十三月の風

アオバ

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3話

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 突然、意識だけが目覚めた。
 当たり前に目を開けようとするが、何故か開け方がわからず、無理矢理こじ開けようにも、腕の動かし方も足の動かし方もわからない。心と体が喧嘩をしてしまったのだろうか。冴えた意識は不安を募らせる。
 
 誰か居るの?
 母の帰った病室で恐怖を感じる。ただ、喉もボイコットをしているので、心の中で問い掛けることしかできない。唯一、普段通り営業をしている耳は、気のせいだと祈るわたしの願いを打ち破り、それが近づいて来る音を頭の中に響かせた。
 首に誰かが触れる。まだ、体は動かせない。
 チクリと首筋に痛みが走った。だが、痛みにも腕は反応してくれない。
 幸いと言っていいのか、それ以上は何もされず、正体不明の存在が腰掛ける音が届く。
 
 一時間にも二時間にも感じる数分が過ぎると、ようやく心と体が仲直りをし、わたしは体一つ分の自由を取り戻した。
 このまま眠ってしまおう。気のせいだと思おう。
 何度か唱えてみたが、そんな意識では到底眠れず。隣に残る消えない気配を確かめるため、恐る恐る母が居た場所へ視線を向ける。するとそこには、同い年にも、ずっと年上にも思える不思議な青年が座っていた。
 意識より先に体が反応をする。元通りになった喉がさっそく声をあげようとしたが、見えないナニかに口を塞がれてしまう。ナースコールを押そうとした腕もナニかに掴まれ動かせず、嫌な予感が脳裏をよぎる。
「落ち着くまで抑えるが、危害を加えるつもりはないから、安心して欲しい。」
 目だけを動かし確認をしても、腕を押さえているものは映らない。
「私は怪しい者ではあるが、現状が表す通り、君の想像力を超える者だ。やろうと思えば、君が認識する前に何だってできる。考えを巡らせる時間があることを友好の意思表示だと思って欲しい」
 理解が追いつかず、わたしは目をパチパチさせることしかできなかった。
 
「まあ、なにを言っても信じるのは難しいだろうが、とりあえず説明すると、私は吸血鬼なんだ」
 青年は瞬きと共に青年ではなくなり、人生で初めて見るコウモリが病室内を飛び回る。
「血は人間でも吸えるし、不死を証明してもいいが、つらい光景になってしまう。吸血鬼を確証するのは難しいが、人間ではないことはわかってもらえたかな」
 いつの間にか青年の姿に戻った吸血鬼はゆっくりと地面に降り立った。
「少しは落ち着いたか?」
 徐々に押さえつけられていた感覚が消えていく。
 落ち着いてなどいないが、暴れても意味がないことは理解できた。
「……吸血鬼って日本にも居るんだね」
 恐る恐る言葉を発してみる。機嫌を損ねないようにした質問は正直どうでもいいことだった。
「いるかもしれないな。ただ、私は世界中を自由に移動しているだけで、日本の魔物ではない」
「……いいな、羨ましい」
 言葉の関所がまだ直っていないので、素直な感想がでてしまう。
 近しい人は言葉を大きく捉えやすいが、吸血鬼からはそんな素振りが感じられず、自分から出た言葉は、むしろ、わたしを落ち着かせる発言となってくれた。
「ここには何しに来たの?」
「なんとなくだ。強いて言えば窓が開いていたからかな」
 窓が開いていたのは、まだ、二人で居た時だ。虫くらいの大きさでも気付けそうだが、もしかしたら、吸血鬼は透明になれるのかもしれない。
「そんなに長くいたのに、血を吸わないんだね。吸血鬼なのに」
 病人のわたしはともかく、健康な母が居たにもかかわらず、何もしてこなかった彼に吸血鬼としての存在を問いたくなる。
「血は少し貰った」
 彼がトントンと、首を叩く姿を見て、反射的に自分の首をさする。思い出すのが遅かったのだろうか。先ほど感じた痛みの痕跡は見つからなかった。
「傷痕は残っていないから安心してくれ」
 疑問は増えるばかりで、夜が明けても尽きそうにない。
「よくこうやって、人間と話をしているの?」
「いいや、全く」
「でも、日本語上手だね」
「何百年もフラフラしているからな。大概の言葉は話せる」
 わたしから外れた視線を追うと出会うのは新たな非現実。床頭台にあったはずの本がこちらへフラフラとやって来た。
「本を読む時間だって無限だしな」
 宙に浮いた本は、独りでにページを進め始める。
 目の前で絶え間なく起こる、映画や漫画の世界の出来事に、何度目かの夢を疑ってしまう。
「吸血鬼って魔法も使えるんだね。そんなイメージは全然なかったけど」
「いや、使えない。もしかしたら、私が使い方を知らないだけかもしれないが」
 含みのある言い方が気にならないのか、そそくさと本が帰宅をする。
「魔物にも世界があって、人間と同じく日々、進歩している。その結果、これみたいに他の魔物の力を使えるようにした道具ができたんだ」
 彼は懐からキラキラと怪しげに光る宝石を取り出し、わたしに渡す。
 受け取った宝石は、緑から青、青から赤、そしてまた別の色へとコロコロ印象が変わり、一秒前の姿を忘れてしまいそうになる不思議な宝石だった。
「これで、自由に物を動かせるの?」
「あぁ、正確には見えない手を動かしている。あと、首の傷を消したのもそれの力だ。手と違って使用するのに条件はあるが」
「条件?」
「まず、魔物が原因であること。次に、人間が誰も傷痕を確認していないこと。そして最後に、これは消すだけで治す訳ではない」
「消す?」
「そう。表面上、元通りに見えるようにしているだけで、これの力で治癒はしない。幻覚みたいなものだ。折れた腕は折れたままだし、流れた血も元には戻らない。もちろん、痛みも消えない」
 じゃあ、本当はまだ傷が残っているんだ。
 再度、首を何度かさする。
「なんか、あんまり便利じゃないね」
「人間の世界で、意図せず存在の痕跡を残してしまった時に用いるものだから。人間じゃなく物の傷を消すのが殆どだ」
 彼は辺りを見回すが、すぐにわたしに向き直る。
「この傷は何時ついたんだろう。みたいなのはもしかしたら魔物のせいかもしれないな」
「見えなくなるんじゃないの?」
「首の小さな傷はすぐに治るが、倒れた木は治らないだろ。自然に倒れたように幻覚は調整され、最後は現実に戻る。机についた傷もそう。いつの間にかなのか、何かの拍子なのかはわからないが、どこかで本当の状態には戻るんだ」
「そうなんだ」
「もしかしたら、何もないのに躓いてしまう場所には実は何かあるのかもしれないな」
 わたしは宝石をグッと握る。休む本へ再出勤を促してみるが、これ以上の労働を望んでいないのか、ピクリとも動かなかった。
「残念ながら、人間には使えない物だ」
 諭すような言葉には微笑みがついてくる。
 わたしはムッとした表情を作りながら宝石を返した。
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