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怜悧(サトシ)

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ルイツは、胸の中にずっと抱えていた英雄の偶像をら汚されたくは無かった。 
ルイツがら貴族どもの恣な国に反感を持ち始めた頃には、彼はすでに反政府支持者の伝説の英雄だった。 
ガイザック・スネイクの名前を知らぬ者は、この国にはいなかった。 
国王の騎士から、王殺しの反逆者へと転落してからは、貴族どもを襲っては、金品を貧しい民へばら撒く盗賊へと落ちた英雄。 

それが、あんな……呪いとはいえど……淫売になってしまったとは。 
吐き気がする。

本人が一番苦しく悔しいのだということは分かっていた。けれど、彼を責めてしまいそうだった。
俺の英雄を汚すな、と。 
ルイツは木の株に腰を降ろして、手に持った自分の剣を眺めた。 
ケイルの手にしていた銘入りの剣を、こんな安っぽい刃こぼれをした剣で、なんなく折ってしまったのだ。 
偽者では無いのは明白だった。
でも、ルイツはどこかで疑っていたかった。 
親を貴族の道楽で殺され、頼るものがなかった自分が唯一憧れた存在。 

「こんなとこに居たんだな」 

気配も無く隣に腰を降ろされ、ルイツは驚きに目を瞠って隣に座った、着衣を乱したてまの青年の姿に息を飲んだ。
情事のあとの空気をこともなげに纏いながら、驚くルイツを何故か不思議そうな表情で見返した。 
「バラックで、お楽しみじゃなかったのかよ」 
「ケイルに邪魔されたンで、あえなくおじゃんになっちまったよ」 
ガイザックは草を引っこ抜きながら舌打ちをして呟き、風に飛ばすように投げ放つ。

「あ、そうだ。オレに掛けられた呪いのことなんだけれどね、こんな体の他にも作用があんだよ」 
ガイザックは何をかんがえたのか、ルイツの手にあった長剣の先を掴むと、自分の喉仏に向けてつっと体を傾かせた。 
「て、……な、なにしが、るッ!!!!!!!!!」 
ズブブッ 
肉を切り裂く音と飛び散る真紅に、ルイツは目を見開いたまま微動だにできず、ぐったりと喉を串刺しにされたガイザックを凝視する。
喉を貫く細身の剣からは、深紅が溢れてとまらず、ガイザックの衣服を染め上げる。
「…………な、抜いて」 
潰れたようなひしゃげた声が響き、無意識で慌ててルイツは剣を喉笛から引き抜いた。 
ガックリと落ちる首と、力無く地面へと倒れる体を見下ろしてルイツは、体を震撼させる。
「な、なんなんだよ!!……なんなんだよ!!」 
乾いた口内から搾り出すようにルイツは、言葉を紡いだ。 手のひらまで真っ赤に染まるのに恐怖がつのる、
動かなくなり冷えていくであろうガイザックの遺体を見つめ、腕を伸ばそうとルイツが腰をあげかけた、その時、ゆらっと体が持ち上がり、ガイザックが身を起こした。 
「!!!」 
真っ赤に濡れた喉にあった皮膚の裂け目は全く消えうせ、痛みに空ろな目は、ルイツを映して何故か楽しむような笑みを刻んだ。 
「…………こうやっても、どうやっても、死ねないんだ。…………オレの体」 
口調とは裏腹に悲壮感が漂い、ルイツは息を呑んだ。 
そう言われてみれば、納得する。 
呪いで体を改造されても、死を選んで逃げることをすれば、醜態を人にさらさずにすむのだ。 
それを、ガイザックは選ばず生き続けているのでは無く、選ぶことができないのだ。 
「…………バカじゃねえか。わざわざ見せないでくれ!きもちわりいし、心臓にわりーよ」 

まだ血に濡れたままの剣を眺め、癒えた傷を晒す男を眺めてルイツは嘆息した。 
苦しそうな表情を浮かべて、荒い呼吸をつくガイザックの様子から見れば、死なないとは言っても痛みや衝撃は確実にあるようだ。
「口で話すより、実際に見てもらったほうが分かりやすいかとな、これから旅をするんどし」 
「見てるほうが痛ェし、つか、心臓止まるし!!そんな事しなくても旅には一緒に出るから」 
長剣を振って血を払うと、腰に巻いているてぬぐいで拭って鞘に収めた。 
「どうせ、俺は此処には居れない」 
「ケイルのヤツが、すまなかったな。どんな理由があるにせよ、部下を切り捨てていい訳が無い。あいつがそこまでするのはオレの責任だ」 
ぐったりとしたまま、草の生える地面に寝転がりガイザックは言葉を続けた。 
「オレが、最初に会った時ケイルは貧民街で、体を売って生活していた。オレはまだ騎士だったし、自分と同じくらいの奴がそんな生活をしているのが信じられなかった。オレは、ケイルを宿から買い上げてオレの愛人にした。15年離れていたとしても、あいつにとってオレは自分の主人なんだろうな」
 目からうろこが落ちるというのはこのことだ。 
ルイツは目を瞠ったまま、ガイザックの顔を見返した。 
「ケイルがオマエを殺せば、オレの呪いの契約の主人はケイルになる。あいつがオレを従えたいとか、どーこーしてえとか考えてるとは思わないが、オレにはやっぱり少し抵抗がある」
  チュニックの袖で汚れた血液を拭いながら、ガイザックは目を伏せた。 
「ケイルには、お前を殺させない。オレは呪いを解いて、此処に戻ってきてこの国を一度滅ぼすつもりだ」 

切々と語るガイザックの言葉に、ルイツはごくりと息を飲んだ。 
凄惨な表情と言っていい。 
美しいと思った顔は、暗い炎のような表情に塗りつぶされる。 

「それが、オレが今生きている理由だ、こんな体になっても狂気に身をまかせない理由だ」 

まるで自身に言い聞かせるように、繰り返すガイザックを息を詰めて見つめ、ルイツはぎゅっと拳を握り締めた。 
修羅だ。 
きっと、修羅になるしかないのだ、この人は…………。 
ルイツは、ガイザックがいつまでも伝説となり語り継がれている理由を知った気がした
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