【完結】魔法使いリリアは諦めない! ~どん底で再会した幼馴染は、どうやら最強の勇者の素質があるらしい~

シマセイ

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第十七話:魂の祭壇、歪みし領主

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リーゼロッテの館を後にした私たちは、彼女から得た情報を頼りに、ミストラル領主が潜むという古い礼拝堂へと向かった。
月明かりだけが頼りの夜道を進むにつれ、周囲の空気はますます重く、淀んでいくのを感じる。
街道沿いの村々は灯り一つなく、まるでゴーストタウンのように静まり返っていた。
時折聞こえてくるのは、遠くで響く魔物の咆哮か、あるいは風の泣き声か……。
ミストラル領は、アレスの魔導書の知識という名の毒によって、その心臓部から蝕まれているのだ。

「酷い……これが、今のミストラル領なのね……」

私の呟きに、カイは無言で頷き、その拳を強く握りしめた。
彼の瞳には、領民たちの苦しみに対する深い同情と、その元凶である領主への静かな怒りが宿っていた。

夜明け前、私たちはついに目的地の古い礼拝堂に到着した。
森の中にひっそりと佇むその建物は、一見すると何の変哲もない小さな礼拝堂だったが、その周囲には禍々しい邪気が霧のように立ち込めており、近づくだけで肌が粟立つのを感じる。

「この下に……『魂の祭壇』があるというのね」

「ああ。リーゼロッテの言葉を信じるならな。気を引き締めていこう、リリア」

私たちは慎重に礼拝堂の内部へと足を踏み入れた。
中は埃っぽく、荒れ果てていたが、祭壇の奥に、リーゼロッテが言っていた地下へと続く隠し階段を発見することができた。
階段は暗く、どこまでも続いているかのように思われた。
壁には、不気味な紋様が刻まれ、時折、弱いながらも邪悪な気配を放つ小型の魔物が襲いかかってきたが、それらはカイの剣と私の魔法で難なく退けることができた。

長い階段を下りきると、そこは広大な地下空間へと繋がっていた。
そして、その空間の最奥、ひときわ強い邪気を放つ場所に、私たちはついに『魂の祭壇』を目撃した。
それは、黒曜石のような光沢を放つ巨大な祭壇で、その表面には無数の苦悶の表情を浮かべた魂のようなものが渦巻き、禍々しい光を明滅させていた。
祭壇からは、絶えず領民たちの嘆きや悲鳴のようなものが聞こえてくるようで、胸が締め付けられる思いだった。

そして、その祭壇の中央に、一人の男が立っていた。
年の頃は三十代後半ほどに見えるが、その肌は不自然なまでに若々しく、瞳の奥には深い闇と、狂的なまでの野望の色が宿っている。
豪華な装飾が施された貴族服を身に纏い、その手には黒い魔力を帯びた杖が握られていた。
彼こそが、ミストラル領主、ロード・ヴァルモン。
そして、この地の悲劇の元凶だった。

「……ようやくおいでなすったか、招かれざる客どもよ。リーゼロッテのあの女狐が、余計なことを喋ったようだな」

ヴァルモンは、私たちが現れることを予期していたかのように、ゆっくりと振り返り、不気味な笑みを浮かべた。
その声は、どこかアレスに似た、傲慢さと自己陶酔に満ちていた。

「あなたが、ロード・ヴァルモン……! 領民たちにした非道を、ここで償ってもらいます!」

カイが、怒りを込めて言い放つ。
ベルフェの仮面を装着した彼の瞳は、ヴァルモンの放つ邪悪なオーラを真っ直ぐに見据えていた。

「償うだと? 面白いことを言う。余は、このミストラル領に永遠の繁栄をもたらそうとしているのだ。そのためには、多少の犠牲はつきもの。弱き民草は、強き指導者のために養分となるのが、自然の摂理というものよ」

ヴァルモンは、自らの行いを歪んだ論理で正当化し、私たちを嘲るように見下ろした。
その姿は、かつてのアレスの傲慢さと重なって見え、私の怒りに火をつけた。

「それはただのあなたの欲望でしょう! アレスの魔導書の知識に踊らされ、人々を苦しめる権利など、あなたにはない!」

「ふん、アレス……あの男は、確かに興味深い知識を残してくれた。だが、奴は力を制御できずに自滅した愚か者よ。余は違う。余は、この力を完全に我が物とし、このミストラル領を、いや、いずれはこの大陸全土を支配する真の王となるのだ!」

ヴァルモンが高らかに宣言すると、魂の祭壇が禍々しい光をさらに強め、彼の身体に黒い魔力が奔流のように流れ込んでいく。
彼の魔力は、アレスに匹敵する、あるいはそれ以上に増幅されているように感じられた。

「まずは、余の新たな力を試す実験台となってもらおうか、自称『真の勇者』とやら!」

ヴァルモンが杖を振り上げると、祭壇から無数の闇の矢が放たれ、私たちに襲いかかってきた。

「カイ!」

「任せろ!」

カイは金色のオーラを爆発させ、闇の矢を剣で弾き飛ばす。
私も、防御魔法を展開し、カイを援護する。
ミストラル領主、ロード・ヴァルモンとの決戦の火蓋が、ついに切って落とされた。

ヴァルモンは、魂の祭壇から無限に供給される魔力を使い、強力な闇の魔法を次々と繰り出してきた。
黒い炎が広間を舐め尽くし、地面からは鋭い岩の槍が突き出し、さらには異形の守護獣まで召喚して私たちを追い詰める。
その攻撃は苛烈を極め、私たちは防戦一方に追い込まれそうになった。

「くっ……! こいつ、祭壇がある限り、魔力が尽きないのか……!」

カイが、守護獣の爪を避けながら歯噛みする。
私も、広範囲に展開される闇の魔法を防ぐために、かなりの魔力を消耗していた。

その時、カイの脳裏に、またしてもあの軽薄な声が響いた。

『いいねえ、その絶望的な状況! 実にゾクゾクするじゃないか! だが、お前さんの『本気』はそんなものかい? あの仮面、もっと面白い使い方があると思うけどなあ。例えば……あの祭壇に渦巻く魂の力を、ちょーっとだけ拝借してみるとか?』

ベルフェの囁きだ。
それは、カイの力のさらなる解放を唆すかのような、危険な誘惑だった。

「黙れ……!」

カイは、ベルフェの囁きを振り払うように、強く頭を振った。
彼は、他者の魂を利用するような力は決して使わないと、心に誓っていた。
しかし、ヴァルモンの猛攻は止まらない。
カイの肩を、ヴァルモンの放った闇の刃が掠め、鮮血が飛び散った。

「カイッ!」

私は悲鳴を上げた。
カイは片膝をつき、苦痛に顔を歪めている。
ヴァルモンは、それを見て勝ち誇ったように高笑いした。

「どうした、勇者気取りの小僧! もう終わりか? ならば、その小娘から先に、我が祭壇の新たな養分としてくれよう!」

ヴァルモンの指先が、私に向けられる。
絶体絶命のピンチ。
私は、リーゼロッテから託された黒薔薇「夜の帳」を握りしめた。
これを使うしかないのか……?

しかし、その瞬間。
カイが、血を流しながらも、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、仮面越しにも、決して消えることのない、不屈の闘志が燃え盛っていた。

「まだ……だ……! 俺は……リリアを……絶対に守る……!」

カイの身体から、再び金色のオーラが、いや、それ以上の、まるで太陽のような眩い光が迸り始めた。
それは、ベルフェの仮面の力でも、ましてや祭壇の魂の力でもない。
カイ自身の魂の輝き、彼の「勇者の素質」が、今、真の覚醒を迎えようとしていた。
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