上 下
7 / 13
Misson 2 未開惑星の罠

1

しおりを挟む
血塗れになった固い競技場の床。
すえたような汗と血の匂いと殺伐とした空気に包まれている。
その競技場の上のマットが血で染まれば染まるほど、周りの観客の興奮に満ちた歓声が大きくなる
壁際に追いつめられているのは、かなり上背がある男で、右腕がすぱっと斬られて多量の血を流している。

もう勝敗は決まったようなものである。

何で、ギブアップしねぇんだよッ。

男の首筋に剣を当てた彼は苛立って、歯ぎしりをしていた。
早く勝負をつけたかったのだ。
「オマエは、まだ人の心なんか持ってるのか?そんな
もの、邪魔になるぜ……バトラーってのはそういう生
きもんだ」
躊躇うばかりで切り捨てようとしない彼の様子を見て取って、男は不敵な笑いを返した。
彼と男とは、房舎で一緒に飯を食べたり話したりし
た仲だった。
彼は目尻にしわを寄せて笑う男の優しい話し方が好きだった。
怪我したときに、気遣いながら手当してくれる大きな手も。
彼は赤い髪を降り乱して、噛みつくように怒鳴った。
「 そんでもっ、俺は殺さない戦い方しかしねえっ。
そんで、俺が不利になってもだ、イゼル」
「ガキだな。長生きはできねぇぜ、オマエ。それに
そんなんじゃ大事なものも守れない。オマエの戦い方
じゃ、殺そうと立ち向かってくる奴を叩けねぇんだよ。それなら、オマエが死ね」
寄りかかっていた壁からぐっと身を起こすと、イゼルは武器のハンマーを左手で持った。

ぐしゃと武器の重みに負けて、イゼルの傷からビシャスビシャと鮮血が噴き出す。
「……何でだよっ。あんた、なんで、そんな傷で 」
「小僧…...俺が敗けるときは、死ぬ時なんだッ」
振り上げたハンマーは確実に彼の脳天を狙っていた。
彼の剣を持つ手は小刻みに震えた。
逃げ場はどこにもなかったし、避ける余裕はない。
剣でイゼルの首をなぎ払うか、そのハンマーを食らうか、どちらしかない。
「うらあああぁあああっ」
剣をぐいと凪ぎ払った瞬間、ばしゃりと血飛沫が顔にかかった。

赤く染まった視界。

「.....ど……してだよ」
パタパタと落ちる血潮と、ぼやけた視界に映るのは、

かつてイゼルだった、残骸。
ひしゃげたハンマーと、イゼルだったものの……首がマットの上にごろごろと転がっていく。

「う、うわああああああああぁああああ」

悲鳴をあげると、脳天を貫く衝撃とともに、降ってくるのは甲高い声。
「うるさいわねぇ。あんたって、寝ても覚めてもホントにうるさい」
無機質の天井は、居心地の悪い派手な黄色で塗られている。
ここは、ピヨコ号か。
カートは目頭を擦ってまだ心音が鳴り止まないのに、軽く胸元を撫でる。
先週、バベルなんかに行ったから、つまんねえこと夢に見ちまった。
.....イゼルのことなんか、もう、忘れてたっていうのに。
「ほんと、安眠妨害。仮眠ぐらい静かにしてよ」
「あ、ああ.....悪かった」
カートは殴り起こされたのに、まったく上の空という感じで返事すると、真赤な髪をかき乱してゆっくりと仮眠台から身を起こした。

細く引き締まった感じの体と、吊り上がり気味のき
つい瞳は、飼い慣らされていない山猫を思わせる。

首につけられたネックリングと首筋につけられたバーコードの刺青は、彼がバトラーであった証である。

毎年一度ネオバベルの地下で闘犬ならぬ闘人ギャンブルがおこなわれており、バトラーはその駒である。
ぼんやりとした表情で確かめるように周囲を見上げている青年を、小柄なポニーテールの少女は不審そうに見やった。
「なんか気持ち悪いわよ、素直なカートなんて」
彼女の言葉にも、普段なら悪態をついて言い返してくるのに、それすらもない。
彼女は困惑したように、ピンクの頭を横に振った。

「どうしたの?恐い夢でも見ちゃっうりしたの?」
カートは、びくっとして怯えたような表情を浮かべて窺うように彼女の顔を見上げた。
「チェリー、俺、なんか.....寝言とか言ってたか」
「別に……喚いてただけよ」
チェリーの答えに、安心したようにカートはそれな
らいいやと呟いた。
「ま、誰しも夢見が悪いことはあるよね。さて、標的さんも未開領域に踏み込んで戸惑ってるみたいだね。そろそろ追いつく筈なんだけどね」
いつからいたのか知らないが、すらりとした白衣の青年がチェリーの背後に立ってニコニコとしている。
青年が、チェリーの背後に立ってにこにことしている
彼らが乗るこのピョコ号は、数時間前から未開領域
と呼ばれるところにワープ移動して進入していた。

現時点で人類が開拓してきた銀河系内の領域は、スペースと呼ばれている。
そこから外れた地域は、だ整備もされていなく、危険区域である
「エド。らしくないよな。あんたが未開領域に踏み
込むなんて。深追いはしないタチだろ」
青年のダテ眼鏡の奥の笑顔も、まったくダテで、カ
トたちにはいつだって何の真相も明かしてはくれない。
それだけど、聞きたくなっちまう。
エドが、何かを目的にしてこの船に乗ってるのは確かだ。
俺の目的の手助けなんて、そんなお人好しじゃない。
「そだねえ。だけど、俺様は一応船長のおまえに、奴
を追うか追わないか選択させたはずだったけど?」
エドは趣味で細菌の研究をしている時は、ダテ眼鏡をかけているのだが、それが妙にしっくりとくる。
深く蒼い瞳が、一層深く知的に見えるのだ。

「普通なら、深追いするのを止めるはずだろ」
「まあね。聞くまでもないことだよ。カート」
想像するのは勝手だけど、自分から何も言う気はな
いと言う態度のエドに、カートは苛立った。

「何故今回は追い詰めることを許すんだ」
「何故が多いね。自分で考えてみればいいよ。答える義務はないし、悪いけど、パス」
あくまでも自分からは何も話す気がないと言う姿勢でエドは会話を終わらせた。


しおりを挟む

処理中です...