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第十四話:三人の騎士
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礼拝堂の中、時間は凍りついたかのように止まっていた。
私を担ぐ傭兵団の頭目。
満身創痍で剣を構えるレオン。
そして、敵か味方か、抜き身の剣を携えて現れた、元婚約者のアルフォンス様。
あまりにも奇妙な三者が、互いを見据えて膠着している。
最初に沈黙を破ったのは、私を捕らえる頭目の男だった。彼は、アルフォンス様を嘲るように見つめた。
「これはこれは、アルフォンス様。まさか、我らの雇い主であるヴァリエール家の、ご子息自らがお出ましとは。一体、どういう風の吹き回しですかな?父親の命に背いてまで、この女を助けに?」
その言葉に、私はハッとした。やはり、この襲撃を命じたのはアルフォンス様の父、先代公爵だったのだ。そして、アルフォンス様は、その命に背いてここにいる。
アルフォンス様は、傭兵の言葉を冷たく一蹴した。
「黙れ、犬が。父が貴様らのような屑を雇ったこと自体、ヴァリエール家の失態だ。だが、この女の処遇は、この俺が決める。貴様の、そして父の指図も受けん」
その声には、絶対的なプライドと、父親への明確な反発が込められていた。
彼は私を助けに来たわけではないのかもしれない。ただ、自分の獲物を他人に横取りされるのが許せないだけ。そう直感した。
だが、理由はどうあれ、この奇妙な膠着状態こそが、私が助かる唯一のチャンスだった。
傭兵の頭目は、アルフォンス様とレオンが決して連携できないことを見抜いたのだろう。彼は状況を打開すべく、獰猛な笑みを浮かべた。
「ならば、力づくでご退場願おう!」
叫ぶや否や、男は私を盾にするように抱え直すと、消耗しきっているレオンの方へ、巨体を揺らして襲いかかった。
「くっ……!」
レオンは、深手を負いながらも、その重い一撃を必死で受け止める。だが、体勢が崩れ、後方へとよろめいた。
「させるか!」
アルフォンス様が、流麗な剣技で男の背後を襲う。しかし、男は私を巧みに動かし、アルフォンス様の剣筋を阻んだ。
こうして、本来であれば決して交わることのないはずの二人の戦いが始まった。
傷だらけの騎士と、孤高の公爵。
ぎこちなく、互いに背中を預けることもなく、しかし「私」という一点を守るために、彼らは共通の敵と対峙する。
レオンの剣は、守りに徹しながらも、的確に敵の隙を突く。
アルフォンス様の剣は、王侯貴族に伝わる正統派の剣術そのもので、一つ一つの太刀筋が驚くほどに華麗で美しい。だが、歴戦の傭兵である頭目の、泥臭く老獪な動きの前には、どこか甘さが感じられた。
(このままでは、二人とも……!)
私を盾にされている限り、二人は十全に力を発揮できない。私が、この状況を打開しなければ。
男に担がれ、もがき続ける中で、私の指先が、髪に挿していた一本の銀の髪飾りに触れた。それは、ドレスに合わせてアンナが選んでくれた、先端が鋭く尖った、細工の美しい髪飾りだった。
私は、戦闘の振動に紛れて、そっとそれを引き抜く。
そして、好機を待った。
アルフォンス様が男の体勢を崩し、男が体勢を立て直そうと、私を担ぐ腕の力が、ほんの一瞬だけ緩んだ。
――今しかない!
私は、隠し持っていた髪飾りを、その腕に、ありったけの憎しみと祈りを込めて、突き立てた。
「ぐっ……!こ、の……小娘がぁっ!」
肉を抉る感触と共に、男が激痛に顔を歪める。
反射的に、男は私を乱暴に突き飛ばした。私は礼拝堂の冷たい大理石の床に強く体を打ち付けたが、構わなかった。
ようやく、自由の身になったのだ。
「アデリナ!」
レオンが叫ぶ。
私が自由になったことで、二人の足枷は外れた。
「覚悟しろ、屑が!」
アルフォンス様が、今度こそ容赦のない剣撃を繰り出す。
レオンも、最後の力を振り絞るように、男の足元を狙って鋭い一閃を放った。
二方向からの同時攻撃。
さすがの頭目も、これには対応しきれない。彼は大きく後方へ飛び退き、距離を取った。
2対1。状況は、明らかにこちらに傾いた。
追い詰められた傭兵は、不敵に笑った。
そして、懐から取り出した小さな骨の笛を、口に当てる。
甲高い、耳をつんざくような音が、礼拝堂に響き渡った。
それは、仲間の傭兵たちを呼び寄せる、集合の合図。
途端に、礼拝堂の外から、複数の荒々しい足音が、どっとこちらへ向かってくるのが分かった。
屋敷の各所で戦っていた傭兵たちが、この場所に集結しつつあるのだ。
「さて、ゲームオーバーですな」
頭目の男は、腕から血を流しながらも、余裕の笑みを崩さない。
「ヴァリエール公爵様ともあろうお方が、このような場所で、手負いの騎士と小娘と共に、野良犬のように死ぬのは、さぞ無念でしょうなあ?」
礼拝堂の扉や、割れたステンドグラスの窓から、次々と黒装束の男たちが姿を現す。
私たちは、完全に包囲されていた。
状況は、一瞬にして、最悪の形へと逆転した。
傷ついた騎士、レオン。
謎多き元婚約者、アルフォンス様。
そして、武器一つ持たない、私。
この絶望的な状況を前に、私たちは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
私を担ぐ傭兵団の頭目。
満身創痍で剣を構えるレオン。
そして、敵か味方か、抜き身の剣を携えて現れた、元婚約者のアルフォンス様。
あまりにも奇妙な三者が、互いを見据えて膠着している。
最初に沈黙を破ったのは、私を捕らえる頭目の男だった。彼は、アルフォンス様を嘲るように見つめた。
「これはこれは、アルフォンス様。まさか、我らの雇い主であるヴァリエール家の、ご子息自らがお出ましとは。一体、どういう風の吹き回しですかな?父親の命に背いてまで、この女を助けに?」
その言葉に、私はハッとした。やはり、この襲撃を命じたのはアルフォンス様の父、先代公爵だったのだ。そして、アルフォンス様は、その命に背いてここにいる。
アルフォンス様は、傭兵の言葉を冷たく一蹴した。
「黙れ、犬が。父が貴様らのような屑を雇ったこと自体、ヴァリエール家の失態だ。だが、この女の処遇は、この俺が決める。貴様の、そして父の指図も受けん」
その声には、絶対的なプライドと、父親への明確な反発が込められていた。
彼は私を助けに来たわけではないのかもしれない。ただ、自分の獲物を他人に横取りされるのが許せないだけ。そう直感した。
だが、理由はどうあれ、この奇妙な膠着状態こそが、私が助かる唯一のチャンスだった。
傭兵の頭目は、アルフォンス様とレオンが決して連携できないことを見抜いたのだろう。彼は状況を打開すべく、獰猛な笑みを浮かべた。
「ならば、力づくでご退場願おう!」
叫ぶや否や、男は私を盾にするように抱え直すと、消耗しきっているレオンの方へ、巨体を揺らして襲いかかった。
「くっ……!」
レオンは、深手を負いながらも、その重い一撃を必死で受け止める。だが、体勢が崩れ、後方へとよろめいた。
「させるか!」
アルフォンス様が、流麗な剣技で男の背後を襲う。しかし、男は私を巧みに動かし、アルフォンス様の剣筋を阻んだ。
こうして、本来であれば決して交わることのないはずの二人の戦いが始まった。
傷だらけの騎士と、孤高の公爵。
ぎこちなく、互いに背中を預けることもなく、しかし「私」という一点を守るために、彼らは共通の敵と対峙する。
レオンの剣は、守りに徹しながらも、的確に敵の隙を突く。
アルフォンス様の剣は、王侯貴族に伝わる正統派の剣術そのもので、一つ一つの太刀筋が驚くほどに華麗で美しい。だが、歴戦の傭兵である頭目の、泥臭く老獪な動きの前には、どこか甘さが感じられた。
(このままでは、二人とも……!)
私を盾にされている限り、二人は十全に力を発揮できない。私が、この状況を打開しなければ。
男に担がれ、もがき続ける中で、私の指先が、髪に挿していた一本の銀の髪飾りに触れた。それは、ドレスに合わせてアンナが選んでくれた、先端が鋭く尖った、細工の美しい髪飾りだった。
私は、戦闘の振動に紛れて、そっとそれを引き抜く。
そして、好機を待った。
アルフォンス様が男の体勢を崩し、男が体勢を立て直そうと、私を担ぐ腕の力が、ほんの一瞬だけ緩んだ。
――今しかない!
私は、隠し持っていた髪飾りを、その腕に、ありったけの憎しみと祈りを込めて、突き立てた。
「ぐっ……!こ、の……小娘がぁっ!」
肉を抉る感触と共に、男が激痛に顔を歪める。
反射的に、男は私を乱暴に突き飛ばした。私は礼拝堂の冷たい大理石の床に強く体を打ち付けたが、構わなかった。
ようやく、自由の身になったのだ。
「アデリナ!」
レオンが叫ぶ。
私が自由になったことで、二人の足枷は外れた。
「覚悟しろ、屑が!」
アルフォンス様が、今度こそ容赦のない剣撃を繰り出す。
レオンも、最後の力を振り絞るように、男の足元を狙って鋭い一閃を放った。
二方向からの同時攻撃。
さすがの頭目も、これには対応しきれない。彼は大きく後方へ飛び退き、距離を取った。
2対1。状況は、明らかにこちらに傾いた。
追い詰められた傭兵は、不敵に笑った。
そして、懐から取り出した小さな骨の笛を、口に当てる。
甲高い、耳をつんざくような音が、礼拝堂に響き渡った。
それは、仲間の傭兵たちを呼び寄せる、集合の合図。
途端に、礼拝堂の外から、複数の荒々しい足音が、どっとこちらへ向かってくるのが分かった。
屋敷の各所で戦っていた傭兵たちが、この場所に集結しつつあるのだ。
「さて、ゲームオーバーですな」
頭目の男は、腕から血を流しながらも、余裕の笑みを崩さない。
「ヴァリエール公爵様ともあろうお方が、このような場所で、手負いの騎士と小娘と共に、野良犬のように死ぬのは、さぞ無念でしょうなあ?」
礼拝堂の扉や、割れたステンドグラスの窓から、次々と黒装束の男たちが姿を現す。
私たちは、完全に包囲されていた。
状況は、一瞬にして、最悪の形へと逆転した。
傷ついた騎士、レオン。
謎多き元婚約者、アルフォンス様。
そして、武器一つ持たない、私。
この絶望的な状況を前に、私たちは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
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