【完結】異世界妖怪道中記

シマセイ

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第三話:初めての村と、三度目の正直? 頼むぞ、我が妖怪!

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煙だけを頼りに、僕は必死に足を前に進めた。
一つ目小僧さんが消えてしまってから、また心細さが胸に広がっていたけれど、今はただ、あの煙の元へたどり着くことだけを考えていた。

もうどれくらい歩いただろうか。
空腹と疲労で、意識が朦朧としてくる。

「もう…ダメかも…」

膝から崩れ落ちそうになった、その時。
木々の間から、不意に視界が開けた。
そこには、粗末ながらも確かに人の手で作られたであろう、数軒の家々が見えた。
そして、生活の匂い。
煙は、その集落の一軒から立ち上っていたものらしい。

「つ、着いた…! やっと…!」

最後の力を振り絞って、僕はその小さな村へと足を踏み入れた。
石を積み上げただけの簡素な門をくぐると、土埃っぽい道が数本伸びている。
家は木と土壁で作られていて、屋根は草葺きだ。
道端では、鶏に似た鳥が数羽、土をつついている。
まるで、日本の昔話に出てくるような…いや、それよりももっと素朴で、ワイルドな雰囲気の村だ。

村人らしき人影もちらほら見える。
麻布のような簡素な服を身にまとい、農具らしきものを持った男性や、井戸端で何かを洗っている女性。
僕の姿に気づくと、彼らは一様に訝しげな顔をして、こちらを遠巻きに見ている。
無理もない。
僕の服装は、この世界の基準からしたら、相当浮いているはずだ。
ジャージにスニーカーなんて、どう見ても異質だろう。

緊張しながらも、僕は一番近くにいた、人の良さそうなおじさんに声をかけた。

「あ、あの…すみません…」

おじさんは眉をひそめ、僕の顔と服装を交互に見る。
言葉、通じるかな…。

「…なんだ、あんた。見ねえ顔だな。どっから来たんだ?」

通じた!
日本語だ! いや、僕が理解できる言葉だ、と言うべきか。
とにかく、コミュニケーションが取れることに、僕は心底ホッとした。

「えっと…道に迷ってしまって…食べ物を少し、分けていただけないでしょうか…」

僕は正直に(異世界から来たとは言えないので、そこはぼかして)伝えた。
おじさんはしばらく僕を観察していたが、やがてふっと表情を緩めた。

「腹ぁ空かせてるのか。そりゃあ大変だ。まあ、立ち話もなんだ。こっちへ来い」

おじさんは、意外にも親切だった。
案内されたのは、村の中でも少し大きな家で、どうやら村長の家らしい。
そこで僕は、簡単な食事(硬いパンと豆のスープみたいなものだったけど、今の僕にはご馳走だった)を分けてもらい、事情を話した。
もちろん、「遠くの国から来たが、道中で仲間とはぐれてしまい、持ち物も全て失った」という、我ながら苦しい言い訳だ。

村長さんは、恰幅のいい初老の男性で、ギロリとした目つきとは裏腹に、話の分かる人だった。

「ふむ…旅の者か。このあたりは、時折悪い魔物も出る。一人でふらふらしているのは危険だぞ」

「は、はい…」

「まあ、行き倒れられても寝覚めが悪い。数日なら、この村で休んでいくといい。ただし、タダというわけにはいかんぞ。何か仕事を手伝ってもらうが、いいな?」

「本当ですか!? ありがとうございます! 何でもします!」

僕は勢い込んで頭を下げた。
これでとりあえず、野宿生活からは解放される。
それに、この世界の情報を少しでも集められるかもしれない。

村の名前は「ミョルギ村」というらしい。
小さな農村で、これといった特産品もないが、皆で助け合って暮らしているとのこと。
通貨は「リン」という銅貨や、「ギル」という銀貨が使われているらしいが、今の僕にはもちろん無縁だ。
魔物も本当に存在するようで、村の若い男たちは定期的に見回りや討伐に出かけているという。
日本へ帰る手がかりなんて、今のところ全く見つかりそうにない。

翌日から、僕は村長さんの紹介で、いくつかの仕事を手伝うことになった。
薪割り、水汲み、畑仕事の手伝い…。
どれもこれも、僕にとっては重労働だ。
特に薪割りなんて、生まれて初めてやる。
斧を振り下ろすたびに、腕が悲鳴を上げた。

「へっぴり腰だなあ、大和の兄ちゃん!」

見かねた村の子供に笑われる始末。
ぐうの音も出ない。
運動は人並み、なんて自己評価は、この世界では全く通用しないと思い知らされた。

数日が過ぎた頃、村でちょっとした騒ぎが起きた。
村の共同食料庫に保管してあった保存食が、少しずつだが減っているというのだ。
ネズミや小動物の仕業かとも思われたが、どうもそれだけではないらしい。

「困ったことになったわい…」

村長さんがため息をつく。
ただでさえ食料に余裕があるわけではないこの村にとって、これは深刻な問題だ。
村人たちは、お互いを疑うような、嫌な雰囲気になりかけていた。

「何か…僕にできることはないかな」

食事と寝床を提供してもらっている以上、僕も何か役に立ちたい。
でも、非力な僕に何ができる?
薪割りだってまともにできないのに。

…そうだ。
僕には、アレがあるじゃないか。

妖怪召喚。

豆腐小僧さんや一つ目小僧さんは、活動時間が短かった。
僕の力が足りないからだろう。
でも、もしかしたら、三度目の正直ってこともあるかもしれない。
今度こそ、もう少し長く、そしてこの状況を打開できるような妖怪を召喚できるかもしれない。

問題は、どんな妖怪を召喚するかだ。
犯人捜しに役立つ妖怪…。
あるいは、食料庫の警備ができるような妖怪…。

「よし…やってみるか」

僕は意を決し、人気のない村の裏手へと向かった。
深呼吸を一つ。
今、必要なのは、盗まれた食料の謎を解明する手助けをしてくれる存在。
何かを見つけ出す力、あるいは、隠れた犯人を威嚇できるような…

「出てきてくれ…! 今度の僕の相棒は…ええと…『塗壁(ぬりかべ)』!」

なぜ塗壁だったのか、自分でもよく分からない。
なんとなく、壁みたいにドーンと現れて、食料庫を守ってくれたらカッコいいかな、くらいの軽い気持ちだった。
それに、図鑑で見た塗壁は、結構大きくて強そうだった気がする。

ポフンッ!

これまでの豆腐小僧さんや一つ目小僧さんよりは、少しだけしっかりとした手応えと共に、僕の目の前に影が現れた。
それは、確かに「壁」だった。
高さは僕の背丈くらい、幅は両手を広げたくらい。
灰色で、ゴツゴツしていて、真ん中にぼんやりと二つの目がついている。
見た目は、まあ、塗壁だ。

「お、おお…! 塗壁さん!」

僕は期待を込めて声をかける。
塗壁は、その二つの目をゆっくりと僕に向けた。
そして。

「……ヌゥ」

低い、地鳴りのような声が返ってきた。
喋った!…のか?
とりあえず、意思の疎通はできそうだ。

「塗壁さん、実は村の食料が盗まれて困ってるんだ。犯人を見つけるのを手伝ってくれないかな? もしくは、食料庫の番をしてほしいんだけど!」

僕が頼むと、塗壁はまた「ヌゥ…」と唸ったきり、動かない。
あれ?
もしかして、やる気ない感じ?

「あ、あの…塗壁さん…?」

しばらく沈黙が続いた後、塗壁はのっそりと動き出した。
僕が何か言う前に、食料庫のある方角へ、ゆっくりと、しかし確実に進んでいく。
おお、分かってくれたのか!

僕は慌てて塗壁の後を追った。
村人に見つかったら大騒ぎになる。
幸い、夜が近づき、人通りは少なくなっていた。

食料庫の前に着くと、塗壁はピタリと動きを止めた。
そして、その名の通り、食料庫の入り口の前にドスンと陣取り、まるで本物の壁のようになってしまった。

「え、そこで動かないの?」

これじゃあ、ただの障害物だ。
いや、確かに番はしてくれているけど…。
これだと、僕も食料庫に入れない。

「ヌゥ…」

塗壁は満足げに(そう見えた)唸っている。
うーん、どうしよう。
とりあえず、これで犯人が来たら諦めるだろうか。
でも、犯人が小動物だったら、隙間から入っちゃうかもしれない。

その時だった。
ガサガサッ!
近くの茂みから、何かが飛び出してきた。
それは、体長30センチほどの、大きなネズミのような…いや、もっと毛が逆立っていて、目が赤く光っている。
この世界の魔物の一種だろうか。
そいつは、僕と塗壁には目もくれず、食料庫の壁の隙間から中へ入ろうとしている。

「あ! あれだ! きっとあいつが犯人だ!」

僕は叫んだ。
塗壁は…相変わらず動かない。
おい!仕事してくれよ!

「塗壁さん! あいつを捕まえて!」

僕が必死に頼むと、塗壁は面倒くさそうに(そう見えた)片方の目をチラリと魔物ネズミに向けた。
そして、次の瞬間。

ドゴォッ!

塗壁の体の一部が、まるで粘土のようにグニャリと伸びたかと思うと、猛烈な勢いで魔物ネズミを叩きつけた!
え、そんな攻撃もできるの!?

「チュウウウウッ!」

魔物ネズミは短い悲鳴を上げ、気絶してしまった。
塗壁は、何事もなかったかのように元の壁の形に戻り、また「ヌゥ…」と唸っている。

「す、すごい…! やったじゃないか、塗壁さん!」

僕は思わず拍手していた。
見た目は地味だけど、やる時はやるじゃないか!
これなら、食料庫荒らしの犯人も捕まえられたし、村長さんにも報告できる。

…と、喜んだのも束の間。
塗壁の体が、少しずつ透け始めているのに気づいた。
あ、活動時間か!

「塗壁さん、もう時間なの?」

「ヌゥ……」

塗壁は、どこか名残惜しそうに(そう見えた)僕を見て、やがて静かに消えていった。
やっぱり、まだ長時間いてもらうのは無理みたいだ。
でも、今回は大きな手柄を立ててくれた。

僕は気絶している魔物ネズミを拾い上げ、村長さんの家へと急いだ。
事情を説明し(妖怪のことは伏せて、僕が偶然見つけて捕まえたことにした)、魔物ネズミを見せると、村長さんはもちろん、集まってきた村人たちも驚き、そして喜んでくれた。

「おお、大和! お前さん、お手柄じゃないか!」
「まさか、こんなヤツが犯人だったとはな!」

村は一転して、お祭り騒ぎのようになった。
僕も、少しだけ村の役に立てたことが嬉しかった。
それに、妖怪を召喚する力が、少しずつだけどコントロールできるようになってきた…ような気がする。
気のせいかもしれないけど。

その夜、僕は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。
明日から、また薪割りや畑仕事が待っている。
日本へ帰る道はまだ遠いけど、今はここで、できることをやっていこう。
僕の異世界妖怪道中記は、まだ始まったばかりだ。
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