヴィンセントが頼んだのは、ノーラが隠れ家として使用していたヤサの捜索と、彼女の妹の居場所である。どちらも迅速に発見したルイーズのおかげで、警察より先に辿り着く事が出来た。

 これはノーラからの最後の依頼でもあった。

 薬物に犯された手で書き記した、最後の依頼。彼女の手帳には、妹の入院先の住所の隣に一言だけ添えられていた。『おねがいします』と――。そのメッセージを見つけた時には、ノーラの冷たくなった顔が思い出され、言葉に出来ない無念さが胸を締め付けた。

 すると、ルイーズが小さく微笑みを溢し、ヴィンセントは会話に引き戻される。
「警察は、さぞ大慌てでしょうね。ノーラが貯めていたお金が根こそぎ消えてしまって」
「構うかよ。証拠品の名目で引っ張っていって、連中の懐に収まるんだ。どうせ使うなら正しく使った方が良い。それがノーラの願いだったしな。……遺言まで用意してるとは」
「自らの最後を、あの子も悟っていたのかも知れないわね。だからあなたに託したのよ、必ず救ってくれると信じたから。……依頼料、受け取ってあげれば良かったのに。全て妹さんに送って本当に良かったの?」
「俺は気前がいいんだぞ。それに、依頼料ならもらってる」
「え?」

 不思議そうに覗うルイーズに、空き缶を振ってみせる。
 ぽい、とゴミ箱に缶を放ると、ヴィンセントは腰を上げた。

「ねぇヴィンス。今日は、この後になにか予定はあるかしら?」
「いや、特には」

 ヴィンセントがそう答えると、ルイーズの口元に艶やかな微笑が刻まれた。気を回してくれたルイーズのおかげで働きずくめだったから、半日休暇はいい考えだ。世話になってルイーズに礼もかねて「食事にでも出掛けるか?」と、尋ねようとしたヴィンセントだったが、鼻先に封筒を突き付けられて困惑した。

「……なんだ、これ?」
「賞金首の資料よ。八分の貴方でも相手出来るレベルのネェ、捕まえてらっしゃいな」
「ふぅん、なるほど。すげぇ元気出た、ありがと」

 ルイーズは仕事モードの顔つきで、断れそうにない。食事は又の機会にお預けだ。

「ああ、ところでヴィンス? 今日のニュースは確認したかしら?」
「やけに嬉しそうだな、モールで大安売りでもあるのか、行くならスーツ以外の服も買えよ」
「あのショッピングモールは暫く営業休止よ。ラジオでも流れているから、聞いてみるといいわ。それじゃあ、ヴィンス頑張ってネェ」

 と、ひらり手を振る彼女に見送られ、ヴィンセントは渋々仕事に取りかかる。

 とりあえず移動する為に、路肩に駐車してあるピックアップトラックの所まで戻るヴィンセントの表情は浮かない。車内に待たせた相棒が突然押し付けられた依頼に、いい顔をするとは考えにくく、案の定、運転席で待っていたレオナは仏頂面で、ヴィンセントが助手席に座るよりも先に、開口一番「遅い」と不満を口にする。

 ディアスを取り逃がした際に、拳銃まで無くしたらしく、レオナの機嫌はあれ以来悪いまま、些細な事でも苛ついていた。
 因みにだが、車で待ってると言い出したのは彼女の方だ。

「待ち合わせなんだからしょうがねえだろ。っつか、お前も来れば良かったじゃねえか」
「ケッ、デレデレした話しに加われって? 仕事中に逢引きしてんじゃないよ」
「真面目な話をしてきたんだよ。黙ってこれ読んどけ」

 ヴィンセントは渡された封筒を押し付けながら、ラジオのチャンネルをニュースに合わせた。勿体振ったルイーズの素振りがやけに気になる。

 ラテン音楽から、その他情報チャンネルを通り越し、お目当の局に合わせると、相も変わらず無機質な声が淡々と本日のニュースを読み上げていた。

『――ゼロドームで発生していた連続殺人事件についての続報です。本日未明、金星の麻薬王と噂され、殺人、及び連続殺人犯への殺人教唆の疑いで捜査されていた、ロドリゴ・ディアス氏が遺体で発見されました』

 レオナが声を荒げそうになったのを、静かに制してヴィンセントは音量を上げた。

『ディアス氏は数日前、金星からの逃亡を図り行方不明となっておりましたが、氏が所有する宇宙船の残骸がデブリベルトで発見され、捜索が続けられておりました。警察からの発表によりますと、ディアス氏は頭部を銃撃され殺害されていたとの事です。また、ディアスファミリーは一名の幹部を除き、構成員の逮捕と死亡が確認されております。これにより、ゼロドームを苛ませていた狂気の事件は一様の落ち着きをみせる事になるでしょう』
「……だとさレオナ。もう奴を殴れねえな、残念だ」

 レオナの表情は険しい。
 そりゃそうだ、後一歩のところで取り逃がし、勝手に死んじまったんだから。
 忌々しいニュースを伝えたラジオを切ろうと、レオナが衝動的に手を伸ばすが、ニュースキャスターは追加の情報を伝え始め、ディアス殺害犯についての情報となれば、聞かないわけにはいかない。
 代わりにそいつをぶん殴るのもアリだと、彼女は考えていたのだが……。

『ディアス氏殺害に使用された大口径拳銃の弾丸から、警察は新たな証人を捜索していると事です。また、この人物にも多くの容疑が掛けられており、警察は情報提供を呼びかけております。特徴は以下の通りです。レオ――』

 ばつん……
 唐突にラジオが黙る。
 ヴィンセントが切ったのだ。
 そして訪れた沈黙は、あまりにも重い。
 レオナから発せられる、ヒリ付くような緊張感。彼女はじっと動かず、眼付きは鋭くも正面を睨むだけで、間に合わせの銃が収まっているレオナのホルスターが、途端に存在感を持ち始めた。

 だが、ヴィンセントは実にあっけらかんとした様子で、シートの身体を預ける。レオナが何者かなど、今となっては関係が無く、些末ごとを気にする虎女には冗談で返すのがヴィンセント流だ。まぁ、当の本人は些か困惑し様子だったが。

「捜し物見つかったな、どうする? 警察まで受け取りに行くなら付き合うぜ」
「…………なにも言わないんだ、アンタ」
「昔話がしたいのか? いいから車出せよ、それとも運転代わろうか? 仕事は山積み、お前が一人で済ませるなら、ゆっくりでも構わねえけど」
「ムカつく野郎だよ、マジでさ」

 ヴィンセントが指先回して出発の合図を出すと、呆れた笑みを溢したレオナが車を発進させる。まぁ、ルイーズに頼まれた賞金首は、レオナと一緒ならば大して問題にならない相手だ。

 宇宙に羽ばたく阿呆鳥
 依頼とあらば西東
 北に事件があるならば
 嗅ぎ付け、現れ、即解決
 南に賞金首あらば
 お縄か棺桶、二者択一
 便利屋アルバトロスは無限の宇宙を飛び回る
 
 一人静かに、ヴィンセントは笑っていた。
 気を揉む事もあるだろうが、同時に楽しみでもある。
 レオナと組んでの仕事は、絶望的で魅力的だ。

 ――危険な職業に危険な相棒なんて、楽しまなきゃ損ってもんだろ?
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