斬り裂くのは運命と識れ【完全版】

怜悧(サトシ)

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 統久が赴任して1ヶ月あまり、部署でもその能力の高さに兄をオメガだと色眼鏡で見ていた歩弓の部下達も、彼の地位を認めざるを得ない状況になっていた。
 歩弓は、まだ兄と会話らしい会話はあれ以来出来ていなかった。
 彼の発するフェロモンに、抑制剤を飲んでも当てられてしまうし、歩弓自身が薬の副作用で体調が悪いのである。
 当の本人は平気そうなのが更に頭にきて仕方がなく、なるべく接触をしないように出張にばかり出ている。今日はどうしても外せない会議があり、局内で同じ空間にいたのだ。

「局長、顔色まだ悪いですね。アレルギー、身内でも出るんですか」
 桑嶋は心配そうに、統久と同じ部屋にいるだけで当てられてしまう歩弓を気遣って薬を用意してくれるが、抑制剤を飲んでいるのでそっと返す。
 桑嶋は統久に運命の番と宣言されていたが、それはありえないことは、歩弓自身が一番わかっていた。
多分、桑嶋自身もそれは分かっているのだろうと思ったが、確かめずにはいられない。
「桑嶋は、運命の番と言われたのに彼のフェロモンにあてられたりしないのか。近寄っても大丈夫なのか」
「ああ……それね。あの人、ソレ嘘だって言ってましたよ」
 桑嶋には、統久は嘘だと告白したようだった。なんでそのような分かるような嘘を告げたのか、歩弓にはわからず眉を寄せた。
 だって、事実兄の運命の番は、僕なのだ。
 兄は、どれだけ運命に見放された人なのだろう。ありあまる能力を活かすこともできず、運命の番とは禁忌でしかないだなんて。だけど、禁忌だなんて関係はない。番ってしまえば、認められない筈はない。
 番を失ったオメガは、大抵死を選ぼうとするのだ。だからオメガの自殺率は高い。だから、判定を受けた後は自殺防止のためにオメガは耳にチップを埋め込まれる。それがオメガが、すべてを管理される子作りのための道具だと考えられる理由だ。
 引き裂くことは死を意味する。
 だから一度番となってしまえば、周囲は反対はしないだろうと歩弓は考える。例え、それが禁忌だったとしても。
 僕にはアルファの婚約者がいるが、兄を愛人にしてもいいと思っているのだ。婚約者がいる手前、自分から手を出すわけにはいかないが、兄も運命に逆らえるわけがないのだ。それなのに、まるで僕を牽制するかのように、桑嶋を自分の番だと宣言したのである。
 歩弓は昏い目を桑嶋に向けて、兄に代わり謝罪する。
「兄も性質が悪い嘘を言う。巻き込んですまなかったな」
「まあ、最初は驚きましたけど。でも、あの人仕事はすげぇ出来る人ですしね。バディになったことは問題はないです。流石、局長のお兄さんですね」
 桑嶋は、最初はバディを変えて欲しいと不満そうだったが、彼も兄の能力を知ってか考えを変えたようだと歩弓は考える。 誰でもそうだ、どんな差別をしていても覆すだけの力をあの人はもっている。
 あの日まで、僕が彼がオメガだと知らなかったのは、誰も彼を普通のオメガ性のような、そんな扱いしていなかったからに他ならない。
 今も部屋で端末に向かい、書面とにらみ合っている様子を見ると、また何か不審な点でも見つけたのだろう。
 昔から優秀で、歩弓にとってはなにより自慢だった兄だった。 
 人から彼を褒められることは、何より嬉しいことだったのに、今は、彼が奪われないかと心が掴まれるような焦りばかりがうまれる。
 彼が限界を迎えるのを待とうと思っていたけれど、早いうちに手を打たなければ手遅れになる気がする。
 運命の番から逃げることなんてできないことを、あの人の身体と心に刻まないとならない。
 歩弓は、ぐっと拳を握り締め仕事に打ち込んでいる彼の姿をねめつけた。
「今夜だったな。……兄との潜入捜査は。バディを組んで初めてのことだし、気をつけておこなってくれ」
 歩弓は桑嶋に上司らしく告げたが、それでもなんだかざわつくような胸騒ぎが止まらなかった。

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