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突然の異世界
下された判断
しおりを挟む扉が開かれると、窓一面に施されたステンドグラスが光を通し、鮮やかに室内を照らしていた。
壁も柱も天井も覆う白い石質の細かな装飾は繊細さを表しつつ、それでいて来る者を圧倒するような迫力を感じさせる。
私たちが立っている足元から奥までは紺の絨毯が敷かれていて、その先の一段高くなった場所に3人の人影が見える。
逆光になっていて顔はよく見えない。
歩くたびに軽く沈む柔らかな絨毯を進み、3人の人影に近づくと次第にはっきりと表情が見えてきた。
1人は初老で短く整えられた赤髪と髭を貯え、凛々しくも厳しい顔つきで静かに私たちを見下ろしている。恐らく国王陛下だろう。
もう1人は王妃様だろうか、国王陛下の側に立ち美しくも凛とした女性で優しく微笑みながらこちらを見ていた。
そして、もう1人は明らかに不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけている青年。
国王陛下のように赤い髪、王妃様より少し薄い藤色の瞳。恐らく、お二人の息子の王太子殿下だろう。
シュタイン様から事前に今の王室の構成は聞いていたため、何となく予想はできた。
陛下と王妃の間に息子が1人いると聞いてはいたが・・
王太子の様子から察するに何だか嫌な予感がする。
私たち3人は陛下の前まで進み礼をとる。
一歩前に出たシュタインさんに促されながら私は緊張した面持ちで正面の3人に顔を向ける。
「陛下、こちらの方が異界人の橘 碧様でございます」
シュタインさんは私と眼を合わせ、コクっと頷く。
「は、初めまして。
橘 碧と申します。こちらのミズキくんと同じ日本から来ました。よろしくお願いします」
あれ?
こんな歓迎会の挨拶みたいな、こんな感じでいいのか?もっとちゃんとした丁寧で大人な言い方があったような・・
緊張しすぎて若干テンパっている私を尻目にシュタインさんが話を続ける。
「陛下、事前にお伝えしていたようにこちらのアオイ様はオクティマに触れることができます。
さらに、オクティマの声も聞いたと申しており、王宮で保護をするべきかご判断を頂きたくお連れいたしました」
事前に書面で私のことは報告されているようで、
詳しい説明は省かれ話しは進んでいく。
視線をシュタインさんから国王陛下の方へ移すと、陛下と視線がぶつかった。
威厳ある佇まいだが静かに私を見下ろす瞳には感情が映らない。
しかし、その瞳はまっすぐに私を見つめ、私自身を見定めようとしていることだけはわかった。
「其方はどう思う?
ここに残りたいか」
低く厚みのある声で問われる。
どう・・応えればいいんだろう。
ここに残りたいか・・
私のありのままの気持ちを話していいんだろうか。
でも保身のために縋っていると思われないだろうか。自分の言葉が真実かどうか証明できるものなんて何もない。どうすれば信じてくれるだろう。
どう応えるべきか迷っていると手に軽く触れる感触がした。
ちらっと横を見るとミズキくんが優しく微笑みながら、コクっと頷いた。
その優しく強い瞳を見つめると、心から力が湧いてくる。
私は一人じゃない。私の心強い味方が隣にいてくれる。だから大丈夫。
信じてくれなくてもいい。
今の正直な自分の気持ちを伝えるしかない。
これが今の自分にできる精一杯の方法だ。
そう自分に言い聞かせながら、陛下を真っ直ぐに見つめ、湧いてくる想いをぶつけた。
「陛下、私は分からないのです。
あの声・・オクティマの声を聞いたとき、いても経ってもいられなくなったのです。
その声の元に早く行かなければ、助けなければという思いで必死でした。
それ以降、あの声は聞いていませんが、何故か
もう一度あの声を聞きたいと強く強く思うのです。
側にいたいと願ってしまうのです。
どうしてそう思うのか、こんなにも心が埋め尽くされてしまうのか私にも分からないのです。
そして、それと同じくらいここにいたいと願ってしまうのです。上手く言葉にできなくてごめんなさい。でも、心がそう叫んでいて私にはどうすることもできないのです。
許されるのであれば・・
私にできることがあるのなら、この国の力になりたいと思っています。
それが今の私の正直な気持ちです」
陛下の眼を見つめながら、そう応えた。
陛下も私が話している間、一度も眼を逸らさず最後まで聞いてくれた。
陛下が考えるような素振りを見せたときだった。
「父上!何を迷っておられるのですか!
異界人でオクティマの声が聞こえるなど嘘に決まっています!」
そう叫んで話に割って入ったのは、
王太子クライン・エヴァンス・アスレイだった。
「ふん!此奴がオルクなどあり得ない!
声が聞こえたなどと嘘ぶいて我々王族に取り入ろうとしているに決まっています!」
不機嫌を全面に押しだして叫ぶ王太子は、私を睨みつけながら国王へ訴える。
「そもそも、異界人は信用ならない者たちではありませんか!
平気で嘘をつき、弱者の弱みに漬け込む。我々の世界に混乱と災いを呼び込むのはいつだって異界人だ。
神聖力のある者ならまだしも、此奴にはそれすらもないようではありませんか?
オクティマに触れることができたのも、あまりにも魔力がないせいでは??」
力になりたいなどと、何もできやしないくせに
よく言えたものだ!」
馬鹿にするように嘲笑いながら王太子殿下はさらに言葉を続けようとしたときだった。
「殿下!」
強く遮るように声を上げたのは、ミズキくんだった。
その横顔にはいつもの優しい表情が消え去り、王太子を鋭く見つめていた。
「お言葉ですが、我々異界人は来たくてこの世界に来たわけではありません。
生まれ育った故郷からいきなり引き剥がされ、いつ戻れるのかも分からないまま、知らない世界で生きていかなければならないことがどれほどの恐怖かお分かりですか?
今だって恐怖と不安がある中、アオイさんは力になりたいと言っているのですよ?
それとアオイさんが声を聞いたとき、側にはシュタインさんがいました。
シュタインさんには、アオイさんが嘘を言っているかどうかすぐに分かったはずです。
そうですよね?シュタインさん」
「は、はい。あの時アオイ様に嘘はございませんでした」
ミズキくんの圧に驚いた様子のシュタインさんは戸惑いながらもそう応えた。
「勝手な先入観で決めつけないでいただきたい。
陛下、陛下であれば事実と今後の可能性を冷静に見極めてご判断くださると僕は信じています」
ミ、ミズキくん?
う、嬉しいけど、顔が綺麗だからか怖さ倍増してます。
「ぶ、無礼者!いくら勇者とはいえ、我々王族に向かって何と言う口の聞き・・」
「黙りなさい。クライン」
静かに聞いていた陛下が王太子の言葉を遮る。
「確かに、異界人がみな悪意ある者だとは思わぬ。我々の世界にも平気で嘘をつく者は五万といるからな。
ただし、嘘ではなくともそれが真実だとは言い切れまい。思い込みや聞き間違い、何より一度しか声を聞いていないというのは大きく懸念するところだ。
オルクと認めることは容易なことではない。
オルクの言葉は、神の言葉。
その者が偽物であった場合、我々は間違った情報のもとにコントロールされ、国を傾ける事態に繋がる可能性もあるのだからな」
そう指摘され、ミズキくんもシュタインさんも険しい表情になる。
陛下は眼を閉じて考え込む。
暫く沈黙が続いたあと、国王陛下は強い眼差しで私を見つめ言葉を発した。
「其方の処遇を言い渡す」
「其方を王族と認めることはできぬ。
また、オルクと認めることもできぬ」
「よって、近日中に此処を発つ準備をせよ」
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・・・分かっていたことだ。
当然の結果だ。
根拠が少なすぎるうえ、素性も知れない異界人なのだから。
別に想い入れのある場所でもない。何も落ち込むことはない。
大丈夫。
大丈夫・・
ああ、嫌だ・・
こんなところで泣くなんて、情けない姿は見せたくない。
パッと顔をあげ、国王陛下を見つめる。
「陛下のお言葉、承りました。
お話しは以上でしょうか?」
うむ、と陛下が静かに頷く。
「それでは、私はこれで失礼します」
くるりと背を向け足早に扉へと向かう。
「!、アオイさん!!」
後ろでミズキくんの声が響く。
けれど私はもう、振り向ける状態ではなかった。
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