鈍色の空と四十肩

いろは

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18 ー新たな絆に乾杯ー

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 ずっと静かに聞きながら時折メモをとっていた譲治が口を開いた。
「いやあ~、びっくり、というか、すごいですねえ。 
 短い間にすごいいろんな要素を聞いてしまった。録音しとけばよかったかな。」
「あ、今の全部忘れてもいいんですよ。
 全然覚えようとしなくても。
 これはここだけで終わりにして、しばらくしてから考えた時に、思い出した要素があれば、それが田中さんにとっての興味のツボですから。」

 でも、と言って依子はまたガサゴソとカバンからクリアファイルを出して、譲治に渡す。
 中に入っていた何枚かの用紙には、フローチャートや写真を添えたリストが描かれていた。

「一応、今話に出したことのキーワードは、分類して表にしときました。
 各方面のキーワードに即した見学地を見て、実物を買いに行ったらどうですかね。
 バイヤーさんにとっては最初なわけですし、何にピントが合うか本人も田中さんたちもまだわかってないわけなので、広めにセンサーを張って、お客さんの反応見ながらお好きそうなポイントを攻めていきましょう。」

「え、昨晩作って用意してくださったってことですか? 
 いや、申し訳ない。。。すごく助かります。」
 譲治は恐縮して言う。
「いやあ、もうそう言われると逆にこちらこそ申し訳ないです。
 私のテンションでおわかりかと思いますけど、完全に趣味です。
 元々私もヘレンドのことについてもっと知りたいと思ってたので、逆にラッキーです。
 良い機会を与えていただいて、本当にありがとうございます。」
 2人で向かい合いながらぺこぺことしている。

「はい、お茶とお菓子、よかったらどうぞ。サービスです。」
 斉藤が、一服したら、と緑茶と手作り和菓子の差し入れをしてくれた。

 夢中で話しているうちにお客さんは他に誰もいなくなっていた。
「依子さんいろんなことよく知ってんね~。」
 斉藤もしばらく話を聞いていたようだ。
「俺なんか料理とその周辺にしか興味ないからさ。
 でも、ホロハザってのは聞いたことあるな。
 パーリンカを入れてあったりするよね。」

「嫌だなあ、全然ですよ。斉藤さんなんか多趣味でいらっしゃるくせに。」
「パーリンカと酒器を巡る旅、ってのも面白いかもね~。」
 とか言いながら斉藤は空いたコーヒーカップを下げて戻って行った。

 そんな2人の会話を聞きながら譲治は思いついたように言った。
「ふむ。そうしてみると、お客さんのニーズを推測って、アテンド内容を構築するという点からいうと、旅行会社の企画と似てますよね。」
「なるほどなるほど。確かに~。
 ヘレンドを巡るミニツアーを考えて、お客さんの心をがっしり掴んで、そしてガッポリ儲けましょう!」
 依子は小さくエイエイオーのポーズをとる。
 譲治はそのおどけた様子に思わず吹き出した。


ーーー

 依子の講釈はひとまず終わりにして、ゆっくり斉藤の差し入れを楽しみながら、なんとはなしにおしゃべりをする。

「田中さんは、さっきの話の中で何か興味をひかれたものがありました?」
「うーん、正直、私は芸術的素養がほんとに皆無なので、図案の良さとかまだわからないんですが、建築と酒にはちょっと食指が動きましたね。」
 譲治は正直に白状する。
「雄大な風景とか、歴史的な建築物とか見るのは好きなので、とりあえずやっぱり漁夫の砦には行かないとな、と思いました。あと、地下鉄のタイルも。」

「いいですね、いいですね! 
ストーリーを知ると、世界ってどんどん面白くなってきますものね。」
 依子はうれしそうだ。

「美術館とか行くと、あんまりたくさんいろんな絵があって、結局最後に、何があったっけ?てなるでしょ?
 でもそれじゃあんまりもったいないから、私は必ず、一個だけお気に入りを探すんです。その一個だけは一所懸命見る。
 そうすると、家に帰ってから、ああ、いい出会いがあった、あれは素敵だった、ってきちんと自分の経験になった、って思えるんです。」

「だから田中さんも、情報過多になったら、お酒でも景色でもいいから、一個だけお気に入りを気に留めておくといいですよ。」

「さっき出たパーリンカ、ってハンガリーでよく聞きますけど、飲んだことないんですよ。蒸留酒ですよね?」
 譲治がそう言うと、横からニュッとお盆を持った手が差し出される。
 小さなお盆には素焼きの小さな壺が乗っていて、何やら液体が入っていた。

「お2人とも電車でしょ、おひとつどうぞ。これもサービスにしちゃう。
 ついでにおじさんも呑んじゃう。」
 斉藤だった。
「私も私も~!」
 愛が乱入する。
「え、真昼間ですよ。。これからディナータイムの仕込みでは?」
 依子が怪訝な顔をする。

「何をおっしゃいますか。料理人としての味見ですよ。
 あと君らは仕事でしょ。」
 こほん、と斉藤があらたまる。
「それでは、僭越ながら乾杯の音頭をとらせていただきます! 
 異国の地での新しい出会いを祝しまして、Egészségedre!」

「「「Egészségedre」」」4人で一気にあおる。
 全員しばし無言で焼けつく喉の刺激をいなす。

「うわあ、強烈ですね!」と譲治。
「パーリンカってなぜかこういう壺型のぐい呑み?であおりますよね。
 どういう由来だろ。日本酒にも使えるパーリンカのぐい呑み探し、いいですね。面白そう。自分でやってみようかな。」
 依子が壺を見つめながら言う。

「パーリンカって500ml作るのに10キロの果物使うんですって。製造現場見たいですよね。」愛が言う。
「さすが酒飲み大魔王。」斉藤がつっこむ。
「前にトカイワインのワインセラー巡りのツアーに行ったことあるんですよ。
 葡萄畑もセラーの中もすごく素敵だった。また行きたいなあ。」
 依子がほろ酔いで続ける。

 譲治も強烈なアルコールでいつになく調子が良くなった。
「私もぜひ行きたいですね。ハンガリーの酒と酒器巡り。」
「いいね、いいねえ! よし! 今年の秋の新酒の時期にワインセラー巡りするか!」
 斉藤はもうノリノリだ。
「いいですね! 師匠、車持ってるし! 出してくださいよ!」
 愛がたたみかける。
「そこはさあ、誰かに頼もうよ。俺が飲めないじゃん。」

 情けない顔の斉藤を面白く思いながら、それぞれが暖かな午後のひとときを楽しんだ。

ーーー

 店を出る時に、譲治は斉藤に礼を言った。
「あの、いろいろとありがとうございます。私も皆さんのお仲間に入れていただいて。この通り不調法ものですが、今後ともよろしくお願いします。」
「いえいえとんでもない。 
 こんな日本から離れた異国で、ウマの合う友人ができるのって、奇跡的じゃないですか。 僕たちもうれしいんですよ。
 僕たちみんな、わりと独立心旺盛なタイプだから、必要以上にべったりしないし。どうぞ安心して。気楽にね。」
 斉藤はナイーブそうな譲治のことをわかってくれているようだった。
またいつでも食べにきてね~、と送り出す。

 酔いを覚ましたいので、と言って買い物に行く依子と駅前で別れて、譲治は1人地下鉄に乗る。
 構内の壁に貼られていた色とりどりのタイルを見るとはなしに見てみる。
 一つ心惹かれる色味のタイルがあった。写真に撮ってみた。
 これが彼女の言っていた、一つだけのお気に入りってやつかな、そう思った。
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