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第五話:月の泉の秘密と門の番人
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夜の帳(とばり)が森を覆い隠す頃、フィンとリーナは密かに集落を抜け出した。
目指すは、森の最奥部に位置するという「月の泉」。
そこは、古文書によれば「闇の門」が現れる可能性のある、精霊力が不安定な禁断の地だ。
長老たちの目を盗んでの行動は、胸に罪悪感と、それ以上の使命感を抱かせた。
森の奥深くへ進むにつれて、周囲の空気は明らかに変化していった。
木々の葉は、月明かりを受けていないにも関わらず、淡い燐光を放ち始める。
地面に生える苔は、踏みしめるたびに奇妙な音を発し、まるで生きているかのようだ。
「なんだか…空気が重いというか、濃いというか…」
フィンが不安げに呟く。
「精霊力が強すぎるのよ。
良い力も、悪い力も、ここでは増幅されてしまう。
気をしっかり持たないと、幻惑に囚われるわ」
リーナは、古のエルフに伝わる短い祈りの言葉を唱えながら、慎重に周囲を警戒した。
彼女は、道端に咲く妖しく光る花を指差す。
「あの花には触れないで、フィン。
美しいけれど、人の心を惑わす毒を持っているわ」
リーナの知識がなければ、フィンはうっかりその美しさに手を伸ばしていたかもしれない。
一方、フィンも黙ってはいなかった。
「こっちだ、リーナ。
この獣道を行けば、少しだけ近道になるはずだ。
それに、あっちの沼地は、夜になると底なしになるって話だ」
彼の森に関する細かな知識と、誰も知らないような抜け道を知る能力が、この危険な道のりで二人の足取りを助けた。
互いの長所を活かし、短所を補い合いながら、二人は禁断の地へと進んでいく。
時折、どこからともなく囁き声のようなものが聞こえたり、存在しないはずの光が目の前をちらついたりした。
精霊力が乱れる影響が、五感を狂わせようとする。
二人は互いを励まし合い、意識を強く保ちながら、歩みを進めた。
数時間歩き続けた頃、前方の木々の切れ間から、柔らかな光が漏れているのが見えた。
そして、水の流れるような、しかしどこか音楽的な響きを持つ音が聞こえてきた。
「あれが…月の泉…!」
フィンは息をのんだ。
木々の間を抜けると、そこには息をのむほど美しい光景が広がっていた。
広場の中心には、満月のように円い形をした泉があった。
泉の水面は、まるで液体状の月光のように、自ら淡い銀色の光を放っている。
周囲には、見たこともないような光る植物が生い茂り、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
しかし、その美しさとは裏腹に、空気は張り詰め、どこか不安定な気配が漂っている。
泉の水面は、穏やかに見えて、時折、理由もなく波立ち、ざわめく。
美しさと危うさが同居する、不思議な場所だった。
「見て、フィン…泉の中心…」
リーナが指さす先、泉の中央付近の水面が、奇妙に揺らめいていた。
よく見ると、そこだけ水の色が濁り、まるで黒いインクを垂らしたように、渦を巻いている。
空間そのものが、わずかに歪んでいるようにも見える。
「あれが…『闇の門』…?」
フィンはゴクリと唾を飲んだ。
古文書の記述は、やはり正しかったのだ。
魔族は、この泉に開いた異界への通路を通って、翠玉の森へと侵入しているに違いない。
「試してみよう、リーナ。
銀葉草を」
フィンは、腰の袋から慎重に銀葉草を取り出した。
夜気に触れると、銀葉草は淡い光を放ち始める。
二人はゆっくりと泉に近づき、フィンは意を決して、銀葉草を黒い渦に向かって差し出した。
その瞬間、銀葉草はこれまでとは比較にならないほど強い、眩い銀色の光を放った。
清らかな光が、泉の黒い渦へと降り注ぐ。
すると、黒い渦は明らかに動揺したかのように揺らぎ、その広がりがわずかに後退した。
「効いてる…!」
リーナが声を上げる。
古文書にあった通り、銀葉草の聖なる光は、闇の門の力を抑える効果があるのだ。
しかし、喜びも束の間だった。
銀葉草の光を受けて、黒い渦は後退したものの、消滅する気配はない。
それどころか、渦の中心から、さらに強い邪悪な気配が溢れ出してきた。
まるで、門が刺激に対して反撃しているかのようだ。
「まずい…!」
フィンが叫んだ瞬間、黒い渦が激しく波立ち、中から一体の魔族が姿を現した。
それは、以前遺跡で遭遇した斥候タイプの魔族とは明らかに異なっていた。
体躯はそれほど大きくないが、ローブのようなものを纏い、手には杖を持っている。
そして、その顔には、これまでの魔族には見られなかった、狡猾そうな知性の光が宿っていた。
「何やつだ…? 我が門を乱す痴れ者は…」
魔族は、低い、しかしはっきりとしたエルフの言葉で問いかけてきた。
その声は、聞く者の精神を直接蝕むような、不快な響きを持っていた。
「門の番人…ということか…!」
フィンは直感的に理解した。
こいつは、単なる兵士ではない。
門を守り、管理する役割を持つ、より上位の存在だ。
「ちっ、小賢しいエルフめが…銀葉草か。
確かに少々厄介だが、この程度で門が閉じられると思うな」
門の番人は杖を構え、呪文のようなものを唱え始めた。
周囲の空気がさらに重くなり、足元の地面から黒い影のようなものが這い出してくる。
「リーナ、来るぞ!」
「ええ!」
リーナは即座に弓を構えた。
しかし、通常の矢が効かないことは経験済みだ。
彼女は、矢じりに銀葉草の葉を括り付けた、即席の対魔族用の矢を番人に向けて放った。
銀色の光を纏った矢は、番人に向かって飛んでいく。
番人は杖で障壁のようなものを展開し、矢を防ごうとしたが、銀葉草の光は障壁を貫通し、番人の腕を掠めた。
「ぐっ…!」
番人は苦悶の声を上げ、腕を押さえた。
銀葉草の光は、確かに効果があるようだ。
しかし、致命傷には至らない。
「おのれ、小癪な!」
番人は怒りに顔を歪め、杖から黒い稲妻のようなものを放ってきた。
フィンとリーナは左右に飛び退き、それをかわす。
稲妻が着弾した地面は、黒く焼け焦げ、嫌な臭いを発した。
「どうする、フィン!? こいつ、強いわ!」
リーナが叫ぶ。
銀葉草の矢も数には限りがある。
このままではジリ貧だ。
フィンは、必死に周囲を見回し、活路を探した。
泉、光る植物、不安定な精霊力…そして、門の番人が杖を使っていること。
(杖…あいつの力の源は、あの杖にあるのかもしれない! そして、ここは精霊力が不安定な場所…)
フィンに一つの考えが閃いた。
「リーナ! あの杖を狙ってくれ! できれば、泉の中に叩き落とすんだ!」
「泉に? でも…!」
「いいから! 精霊力が乱れているここなら、何か起こるかもしれない!」
リーナは一瞬ためらったが、フィンの真剣な眼差しを信じ、再び弓を構えた。
番人が次の攻撃を準備している隙を突き、リーナは渾身の力を込めて、銀葉草の矢を番人の持つ杖めがけて放った。
矢は正確に杖に命中し、強い衝撃を与える。
番人は杖を取り落とし、杖は放物線を描いて、月の泉の中へと落下した。
チャポン、という音と共に杖が泉に沈むと、信じられないことが起こった。
泉の水面が激しく沸騰するように泡立ち、杖が沈んだ場所から、制御不能な精霊力の奔流が巻き起こったのだ。
眩い光と闇が入り混じり、嵐のように渦を巻く。
「うわあああっ!」
門の番人は、その奔流に巻き込まれ、苦悶の叫び声を上げた。
泉の不安定な力が、彼の魔力を暴走させ、制御不能に陥らせたのだ。
「今だ! 逃げるぞ!」
フィンはリーナの手を引いて、泉から離れる。
背後では、精霊力の嵐が門の番人を飲み込み、やがて黒い渦、闇の門もろとも、その激しいエネルギーの中に掻き消えていくかのように見えた。
嵐が収まった時、泉は元の静けさを取り戻しつつあったが、門の番人の姿も、黒い渦も、そこにはもうなかった。
「やったのか…? 門を…」
フィンは息を切らしながら呟いた。
しかし、リーナは首を横に振った。
「分からない…番人は倒せたかもしれないけれど、門が完全に閉じたとは思えないわ。
それに、あの番人…最後に何か言おうとしていなかった?」
リーナの言葉に、フィンも思い当たる節があった。
精霊力の嵐に飲み込まれる寸前、番人は何かを叫んでいたような気がする。
『…主(あるじ)…の…計画…は…止まら…ぬ…』
断片的に聞こえた言葉。
「主…? 計画…?」
フィンとリーナは顔を見合わせた。
門の番人を倒し、一時的に門を退けたかもしれない。
しかし、それは魔族全体の計画の一部に過ぎないのかもしれない。
さらに強大な存在が、この侵攻の裏にいるのだろうか。
月の泉の秘密に触れ、一つの脅威を退けた二人だったが、同時に、より大きな謎と、さらなる試練の存在を予感せずにはいられなかった。
目指すは、森の最奥部に位置するという「月の泉」。
そこは、古文書によれば「闇の門」が現れる可能性のある、精霊力が不安定な禁断の地だ。
長老たちの目を盗んでの行動は、胸に罪悪感と、それ以上の使命感を抱かせた。
森の奥深くへ進むにつれて、周囲の空気は明らかに変化していった。
木々の葉は、月明かりを受けていないにも関わらず、淡い燐光を放ち始める。
地面に生える苔は、踏みしめるたびに奇妙な音を発し、まるで生きているかのようだ。
「なんだか…空気が重いというか、濃いというか…」
フィンが不安げに呟く。
「精霊力が強すぎるのよ。
良い力も、悪い力も、ここでは増幅されてしまう。
気をしっかり持たないと、幻惑に囚われるわ」
リーナは、古のエルフに伝わる短い祈りの言葉を唱えながら、慎重に周囲を警戒した。
彼女は、道端に咲く妖しく光る花を指差す。
「あの花には触れないで、フィン。
美しいけれど、人の心を惑わす毒を持っているわ」
リーナの知識がなければ、フィンはうっかりその美しさに手を伸ばしていたかもしれない。
一方、フィンも黙ってはいなかった。
「こっちだ、リーナ。
この獣道を行けば、少しだけ近道になるはずだ。
それに、あっちの沼地は、夜になると底なしになるって話だ」
彼の森に関する細かな知識と、誰も知らないような抜け道を知る能力が、この危険な道のりで二人の足取りを助けた。
互いの長所を活かし、短所を補い合いながら、二人は禁断の地へと進んでいく。
時折、どこからともなく囁き声のようなものが聞こえたり、存在しないはずの光が目の前をちらついたりした。
精霊力が乱れる影響が、五感を狂わせようとする。
二人は互いを励まし合い、意識を強く保ちながら、歩みを進めた。
数時間歩き続けた頃、前方の木々の切れ間から、柔らかな光が漏れているのが見えた。
そして、水の流れるような、しかしどこか音楽的な響きを持つ音が聞こえてきた。
「あれが…月の泉…!」
フィンは息をのんだ。
木々の間を抜けると、そこには息をのむほど美しい光景が広がっていた。
広場の中心には、満月のように円い形をした泉があった。
泉の水面は、まるで液体状の月光のように、自ら淡い銀色の光を放っている。
周囲には、見たこともないような光る植物が生い茂り、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
しかし、その美しさとは裏腹に、空気は張り詰め、どこか不安定な気配が漂っている。
泉の水面は、穏やかに見えて、時折、理由もなく波立ち、ざわめく。
美しさと危うさが同居する、不思議な場所だった。
「見て、フィン…泉の中心…」
リーナが指さす先、泉の中央付近の水面が、奇妙に揺らめいていた。
よく見ると、そこだけ水の色が濁り、まるで黒いインクを垂らしたように、渦を巻いている。
空間そのものが、わずかに歪んでいるようにも見える。
「あれが…『闇の門』…?」
フィンはゴクリと唾を飲んだ。
古文書の記述は、やはり正しかったのだ。
魔族は、この泉に開いた異界への通路を通って、翠玉の森へと侵入しているに違いない。
「試してみよう、リーナ。
銀葉草を」
フィンは、腰の袋から慎重に銀葉草を取り出した。
夜気に触れると、銀葉草は淡い光を放ち始める。
二人はゆっくりと泉に近づき、フィンは意を決して、銀葉草を黒い渦に向かって差し出した。
その瞬間、銀葉草はこれまでとは比較にならないほど強い、眩い銀色の光を放った。
清らかな光が、泉の黒い渦へと降り注ぐ。
すると、黒い渦は明らかに動揺したかのように揺らぎ、その広がりがわずかに後退した。
「効いてる…!」
リーナが声を上げる。
古文書にあった通り、銀葉草の聖なる光は、闇の門の力を抑える効果があるのだ。
しかし、喜びも束の間だった。
銀葉草の光を受けて、黒い渦は後退したものの、消滅する気配はない。
それどころか、渦の中心から、さらに強い邪悪な気配が溢れ出してきた。
まるで、門が刺激に対して反撃しているかのようだ。
「まずい…!」
フィンが叫んだ瞬間、黒い渦が激しく波立ち、中から一体の魔族が姿を現した。
それは、以前遺跡で遭遇した斥候タイプの魔族とは明らかに異なっていた。
体躯はそれほど大きくないが、ローブのようなものを纏い、手には杖を持っている。
そして、その顔には、これまでの魔族には見られなかった、狡猾そうな知性の光が宿っていた。
「何やつだ…? 我が門を乱す痴れ者は…」
魔族は、低い、しかしはっきりとしたエルフの言葉で問いかけてきた。
その声は、聞く者の精神を直接蝕むような、不快な響きを持っていた。
「門の番人…ということか…!」
フィンは直感的に理解した。
こいつは、単なる兵士ではない。
門を守り、管理する役割を持つ、より上位の存在だ。
「ちっ、小賢しいエルフめが…銀葉草か。
確かに少々厄介だが、この程度で門が閉じられると思うな」
門の番人は杖を構え、呪文のようなものを唱え始めた。
周囲の空気がさらに重くなり、足元の地面から黒い影のようなものが這い出してくる。
「リーナ、来るぞ!」
「ええ!」
リーナは即座に弓を構えた。
しかし、通常の矢が効かないことは経験済みだ。
彼女は、矢じりに銀葉草の葉を括り付けた、即席の対魔族用の矢を番人に向けて放った。
銀色の光を纏った矢は、番人に向かって飛んでいく。
番人は杖で障壁のようなものを展開し、矢を防ごうとしたが、銀葉草の光は障壁を貫通し、番人の腕を掠めた。
「ぐっ…!」
番人は苦悶の声を上げ、腕を押さえた。
銀葉草の光は、確かに効果があるようだ。
しかし、致命傷には至らない。
「おのれ、小癪な!」
番人は怒りに顔を歪め、杖から黒い稲妻のようなものを放ってきた。
フィンとリーナは左右に飛び退き、それをかわす。
稲妻が着弾した地面は、黒く焼け焦げ、嫌な臭いを発した。
「どうする、フィン!? こいつ、強いわ!」
リーナが叫ぶ。
銀葉草の矢も数には限りがある。
このままではジリ貧だ。
フィンは、必死に周囲を見回し、活路を探した。
泉、光る植物、不安定な精霊力…そして、門の番人が杖を使っていること。
(杖…あいつの力の源は、あの杖にあるのかもしれない! そして、ここは精霊力が不安定な場所…)
フィンに一つの考えが閃いた。
「リーナ! あの杖を狙ってくれ! できれば、泉の中に叩き落とすんだ!」
「泉に? でも…!」
「いいから! 精霊力が乱れているここなら、何か起こるかもしれない!」
リーナは一瞬ためらったが、フィンの真剣な眼差しを信じ、再び弓を構えた。
番人が次の攻撃を準備している隙を突き、リーナは渾身の力を込めて、銀葉草の矢を番人の持つ杖めがけて放った。
矢は正確に杖に命中し、強い衝撃を与える。
番人は杖を取り落とし、杖は放物線を描いて、月の泉の中へと落下した。
チャポン、という音と共に杖が泉に沈むと、信じられないことが起こった。
泉の水面が激しく沸騰するように泡立ち、杖が沈んだ場所から、制御不能な精霊力の奔流が巻き起こったのだ。
眩い光と闇が入り混じり、嵐のように渦を巻く。
「うわあああっ!」
門の番人は、その奔流に巻き込まれ、苦悶の叫び声を上げた。
泉の不安定な力が、彼の魔力を暴走させ、制御不能に陥らせたのだ。
「今だ! 逃げるぞ!」
フィンはリーナの手を引いて、泉から離れる。
背後では、精霊力の嵐が門の番人を飲み込み、やがて黒い渦、闇の門もろとも、その激しいエネルギーの中に掻き消えていくかのように見えた。
嵐が収まった時、泉は元の静けさを取り戻しつつあったが、門の番人の姿も、黒い渦も、そこにはもうなかった。
「やったのか…? 門を…」
フィンは息を切らしながら呟いた。
しかし、リーナは首を横に振った。
「分からない…番人は倒せたかもしれないけれど、門が完全に閉じたとは思えないわ。
それに、あの番人…最後に何か言おうとしていなかった?」
リーナの言葉に、フィンも思い当たる節があった。
精霊力の嵐に飲み込まれる寸前、番人は何かを叫んでいたような気がする。
『…主(あるじ)…の…計画…は…止まら…ぬ…』
断片的に聞こえた言葉。
「主…? 計画…?」
フィンとリーナは顔を見合わせた。
門の番人を倒し、一時的に門を退けたかもしれない。
しかし、それは魔族全体の計画の一部に過ぎないのかもしれない。
さらに強大な存在が、この侵攻の裏にいるのだろうか。
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