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呪縛
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どこを見ても真っ白な空間だった。立っているのか、横になっているのか感覚が分からない、そんな空間にアキは独りいた。
何故、こんなところにいるのか不思議に思い、歩き出そうと足を前へと出した時だった。
『やぁ』
いきなり背後から声がし、慌ててアキは振り返った。そこには自分と似た年頃の少年が笑顔で立っていた。
どこかで見たような少年。細身だが体幹が良さそうな身体に、柔らかな髪から見える目は少し垂れていた。まるで自分を見てるような、そんな不思議な感覚があった。
「あなたは……だれですか?」
アキは恐る恐る少年に声を掛ける。少年は相変わらず、にこにこと笑顔が絶えないでいた。
『はじめまして……になるかな?アキオ。オレの事、キミの母さんから聞いてないかな?』
母からは身内について、あまり語られた事はなかった。小学生の低学年の頃、従兄弟が同じクラスにいた。祖母や祖父、従兄弟などの血の繋がりが身近にある事も知り、自分にはそれがない事を不思議に思い聞いた時があった。
「もしかして……母の……亡くなったっていう弟さん?」
唯一の肉親だったという弟がいたと。その時の母の表情に、触れてはいけない話だと幼心に思った記憶があった。
アキから自分の存在が出たことが嬉しいのか、先ほどよりも彼の表情は明るいものになっていた。
『そう、セツナって言うんだ。姉さん……じゃない、お母さんは元気?』
「はい」
『そうか……なかなか姉さんの所に行けなくてね……セイの"想い"でオレは離れられなくて……元気なら良かった』
「……どういうことなんですか?何があったんですか?」
その問いにセツは下をむき、その顔が少し暗くなった。だが、意を決したように顔をあげ、アキを見つめた。
『キミが生まれるまで何があったのか……見せてあげる。』
そう言って、アキの頬に手を添え触れた瞬間、早送りされたようにたくさんの映像が頭に流れてきた。
雨の中で出逢う若い姿のセイと学生服のセツだった。二人で楽しく遊んだり、幸せそうな記憶がアキの頭に流れ込んできたのであった。ただの友達の付き合いではない、恋人としての幸せな日常がそこにあった。
だが、そんな幸せな場面から一変し、雷が激しく鳴り響き、不安に駆られる場面となった。雨が滝のように降っている中をバスが走っていた。雨と同様に止むことのない雷鳴が、厚い雲から地面へと光の筋を残していく。あまりにも激しく降る雨に、バスのワイパーがその役割を果さないでいた。
そんなバスの中にセツがいた。手には新しい指輪をはめ、その指輪を緩んだ顔で眺めいた。だが……耳を劈くブレーキ音が聞こえ……真っ暗な世界へと落ちた。何も聴こえない、何もかもを飲み込む真っ暗な世界だった。
何もない真っ暗な空間に、新たな映像が流れてきた。アパートらしき部屋と、そこに先ほどまで幸せそうに笑っていたセツの写真が、黒ぶちの写真立てに飾られていた。その写真の前に、ただ茫然と座ってる女性がいた。
若かりし頃のアキの母、ハルカがやつれた顔で何もせず、ずっと座っていた。アキはそんな若き母の近くに寄ろうとした。だが、誰かがドアをノックした。その音に驚いたハルカは慌てて立ちあがり、ドアへと重い足取りで向かった。
アキは思わず口元に手を当てた。ハルカが開けたドアの先にはセイが青ざめた顔で立っていたのだ。
二人はいくつか会話をしたようだった。いつの間にか、ハルカは涙を流しセイに抱きついていた。セイも涙を流し、ハルカを強く抱きしめた。
また途中で映像は途切れ、今度は微笑みながら赤ん坊を抱くセイとそれを見守るハルカの姿が映る。
そこで映像が止まり、また何もない真っ白な空間にもどった。
「父さんと……?」
『うん……そういう仲だったんだ。オレとセイは。オレが高校卒業したら一緒に住む約束をしていたんだけど……事故でね……姉さんはオレ達がつきあってたのは今も知らない。〘仲の良い友人〙とだけ話してた。あの時代はまだ同性愛なんて大っぴらに出来るものじゃなかったし……」
苦い顔をして、セツはうつむいた。
『ゴメンね……オレが死んじゃったばかりに、アキにツラい思いをさせてしまった……もっと早くに話しをしたかったけど……』
「いえ……。なんとなく……父さんの気持ちが分かった気がした……」
『……アキは……強いな』
その言葉にアキは驚いた顔をし、困った顔で笑う。
「そんな事ないですよ……ボクはまだ、幸せなのかもしれない。お互いにまだ生きてる……でも……ボクは、彼を……傷つけてしまったけど……前みたいに戻る事は出来ないかもしれないけど、マコトの幸せを遠くで見る事が出来たら……それでもいいかなって」
『何言ってんだい、アキ。自分でも言っただろう?お前たちはお互いに生きてる。何度でもやり直しはきく。きっと、大丈夫さ。かわいいオレの甥っ子。頑張れ』
ニカっと笑い、セツは拳をアキに軽く当てた。
「うん……ありがとう。頑張るよ……」
アキは当てられた部分にそっと手を当て、少し悲しげに頷いた。
──姉さん……いや、お母さんを大切にしろよ?──
いつの間にかセツはいなくなり、何もない空間に独り残されていた。
アキが目を開けると見慣れない天井だった。だが、すぐにセイのベッドルームだと思い出し、ゆっくり起き上がり周りを見渡した。ふと、枕元に乾いた自分の服が畳んで置いてあるのが目に入った。アキはそれに着替えその部屋を出た。
出てすぐの部屋の窓際に、セイが外を眺めていた。アキはためらいながらも、セイに声をかけた。ゆっくりと振り返るセイの目は赤く腫れていた。
そして、今になって気づく。セイがずっと首に下げている指輪。それはきっと……
だが、アキは首を振りセイに背を向けた。
「ボク……帰るよ」
「アキ……」
部屋の戸に手を掛けた時、セイに呼びとめられたが、振り返る事はせずアキはその場で立ち止まった。
「……アキ……すまなかった……」
その言葉に、アキは拳を握った。今さらそんな言葉を言われても、うれしいとも何とも言えない感情が湧きあがった。
複雑な感情を今ならぶつけられると思った。そして、天井を見つめ深く息を吐いた。
「……何も言えない……ただ、父さんのやりきれない気持ちはわかった。だけどボクは……」
セイがどんな顔なのかアキは振り返ることなく、それ以上何も言わずその場を後にした。
何故、こんなところにいるのか不思議に思い、歩き出そうと足を前へと出した時だった。
『やぁ』
いきなり背後から声がし、慌ててアキは振り返った。そこには自分と似た年頃の少年が笑顔で立っていた。
どこかで見たような少年。細身だが体幹が良さそうな身体に、柔らかな髪から見える目は少し垂れていた。まるで自分を見てるような、そんな不思議な感覚があった。
「あなたは……だれですか?」
アキは恐る恐る少年に声を掛ける。少年は相変わらず、にこにこと笑顔が絶えないでいた。
『はじめまして……になるかな?アキオ。オレの事、キミの母さんから聞いてないかな?』
母からは身内について、あまり語られた事はなかった。小学生の低学年の頃、従兄弟が同じクラスにいた。祖母や祖父、従兄弟などの血の繋がりが身近にある事も知り、自分にはそれがない事を不思議に思い聞いた時があった。
「もしかして……母の……亡くなったっていう弟さん?」
唯一の肉親だったという弟がいたと。その時の母の表情に、触れてはいけない話だと幼心に思った記憶があった。
アキから自分の存在が出たことが嬉しいのか、先ほどよりも彼の表情は明るいものになっていた。
『そう、セツナって言うんだ。姉さん……じゃない、お母さんは元気?』
「はい」
『そうか……なかなか姉さんの所に行けなくてね……セイの"想い"でオレは離れられなくて……元気なら良かった』
「……どういうことなんですか?何があったんですか?」
その問いにセツは下をむき、その顔が少し暗くなった。だが、意を決したように顔をあげ、アキを見つめた。
『キミが生まれるまで何があったのか……見せてあげる。』
そう言って、アキの頬に手を添え触れた瞬間、早送りされたようにたくさんの映像が頭に流れてきた。
雨の中で出逢う若い姿のセイと学生服のセツだった。二人で楽しく遊んだり、幸せそうな記憶がアキの頭に流れ込んできたのであった。ただの友達の付き合いではない、恋人としての幸せな日常がそこにあった。
だが、そんな幸せな場面から一変し、雷が激しく鳴り響き、不安に駆られる場面となった。雨が滝のように降っている中をバスが走っていた。雨と同様に止むことのない雷鳴が、厚い雲から地面へと光の筋を残していく。あまりにも激しく降る雨に、バスのワイパーがその役割を果さないでいた。
そんなバスの中にセツがいた。手には新しい指輪をはめ、その指輪を緩んだ顔で眺めいた。だが……耳を劈くブレーキ音が聞こえ……真っ暗な世界へと落ちた。何も聴こえない、何もかもを飲み込む真っ暗な世界だった。
何もない真っ暗な空間に、新たな映像が流れてきた。アパートらしき部屋と、そこに先ほどまで幸せそうに笑っていたセツの写真が、黒ぶちの写真立てに飾られていた。その写真の前に、ただ茫然と座ってる女性がいた。
若かりし頃のアキの母、ハルカがやつれた顔で何もせず、ずっと座っていた。アキはそんな若き母の近くに寄ろうとした。だが、誰かがドアをノックした。その音に驚いたハルカは慌てて立ちあがり、ドアへと重い足取りで向かった。
アキは思わず口元に手を当てた。ハルカが開けたドアの先にはセイが青ざめた顔で立っていたのだ。
二人はいくつか会話をしたようだった。いつの間にか、ハルカは涙を流しセイに抱きついていた。セイも涙を流し、ハルカを強く抱きしめた。
また途中で映像は途切れ、今度は微笑みながら赤ん坊を抱くセイとそれを見守るハルカの姿が映る。
そこで映像が止まり、また何もない真っ白な空間にもどった。
「父さんと……?」
『うん……そういう仲だったんだ。オレとセイは。オレが高校卒業したら一緒に住む約束をしていたんだけど……事故でね……姉さんはオレ達がつきあってたのは今も知らない。〘仲の良い友人〙とだけ話してた。あの時代はまだ同性愛なんて大っぴらに出来るものじゃなかったし……」
苦い顔をして、セツはうつむいた。
『ゴメンね……オレが死んじゃったばかりに、アキにツラい思いをさせてしまった……もっと早くに話しをしたかったけど……』
「いえ……。なんとなく……父さんの気持ちが分かった気がした……」
『……アキは……強いな』
その言葉にアキは驚いた顔をし、困った顔で笑う。
「そんな事ないですよ……ボクはまだ、幸せなのかもしれない。お互いにまだ生きてる……でも……ボクは、彼を……傷つけてしまったけど……前みたいに戻る事は出来ないかもしれないけど、マコトの幸せを遠くで見る事が出来たら……それでもいいかなって」
『何言ってんだい、アキ。自分でも言っただろう?お前たちはお互いに生きてる。何度でもやり直しはきく。きっと、大丈夫さ。かわいいオレの甥っ子。頑張れ』
ニカっと笑い、セツは拳をアキに軽く当てた。
「うん……ありがとう。頑張るよ……」
アキは当てられた部分にそっと手を当て、少し悲しげに頷いた。
──姉さん……いや、お母さんを大切にしろよ?──
いつの間にかセツはいなくなり、何もない空間に独り残されていた。
アキが目を開けると見慣れない天井だった。だが、すぐにセイのベッドルームだと思い出し、ゆっくり起き上がり周りを見渡した。ふと、枕元に乾いた自分の服が畳んで置いてあるのが目に入った。アキはそれに着替えその部屋を出た。
出てすぐの部屋の窓際に、セイが外を眺めていた。アキはためらいながらも、セイに声をかけた。ゆっくりと振り返るセイの目は赤く腫れていた。
そして、今になって気づく。セイがずっと首に下げている指輪。それはきっと……
だが、アキは首を振りセイに背を向けた。
「ボク……帰るよ」
「アキ……」
部屋の戸に手を掛けた時、セイに呼びとめられたが、振り返る事はせずアキはその場で立ち止まった。
「……アキ……すまなかった……」
その言葉に、アキは拳を握った。今さらそんな言葉を言われても、うれしいとも何とも言えない感情が湧きあがった。
複雑な感情を今ならぶつけられると思った。そして、天井を見つめ深く息を吐いた。
「……何も言えない……ただ、父さんのやりきれない気持ちはわかった。だけどボクは……」
セイがどんな顔なのかアキは振り返ることなく、それ以上何も言わずその場を後にした。
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