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第四十二話:幕間・兄弟の帰郷と平穏の価値
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極寒の学術都市から、長い旅路を経て、俺たち兄弟は、ようやく懐かしき我がヴァインベルク領へと帰還した。
季節はすっかり移ろい、領地は穏やかで、暖かい空気に満ちている。
屋敷では、父上をはじめ、使用人たちが総出で俺たちを出迎えてくれた。
その顔には、安堵と、そして英雄の凱旋を迎えるような、誇らしげな色が浮かんでいる。
特に、父上が俺を見る目には、もう以前のような呆れや失望の色はなく、ただ、無事に帰ってきた息子を慈しむような、そんな温かい光が宿っていた。
だが、俺は、そんな感動的な歓迎の雰囲気もそこそこに。
「……ただいま。
悪いが、疲れたから、もう寝る」
そう一言だけ告げると、一直線に自室へと向かった。
そして、数ヶ月ぶりに再会した、我が魂の友、愛すべき深紅のソファへと、全身全霊でダイブした。
「ああ……あああっ……!
やはり、こいつが……!
こいつが、俺の、世界の中心だ……!」
この体を優しく受け止めてくれる、完璧な弾力。
もはや俺の体の一部と化した、この滑らかな感触。
俺が、ソファとの感動の再会を心ゆくまで堪能していると、ソフィアが、呆れを通り越して、もはや悟りの境地に達したかのような顔で、紅茶を差し出してくれた。
◇
その日の午後。
ヴァインベルベルク家の書斎で、父上と、兄さんと、そして、ソファから無理やり引きずり出されてきた俺による、三者会談が開かれた。
議題はもちろん、俺たちが持ち帰った、三つの『封印の欠片』の処遇についてだ。
「王家に預け、賢者たちによる厳重な管理下に置くべきです。
セレスティーナ殿も、それが最善だと」
兄さんが、そう進言する。
「うむ。
だが、王家とて、一枚岩ではない。
学術都市の評議会のように、『探求者』の息がかかった者が紛れ込んでいないとも限らん。
迂闊に動かすのは、危険かもしれんぞ」
父上が、慎重な意見を述べる。
二人の真剣な議論を、俺は欠伸を噛み殺しながら聞いていた。
そして、しびれを切らしたように、口を開いた。
「……面倒だから、その辺の庭にでも、埋めておけばいいんじゃないか?」
「「馬鹿者ッ!」」
父上と兄さんの声が、綺麗にハモった。
俺は、耳をほじりながら続ける。
「だって、考えてみろよ。
一番安全な場所ってのは、敵が一番『まさか、そんなところに』って思う場所だろ?
灯台下暗し、ってやつだ」
俺のやる気のない発言に、二人は呆れた顔をしていたが、その言葉に、一理あるとは認めざるを得ないようだった。
結局、議論の末、三つの欠片は、ヴァインベルク家の地下深くにある、古代魔法によって固く守られた宝物庫に、一時的に封印されることになった。
ひとまず、これで一安心だ。
事件の後、俺は宣言通り、完璧なぐうたらライフを再開した。
一日中ソファの上でゴロゴロし、ソフィアの淹れる極上の紅茶を味わい、時々、昼寝をする。
最高だ。
兄さんは、騎士団の訓練を再編し、次期当主として、精力的に領地の運営に取り組んでいるようだった。
時折、俺の部屋を訪れては、訓練の相談や、各地から集めた『欠片』に関する情報の共有してくるのが、少しだけ面倒だったが。
それでも、そんな穏やかな日々は、俺が心の底から望んでいた、平穏そのものだった。
「……アレン様。
本当に、幸せそうですわね」
俺の寝顔を見下ろしながら、ソフィアが、そんなことを呟いた。
彼女は、俺が背負っているものの大きさを、誰よりも理解してくれている。
だからこそ、この束の間の平穏が、一日でも長く続くようにと、祈ってくれているのだろう。
だが、そんな彼女の祈りも、空しくはかなく、打ち砕かれることになる。
穏やかな日々が、数週間ほど続いた、ある日のこと。
一羽の伝書鳥が、俺の部屋の窓を、激しく、そして執拗に、コツコツと叩いた。
その鳥の足に結ばれていた手紙。
そこに押されていたのは、王家の紋章でも、砂漠の国の紋章でも、学術都市の紋章でもない。
俺が、一度も見たことのない、不気味な螺旋を描く、黒い紋章だった。
差出人は、不明。
しかし、その手紙から放たれる気配だけで、俺には分かった。
これまで感じたことのない、冷たく、深く、そして巨大な意思。
俺は、ソファからゆっくりと体を起こした。
嫌な、予感がした。
その手紙を開くと、中には、美しい飾り文字で、こう書かれていた。
『拝啓、理を歪める者よ。
君がこれまで動かした駒の動き、実に興味深く拝見させてもらった。
だが、これまでの余興は終わりだ。
次なる舞台では、この私、王自らが盤面に降り立つことにしよう。
君の愛する者たちを、駒として使いながら、な』
その手紙の意味を、俺は瞬時に理解した。
これまでは、俺が盤外から介入して、奴の計画を邪魔してきた。
だが、次は違う。
俺自身と、俺の周りの人間……兄さんや、ソフィア、父上、そして友人たちが、奴の仕掛けるゲームの駒として、直接狙われるという、明確な宣戦布告だ。
俺は、その手紙を、くしゃりと、強く握りつぶした。
「……最悪だ」
その呟きと共に、俺の顔から、怠惰な表情が、完全に消え失せていた。
季節はすっかり移ろい、領地は穏やかで、暖かい空気に満ちている。
屋敷では、父上をはじめ、使用人たちが総出で俺たちを出迎えてくれた。
その顔には、安堵と、そして英雄の凱旋を迎えるような、誇らしげな色が浮かんでいる。
特に、父上が俺を見る目には、もう以前のような呆れや失望の色はなく、ただ、無事に帰ってきた息子を慈しむような、そんな温かい光が宿っていた。
だが、俺は、そんな感動的な歓迎の雰囲気もそこそこに。
「……ただいま。
悪いが、疲れたから、もう寝る」
そう一言だけ告げると、一直線に自室へと向かった。
そして、数ヶ月ぶりに再会した、我が魂の友、愛すべき深紅のソファへと、全身全霊でダイブした。
「ああ……あああっ……!
やはり、こいつが……!
こいつが、俺の、世界の中心だ……!」
この体を優しく受け止めてくれる、完璧な弾力。
もはや俺の体の一部と化した、この滑らかな感触。
俺が、ソファとの感動の再会を心ゆくまで堪能していると、ソフィアが、呆れを通り越して、もはや悟りの境地に達したかのような顔で、紅茶を差し出してくれた。
◇
その日の午後。
ヴァインベルベルク家の書斎で、父上と、兄さんと、そして、ソファから無理やり引きずり出されてきた俺による、三者会談が開かれた。
議題はもちろん、俺たちが持ち帰った、三つの『封印の欠片』の処遇についてだ。
「王家に預け、賢者たちによる厳重な管理下に置くべきです。
セレスティーナ殿も、それが最善だと」
兄さんが、そう進言する。
「うむ。
だが、王家とて、一枚岩ではない。
学術都市の評議会のように、『探求者』の息がかかった者が紛れ込んでいないとも限らん。
迂闊に動かすのは、危険かもしれんぞ」
父上が、慎重な意見を述べる。
二人の真剣な議論を、俺は欠伸を噛み殺しながら聞いていた。
そして、しびれを切らしたように、口を開いた。
「……面倒だから、その辺の庭にでも、埋めておけばいいんじゃないか?」
「「馬鹿者ッ!」」
父上と兄さんの声が、綺麗にハモった。
俺は、耳をほじりながら続ける。
「だって、考えてみろよ。
一番安全な場所ってのは、敵が一番『まさか、そんなところに』って思う場所だろ?
灯台下暗し、ってやつだ」
俺のやる気のない発言に、二人は呆れた顔をしていたが、その言葉に、一理あるとは認めざるを得ないようだった。
結局、議論の末、三つの欠片は、ヴァインベルク家の地下深くにある、古代魔法によって固く守られた宝物庫に、一時的に封印されることになった。
ひとまず、これで一安心だ。
事件の後、俺は宣言通り、完璧なぐうたらライフを再開した。
一日中ソファの上でゴロゴロし、ソフィアの淹れる極上の紅茶を味わい、時々、昼寝をする。
最高だ。
兄さんは、騎士団の訓練を再編し、次期当主として、精力的に領地の運営に取り組んでいるようだった。
時折、俺の部屋を訪れては、訓練の相談や、各地から集めた『欠片』に関する情報の共有してくるのが、少しだけ面倒だったが。
それでも、そんな穏やかな日々は、俺が心の底から望んでいた、平穏そのものだった。
「……アレン様。
本当に、幸せそうですわね」
俺の寝顔を見下ろしながら、ソフィアが、そんなことを呟いた。
彼女は、俺が背負っているものの大きさを、誰よりも理解してくれている。
だからこそ、この束の間の平穏が、一日でも長く続くようにと、祈ってくれているのだろう。
だが、そんな彼女の祈りも、空しくはかなく、打ち砕かれることになる。
穏やかな日々が、数週間ほど続いた、ある日のこと。
一羽の伝書鳥が、俺の部屋の窓を、激しく、そして執拗に、コツコツと叩いた。
その鳥の足に結ばれていた手紙。
そこに押されていたのは、王家の紋章でも、砂漠の国の紋章でも、学術都市の紋章でもない。
俺が、一度も見たことのない、不気味な螺旋を描く、黒い紋章だった。
差出人は、不明。
しかし、その手紙から放たれる気配だけで、俺には分かった。
これまで感じたことのない、冷たく、深く、そして巨大な意思。
俺は、ソファからゆっくりと体を起こした。
嫌な、予感がした。
その手紙を開くと、中には、美しい飾り文字で、こう書かれていた。
『拝啓、理を歪める者よ。
君がこれまで動かした駒の動き、実に興味深く拝見させてもらった。
だが、これまでの余興は終わりだ。
次なる舞台では、この私、王自らが盤面に降り立つことにしよう。
君の愛する者たちを、駒として使いながら、な』
その手紙の意味を、俺は瞬時に理解した。
これまでは、俺が盤外から介入して、奴の計画を邪魔してきた。
だが、次は違う。
俺自身と、俺の周りの人間……兄さんや、ソフィア、父上、そして友人たちが、奴の仕掛けるゲームの駒として、直接狙われるという、明確な宣戦布告だ。
俺は、その手紙を、くしゃりと、強く握りつぶした。
「……最悪だ」
その呟きと共に、俺の顔から、怠惰な表情が、完全に消え失せていた。
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