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第二十話:王宮への道
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狩人の小屋の中、私たちは、それぞれの想いを胸に一つの結論に至った。
グランヴェル家を、そして私たち自身の未来を守るため、王宮へ乗り込み、先代公爵の陰謀を暴く。残された時間は、三日。
「まず、作戦を立てましょう」
私がそう切り出すと、三人の視線が私に集まった。
「目的は、謁見の場で、先代公爵が偽りの証拠を提出するのを阻止し、逆に彼の罪を白日の下に晒すこと。そのためには、役割分担が必要です」
私は、頭の中で思考を整理しながら、一人一人に視線を送った。
「レオン、あなたは私の護衛。そして、私たちの剣となってください。これから先、物理的な危険が必ず伴います」
レオンは、黙って力強く頷いた。
「セラ、あなたは私たちの目と耳になって。森の民であるあなたの能力は、誰よりも隠密行動に優れているはず。王宮へ向かう道中の安全確保と、敵の動きを探る斥候をお願いしたいわ」
セラは、「母との約束、果たすまでだ」と静かに応じた。
そして、私はイザベラに向き直った。
「イザベラ、あなたには情報を提供してほしいの。先代公爵が用意しているという偽りの証拠…それがどのような物で、誰が協力者なのか。あなたの知っていること全てが、私たちの武器になる」
イザベラは、しばらく私を値踏みするように見ていたが、やがてふっと息を吐いた。
「……いいわ。あの老いぼれには、私も散々な目に遭わされたからね。協力してあげる。ただし、これはあなたのためじゃない。私自身のためよ」
その言葉は、彼女らしい棘を含んでいたが、今はそれで十分だった。
こうして、あまりにも奇妙な四人の共同戦線が、正式に結成されたのだ。
まずは、一度屋敷に戻る必要があった。レオンの傷の治療も万全ではないし、作戦を練るにも、父が持つ情報とのすり合わせが不可欠だ。
セラと、そして何よりイザベラを屋敷に連れ帰ることは、大きな波紋を呼んだ。父は、私の婚約を破綻させた張本人であるイザベラの顔を見るなり、激怒したが、私が「今は手段を選んでいる時ではありません。彼女の情報が、私たちの命綱なのです」と必死に説得し、なんとか受け入れてもらった。
私のその姿に、父は何も言わず、ただ娘の成長を認めるような、複雑な目をしていた。
屋敷に戻り、レオンは再び侍医の手当てを受け、セラとイザベラは、人目につかないよう、離れの客室に匿われた。
その夜、アルフォンス様から、密かに私宛の手紙が届けられた。
『父が、謁見の日に向けて最終的な準備を整えている。偽の証人の一人として、ロシュバロン子爵の名が挙がっているようだ。あの男は信用ならん。気をつけろ』
やはり、あの男もグルだったのだ。アルフォンス様は、彼自身の目的のために動いている。だが、敵の敵は味方。彼のくれる情報は、今は何よりも貴重だった。
手紙の最後には、走り書きのように、こう添えられていた。
『――無茶はするな』
その一言に、彼の複雑な心情が垣間見え、私の胸はちくりと痛んだ。
出発の前夜、私は治療を受けているレオンの部屋を訪れた。眠っている彼の顔は、いつもよりずっと幼く見える。
そばにいるだけで、心が安らぐ。いつから、私の中で彼の存在は、これほどまでに大きくなっていたのだろう。
「……アデリナ?」
私が彼の髪にそっと触れると、レオンがうっすらと目を開けた。
「起こしてしまったかしら。ごめんなさい」
「いや……。お前が来てくれて、嬉しい」
彼は、ゆっくりと体を起こした。私は、意を決して切り出す。
「明日、私たちは王宮へ向かうわ。危険な旅になる。だから、レオン、あなたはここに残って、傷を癒してちょうだい」
私の言葉に、レオンの表情が一変した。
「冗談じゃない」
彼は、怪我の痛みも忘れたかのように、力強い声で言った。
「お前が行くところに、俺が行かないわけがないだろう。そんなことのために、今まで生きてきたんじゃない」
「でも、あなたの体が心配なの!これ以上、あなたに傷ついてほしくない……!」
思わず、本音が溢れ出ていた。
私のその言葉を聞いて、レオンは、驚いたように目を丸くし、そして、たまらなく愛おしそうな顔で、私の手を取った。
「俺は、お前を失うことの方が、よほど怖い。だから、行かせてくれ。お前の隣で、お前を守らせてくれ」
彼の真剣な瞳に見つめられ、私はもう、何も言えなかった。彼の決意は、どんな言葉でも覆すことはできないだろう。
私は、彼の手に、そっと自分の手を重ねた。
「……分かったわ。でも、約束して。必ず、二人で、生きて屋敷に帰りましょう」
「ああ、約束だ」
私たちは、見つめ合い、静かに頷いた。言葉は少なくとも、心は固く結ばれている。それだけで、十分だった。
そして、謁見の日まで、あと二日と迫った夜。
私、レオン、そして斥候役のセラの三人は、夜陰に紛れて、グランヴェル家の屋敷を静かに出発した。
イザベラは、顔が割れているため、屋敷に残って情報の分析と伝達に徹してくれることになった。
父は、何も知らないふりをして、書斎の窓から、じっと私たちの姿を見送っている。その背中が、私たちに無事を祈ってくれているようで、胸が熱くなった。
馬にまたがり、王都へと続く道を見据える。
その先には、この国の権力の頂点、王宮がある。そして、そこには、私たちの全てを奪おうとする、巨大な敵が待ち構えている。
(待っていなさい、先代公爵)
私は、心の中で強く呟いた。
(あなたの嘘を、偽りを、この私が、白日の下に晒してあげる)
グランヴェル家の薔薇は、もはや温室で守られるだけの花ではない。
自らの棘で、運命を切り拓く時が、来たのだ。
グランヴェル家を、そして私たち自身の未来を守るため、王宮へ乗り込み、先代公爵の陰謀を暴く。残された時間は、三日。
「まず、作戦を立てましょう」
私がそう切り出すと、三人の視線が私に集まった。
「目的は、謁見の場で、先代公爵が偽りの証拠を提出するのを阻止し、逆に彼の罪を白日の下に晒すこと。そのためには、役割分担が必要です」
私は、頭の中で思考を整理しながら、一人一人に視線を送った。
「レオン、あなたは私の護衛。そして、私たちの剣となってください。これから先、物理的な危険が必ず伴います」
レオンは、黙って力強く頷いた。
「セラ、あなたは私たちの目と耳になって。森の民であるあなたの能力は、誰よりも隠密行動に優れているはず。王宮へ向かう道中の安全確保と、敵の動きを探る斥候をお願いしたいわ」
セラは、「母との約束、果たすまでだ」と静かに応じた。
そして、私はイザベラに向き直った。
「イザベラ、あなたには情報を提供してほしいの。先代公爵が用意しているという偽りの証拠…それがどのような物で、誰が協力者なのか。あなたの知っていること全てが、私たちの武器になる」
イザベラは、しばらく私を値踏みするように見ていたが、やがてふっと息を吐いた。
「……いいわ。あの老いぼれには、私も散々な目に遭わされたからね。協力してあげる。ただし、これはあなたのためじゃない。私自身のためよ」
その言葉は、彼女らしい棘を含んでいたが、今はそれで十分だった。
こうして、あまりにも奇妙な四人の共同戦線が、正式に結成されたのだ。
まずは、一度屋敷に戻る必要があった。レオンの傷の治療も万全ではないし、作戦を練るにも、父が持つ情報とのすり合わせが不可欠だ。
セラと、そして何よりイザベラを屋敷に連れ帰ることは、大きな波紋を呼んだ。父は、私の婚約を破綻させた張本人であるイザベラの顔を見るなり、激怒したが、私が「今は手段を選んでいる時ではありません。彼女の情報が、私たちの命綱なのです」と必死に説得し、なんとか受け入れてもらった。
私のその姿に、父は何も言わず、ただ娘の成長を認めるような、複雑な目をしていた。
屋敷に戻り、レオンは再び侍医の手当てを受け、セラとイザベラは、人目につかないよう、離れの客室に匿われた。
その夜、アルフォンス様から、密かに私宛の手紙が届けられた。
『父が、謁見の日に向けて最終的な準備を整えている。偽の証人の一人として、ロシュバロン子爵の名が挙がっているようだ。あの男は信用ならん。気をつけろ』
やはり、あの男もグルだったのだ。アルフォンス様は、彼自身の目的のために動いている。だが、敵の敵は味方。彼のくれる情報は、今は何よりも貴重だった。
手紙の最後には、走り書きのように、こう添えられていた。
『――無茶はするな』
その一言に、彼の複雑な心情が垣間見え、私の胸はちくりと痛んだ。
出発の前夜、私は治療を受けているレオンの部屋を訪れた。眠っている彼の顔は、いつもよりずっと幼く見える。
そばにいるだけで、心が安らぐ。いつから、私の中で彼の存在は、これほどまでに大きくなっていたのだろう。
「……アデリナ?」
私が彼の髪にそっと触れると、レオンがうっすらと目を開けた。
「起こしてしまったかしら。ごめんなさい」
「いや……。お前が来てくれて、嬉しい」
彼は、ゆっくりと体を起こした。私は、意を決して切り出す。
「明日、私たちは王宮へ向かうわ。危険な旅になる。だから、レオン、あなたはここに残って、傷を癒してちょうだい」
私の言葉に、レオンの表情が一変した。
「冗談じゃない」
彼は、怪我の痛みも忘れたかのように、力強い声で言った。
「お前が行くところに、俺が行かないわけがないだろう。そんなことのために、今まで生きてきたんじゃない」
「でも、あなたの体が心配なの!これ以上、あなたに傷ついてほしくない……!」
思わず、本音が溢れ出ていた。
私のその言葉を聞いて、レオンは、驚いたように目を丸くし、そして、たまらなく愛おしそうな顔で、私の手を取った。
「俺は、お前を失うことの方が、よほど怖い。だから、行かせてくれ。お前の隣で、お前を守らせてくれ」
彼の真剣な瞳に見つめられ、私はもう、何も言えなかった。彼の決意は、どんな言葉でも覆すことはできないだろう。
私は、彼の手に、そっと自分の手を重ねた。
「……分かったわ。でも、約束して。必ず、二人で、生きて屋敷に帰りましょう」
「ああ、約束だ」
私たちは、見つめ合い、静かに頷いた。言葉は少なくとも、心は固く結ばれている。それだけで、十分だった。
そして、謁見の日まで、あと二日と迫った夜。
私、レオン、そして斥候役のセラの三人は、夜陰に紛れて、グランヴェル家の屋敷を静かに出発した。
イザベラは、顔が割れているため、屋敷に残って情報の分析と伝達に徹してくれることになった。
父は、何も知らないふりをして、書斎の窓から、じっと私たちの姿を見送っている。その背中が、私たちに無事を祈ってくれているようで、胸が熱くなった。
馬にまたがり、王都へと続く道を見据える。
その先には、この国の権力の頂点、王宮がある。そして、そこには、私たちの全てを奪おうとする、巨大な敵が待ち構えている。
(待っていなさい、先代公爵)
私は、心の中で強く呟いた。
(あなたの嘘を、偽りを、この私が、白日の下に晒してあげる)
グランヴェル家の薔薇は、もはや温室で守られるだけの花ではない。
自らの棘で、運命を切り拓く時が、来たのだ。
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