猛獣のツカイカタ

怜悧(サトシ)

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竹の水遣りの音が響く日本庭園を前にした豪奢な掛け軸を飾った荘厳な和室に、大木を割るような怒号が響き渡り、空気が堅く凍りついた。
 
「甲斐、貴様は今日を限り破門だ」
 
 この界隈一体を取り仕切る久住組の組長である小西藤一浪は、目の前に吹っ飛んできたまだ若い男へと鈍く光るドスの切っ先を突きつけた。
 先日失態をおかしたことを咎めて若頭からの更迭を言い渡した組長に対して、あろうことか彼は銃を向けたのだ。
 そして、あっけなく彼は近くにいた小西の側近に吹っ飛ばされた。
 
 重たい空気が流れ、突き出された刃物を前に額に脂汗を滲ませるのは、鼻先から頬にかけて刀傷のあるギラギラとした目つきの男、元若頭筆頭の工藤甲斐であった。
 
「おやっさん。まあ親に銃を向けた甲斐さんには問題ありますけどねぇ。破門はやりすぎじゃねえすか」
 工藤を庇うかのように横から入ってきたのは、組長の片腕で先ほど工藤を吹っ飛ばした張本人であり、飄々とした風情のスーツの男だった。
 特段これといった極道らしい特徴はなく、顔も渋みを帯びているが整っている。
 おとなしい色のスーツでも着せれば、どこかの課長でも通用しそうだが、醸し出している雰囲気のすべてが、剣呑かつ威圧感を周囲に与えていた。
「佐倉。だが、元はといやあ、おめえの甲斐に対する態度のせいだ。先代の恩義とごっちゃにしすぎだ」
 咎めるかのような口調で、間に割って入ってきた目の前の男を睨み付けた。だが、組長も諌められて頭が冷えたのか、先ほどまでのほとばしる様な怒りが表情から消える。
 組長とて先代には世話になっていた恩義があるのである。簡単にその息子を破門にするのは気が引けていたのもあった。
「確かに、そうですねえ。じゃあ、三本くらいわしが指詰めますんで、どうにか甲斐さんのことは、目ぇこぼしちゃあくれねえですか」
「あほぬかせ。佐倉に三本も指なくされちゃあ、戦力がた落ちどころの話じゃない。損失が組全体の問題になってくらあな」
 少しだけ余裕ができたのか、豪快にがはがはと笑いながらも、小西のドスをもつ指先にはちっとも緩みは見えない。
 それを佐倉は見て取りながら、ゆっくりと組長である小西の拳を自分のそれで握りこんで威圧するかのように顔を覗き込む。その仕草には組長に対する畏怖もなにもなく、底知れぬ笑みすら表情にたたえていた。
 久住組の抜き身の懐刀と呼ばれている男であり、この組を大きくした立役者とも言われている。
「だいたいおめえは、甲斐に甘すぎる」
「先代からの預かりモンなんで。オヤジに墓場で泣かれちゃあ目覚めも悪いってもんだ。一度きっちり躾なおすんで、今回のところはわしの預かりにしてやってくだせえ」
 深々と頭を下げる佐倉の態度に、組長は含み笑いを浮かべる。
「まったく。わしに意見できるのはおめえだけだ」
 組長がぼやきながらドスを引いて懐にしまうのを確認してから、佐倉は顔をあげて肩をそびやかすと、工藤の肩を掴みあげてぐいっと自分の肩に担ぎ上げた。
「甲斐さん。いくら腹に据えかねることがあっても、極道の掟には背いちゃなんねえんですよ」
「おろせ。虎公。俺は荷物じゃねえ」
 バタバタと肩の上で暴れる男に、佐倉は自分のドスを抜いて首元へ再度押し当てる。
「十分お荷物です。それと、俺はもう甲斐さんの部下じゃねえんで、虎公は却下ですな」
 佐倉はこれ以上この場に留まることは皆無とばかりに、ドスを引いた途端に再度暴れだそうとする男をぐっと押さえ込んだまま、敷居を跨いで外に停めた自分の黒塗りの車へと向かった。
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