白昼夢

怜悧(サトシ)

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じゃあ…………アンタが親父なのか。ジム。
しかも、ジムという名前が偽名なのかよ。

イーグルは自分の言動を思い返して、そして、慌てふためきディスクをぐっと握り締めた。
って、なんだよ、俺、滅茶苦茶じゃねえか。
今まで長年の間、ずっと親父にはイイ息子を演じてきたのに。
かなりの変態を大暴露しちまったし、うわー、そりゃ名乗りたくもなくなるだろう。
普通に、油断しまくって親父を犯したいとか言っちまったじゃん。
本人なのか?まさかの。
イーグルはカーッと肌が熱くなりがらも、はっきりさせようと彼を仰ぎみる。

「えっと、ジム…………って、なあ、それ、偽名なのか?本当の名前聞いてもいい?」
恐る恐るといった様子でといかけると、彼は深く吐息を漏らし、イーグルの隣の席に腰を下ろして、財布から学生証を無造作に投げた。
仕立ての良いスーツ姿できっちりとした身なりの、どこからどう見てもいいところのお坊ちゃんが証明画像に写っている。
人間てやつは、身なりでこんなに変わるものなのだろうか。
イーグルは、証明書にがエルシア・デューンとしっかり刻んであるのを確認すると頭を抱える。
…………やっぱり、ジムが親父だったってのか。
そりゃあ、コーヒーも同じ豆だし同じ味するよな。
「仕方ねェだろ、普通に常識としてタイムマシーンとか信用しねえぜ。まァ、ほらな、あのな、ヤっちまったのはね、ホントに事故なんだけど、本当に未来の俺様にスゲエ申し訳ないんだけどさ」
どこか言い訳を重ねて、言い捨てるような口調で、エルシアは言葉をつなぐ。
「未来の俺様に申し訳ないって、なんなの?!ねえ、申し訳ない気持ちはムスコの俺にはないの?それ」
っていうか、未来の俺様かよ。
まったく、言う事なすこと、俺の知ってる父親とは別人のように違いすぎる。
「オマエは自業自得でしょ」
彼はフンと鼻で笑うと軽く言ってのけて、俺の顔をいたずらっぽく覗き込む。
「ちげえ、そんなこと俺の親父ならいわねえ」
「まー、色々変態発言聞いたけどな。まあ、俺様はオマエみたいなネジが外れた奴にはに犯されない自信はある。へっへん、残念でした」
にっと笑って、彼はひどく意地の悪い顔をする。
こういうところが決定的に父親とは決定的に違う気がする。
人間なにで変わるかはわからないけど。
手元の学生証に写る青年が、歳をとったら親父になるのならわかる。
が、この目の前の男が歳をとっても、あの品行方正な紳士的なあの人になるなんて思えないのだ。
「何ソレ」
訝みながらイーグルが問いかけると勝ち誇るような表情を彼は浮かべる。
「だって、俺のが強いし、オマエ淫乱だし」
だけど実物は圧倒的に雰囲気が、もっているものが違いすぎた。
「ひでえ……」
息子に淫乱とかいっちゃうのか、こいつは。
「でもよ、オマエ、大好きで憧れの俺様とハグもちゅーもできたし、セックスもできてよかったじゃん?」
にっと笑いながら告げられて、イーグルはできたらいいなってことをそれ以上にしてしまったことに気づく。
「そういえば、そうなんだけど。そうなんだけど……」
「だから、俺の恋は報われない。…………報われないほうがいいんだよ」
弟に恋してるって言っていた。切なそうな横顔。
「あ……そうか」
かなってしまったら、俺は生まれない。
グレンも生まれない。
何も生まれない。
それは、不毛とよばれるかもしれないけど、だけど……好きな人が身近にいるのにかなわないのは切ない。
「俺にはオマエが生まれるし、エルにはさー、息子生まれてオマエの恋人になってるんだっけかな?」
ちょっとした話をこの人は覚えているようだ。
グレンの話をしたときに、何故かどこかショックを受けた表情をしていたのを思い出す。 

「なんか、ゴメン」
幸せなのは、俺だけで。
もし、彼が幸せになれたとしたら、俺もグレンも存在すらしない。
彼が幸せでないから、俺の幸せがある。と、いうことだ。

「オマエ、幸せ?」

肘を机につきながら、エルシアは学生証を俺からとりあげて財布にしまう。
「ああ、幸せだよ」
嘘いつわりなく、幸せな日々をずっと送っている。
あの人の幸せと引換えの俺の幸せ、だ。

「じゃあ、それならきっと俺も幸せなんじゃない。娘を嫁にやって、息子を甥っ子にとられて、それでも、オマエ幸せなら俺は幸せだと思う。俺、金とか名誉とか酒池肉林とかいらねえしなあ。つうか、そんなもんとっくに飽きてる」

酒池肉林に飽きてるってすげえなと思いつつも、こいつなら本当にそうなんだなあと思う。
イーグルは、目を伏せて目の前の人の真実を見つけたようなきがした。

「……そっか………欲しい言葉見つけた。アリガトウ…親父」

『大切な者の為に尽くすこと……』か。 

嘘でも、気休めでもなく……。 
それが彼の本心で、求めていたものなのだ。 
全てが、救われた気がした。 

あのような事態になったこともあり、自分がエルシア・デューンだとは言い出せなくなってしまったのだろう。 
そりゃ、まごうことなき近親相姦だしな、得心がいったようにイーグルは頷いた。 
自分の思い描いていた父親の若い頃像とはかけ離れている男を横目で見やり、再度唇に『アリガトウ』と刻んだ。 

ふいをついてポケットから取り出して手に持った、小さなスティック状のショック銃をエルシアの首筋に放つ。
目を見開き、ゆっくりとくずおれる体を支えてそっと机に伏せさせる。

デルファーに渡された脳波ショック銃は、一時的な記憶に影響を及ぼすかなり危険な武器だった。 
目が覚めれば……きっと忘れている。 
夢の出来事だと…。 
そっと、額に唇をおしあててすんすんと鼻を擦りつけて匂いをかいで満足すると、イーグルは上着を脱いでエルシアの肩にかけて、指に嵌めていた指輪をはずしてその裏側のボタンを押した。 

ぐわああああんと空間にひずみが出来、ゆっくりとその場からイーグルの像は掻き消えた。 



一瞬の浮遊感とホワイトアウトする衝撃と体が捻りつぶされるような苦痛が訪れ、次第に意識がはっきりとしてくるのを感じ、イーグルはゆっくり覚醒する。

どこに……落ちた……? 
頭を打った痛みに眉を顰めて、のろのろと目を見開くと憤然と仁王立ちして、頭を抑えている青年の顔に視線がぶつかる。 

「ガ………イ………」 

思わずイーグルは幼馴染の本名を呼んでしまい、打ち付けた頭の上にずんと拳が振り下ろされた。 
見回すと、彼の研究室なのか作りかけの器械や、薬品が所狭しと並んでいることに気がつく。 
彼は科学者としての通り名ではない、本名を呼ばれることを特によしとはしない人間である。 

「………デルファと呼べと何度言ったら分かる。人の上に落ちてくるとは、迷惑にも程がある」 
落ちる場所を選べない装置を作った本人に憤慨されて、イーグルは思わず閉口した。 
大体、位置がかなり正確すぎで、頭上直撃とかないだろ。
思い描いた人間の頭上に落ちてくるとか、ありえなさすぎる。
不満の色を浮かべたイーグルは、しかめ面のまま口を開き、 
「あぁ、悪いな、でも、コレ人の頭の上に落ちる仕様っぽいぞ。デルファ、この機械は本当に時空ってやつを移動できた。凄いと思うよ」 
指輪の形をしたその機械を外して、デルファーの手の中にへと押し付ける。 

「なるほどな。でも、かなり危険な機械だ」 
色々な未来の情報が、過去に漏れると大問題である。 
一人の運命だけでなく、全宇宙の歴史が塗り替えられる。 
「知っている」 
手にした機械をデルファは床に落とすと、足でメリメリとふんずけてあっさりと破壊した。 

「僕が欲しかったのは、僕の理論の正しさだけだ。過去など要らない」 
バラバラになった金属の破片に、至極満足そうな笑みを浮かべて、デルファは言い捨てた。 
「作った事が誰かに知れたら、かなりヤバイことになるからな」 
砕けた金属の断片を見つめるイーグルにそう告げると、デルファは椅子に座りなおし再び途中にしていた実験に取り組み始めた。
結果だけあれば、経緯とか他はなんにも要らないのね。
コイツの考えそうなことだ。

……まったく。 
でも、知りたかった答えを見つけられた。 
「ありがとう」 
小さく、聞こえるか聞こえないかのような声で告げて立ち上がると、イーグルはその部屋を静かに出て行った。 


『大切な者の為に尽くすことは、幸せで満足に充ちた物だと思わないか』 

貴方にとって、それが真実だと知れたから……。 
それだけで、俺は……満足だ。 

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