斬り裂くのは運命と識れ【完結編】

怜悧(サトシ)

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 唸るような悲鳴を上げ続けて意識を失ってしまった統久を、歩弓はぎゅっと抱きしめ続けていた。
 逃げろとばかりうわ言のように何度も繰り返し、苦悶の中でも自分のキャリアと人生を本気で心配していた。
「じゃあ、どうやって……。一体どうやって貴方を手に入れれば良かったのですか」
 どんなに戻って欲しいと願い、画策しても無駄だった。
 どうやったって彼は拒否し続けた。
 どんなに会いたいと願っても、家にも戻ってはこなかった。
 こんなことになる前に、意地を張らずにもっと早く強行していれば良かったのだ。
 こんな風に痛めつけたいわけじゃなかった。悲鳴をあげて苦悶に仰け反る身体を見下ろして、胸が裂けそうな苦痛にみまわれた。
 それでも必死に耐えて受け入れようと身体を開いて、快感など感じないはずなのに、キモチイイと自分に向けて言葉を繋いでくれたのだ。
 全裸の彼に検査衣を着せると横抱きにして抱き上げた。
 筋肉がすっかり落ちてしまっているからか、さほど重みもなくて頼りないくらい手足には力が入っていない。
 この施設を出て、どうやって子供を出産させるかなんて思いつかないけれど、約束をしたのだ。
 彼を置いていくという選択肢は思いつかない。
「どこへ行くんですか、鹿狩さん」
「ハン先生。彼を連れて帰ります。お金を払ったのだし、良いでしょう」
 彼を奪われまいとぎゅっと抱きしめる力を強くして、歩弓はそのまま部屋を出ようとして、扉の前で銃を向ける博士に阻止された。
「貴方……ここの情報を警察に売りましたね。警察の軍艦に衛星ごと囲まれました。だから警察関係者と取引したくなかったんだ」
「漏らしてなんか……そうすれば、僕も身の破滅です」
 あんなに逃げろと告げた統久の意図が漸く分かり、肝が冷えていく。
 彼は自分の部隊を呼んだと告げた。
 あれは、彼の妄想でもなんでもなくて、本当のことだったのだ。
「じゃあ、どうして急に……」
 博士は追及するように、銃を歩弓の額にあてて顔を覗き込んだ。
「あ……兄が……。部隊を呼んだと……」
 命の危機がじりじりと迫り、歩弓はごくりと喉を鳴らした。
 歩弓は統久とは違いキャリア組であり、実戦経験は殆どないに等しい。
 こうやって銃を構えられた敵に相対するのは初めてのことである。
「どうやって?手足も動かせないのに、世迷いごとだ」
 手足が動かせない状況で活路を見出すとすれば、諜報を機軸におこなう機関であればそこから通信を送る手段をもっている。
 そして、統久は確か辺境と諜報軍を行き来していたという経歴をもっていたはずである。
「博士。この場所を兄の前で言ったりしていないですよね」
「確かに話はしたが、彼に何ができるというのだ」
 一番怪しいのは目の前にいる男だというのは揺るがないが、場所を話したのは事実なので正直に頷いた。
 博士は何度もこの施設の場所を聞いてきたオメガの男の様子を思い返した。腕も足も動かすこともできない彼に、この場所を伝えたとして何ができるのだろう。
 それだと歩弓は呟いて、自分が情報を漏らしたわけではないと重ねて主張した。
「彼は諜報軍に居た経験もある。きっと……身体にナノマシンが埋め込まれている。……多分、それで外と連絡をとった可能性があります」
 ナノマシンを通じて、実戦に強い自分の昔の部下を呼んだ。
 この施設にこのまま留まれば、この組織と一緒に捕らえられてしまう可能性がある。だから、統久は被害者の癖に加害者である自分を逃がそうと必死になっていたのだ。
 正義感の強いあの人が、自分の信念を捻じ曲げて逃亡しろと説得していたのだ。
「それで自分だけ助かろうと思ったわけですか。浅はかですね、そのオメガにつけられた手錠と足枷はこの施設を出ると爆発します」
「な、んだと」
 統久は執拗に自分を置いていけと歩弓に告げていた。
 彼が自分から逃げたいわけではなく、爆弾のせいだったのだ。
 それをちゃんと聞かずに、どうしても受け入れてもらえないのだと激昂して無理矢理抱いて苦痛を与えた。
 何故、こんなことになった……。
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