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これは夢なのだということを知覚して夢を見ていることがある。それは、何度も繰り返される悪夢だからだ。
 どうにもならないことが確定された夢。
 絶対に夢で、そこには自分はいないと分かっているのに、夢の中のオレはいつでも必死だった。
 見上げる視線は酷く低くて、母が取り乱して泣いている声が聞こえる。母を守らなくてはいけないという本能でその腕を握りこむ。
「貴方はここに残りなさい。その方が幸せになれるわ」
 優しい甘い声が耳元で囁く。この人を一人で行かせるわけにはいかないと、心から願う。
「イヤだ。かあさまといっしょに行く」
 困ったように首を振る彼女の腕を掴んで、泣いているのはオレ自身だ。この時、彼女の言う事を聞いていれば、きっとあんなに彼女も苦労しなかったのに。
「セルジュ。言う事を聞いて。貴方は○○家の長男よ。貴方を連れていくわけには……」
「構いませんよ。セルジューク様の判定がオメガだったら、当家でもお育てするのは困りますから」
 昨日まで優しい声をかけてくれていた執事の男の声が、てのひらを返したかのように冷ややかに響く。
「セルジュ。お願い……貴方はここに残って」
 必死で願う彼女に首を振って、オレはその腕を掴んだまま離さなかった。
 今考えれば、オレさえいなければ、彼女は別の男とやり直すことはできたかもしれない。
 どうせ捨てられるのであれば、彼女だけでも幸せになる道をどうして選べなかったのだろうか。
 腕を引かれて歩いていく小さなオレは、まだ彼女を守れるだけの力もなかったのに。なぜ、守れるだなんて信じていたのだろう。

 それまで住んでいた屋敷の物置よりも狭い部屋に、訪れる男達が、悲鳴のような獣の声をあげる彼女を抱いては帰っていく。
 何度となくそれを止めに入ってはひどく殴られた。その度に傷ついたオレを見て、頭を撫でて彼女は何度も謝った。
 謝罪の意味がわからず、ただただ悲しくて泣いた。
 彼女が連れ去られる時も、オレは簡単に押しのけられ殴られ、気がついたときにはもう彼女はいなかった。

 遠い過去だ。
 もう、彼女もいない。なのに繰り返す、夢。
 
 結局オレは、彼女を壊す原因にこそなれ、救うことなんて何一つできないなかった。いつだって、何度同じ夢を繰り返し見ても、悪夢以外のものになることはない。


 荒い息をついて、桑嶋はベッドの上に身を起こし、首にかかった彼女から貰った、唯一の形見である小さな翡翠のペンダントを握り締めた。
 彼女は、何一つもっていない弱いオメガだった。それでも身体だけを売り物にして、ギリギリまでオレを育てようとしてくれたのだ。
 
 あいつとは、違う。
 あんないい加減な生き方をするような、男とは。
ちがう。

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