【完結】グランヴェルの薔薇

シマセイ

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第二十二話:謁見の日

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決戦の朝は、嵐の前の静けさに満ちていた。
王都の隠れ家で、私たちは緊張した面持ちで最後の準備を整える。窓の外から聞こえてくる王都の目覚めの喧騒が、まるで戦いの始まりを告げるゴングのように聞こえた。

私は、この日のために密かに用意させていた、一着のドレスに身を包んだ。
それは、かつての夜会で着た純白のドレスでも、森へ向かった時の乗馬服でもない。グランヴェル家の誇りを象徴する、夜の湖のように深い青色のドレス。華美な装飾はないが、その気品ある佇まいは、見る者を圧倒する力を持っていた。今の私に、守られるだけの純白はもう似合わない。

「アデリナ……」

正装の騎士服を身にまとったレオンが、息を呑んで私の名前を呼んだ。彼の瞳には、深い愛情と、そして絶対的な信頼の色が浮かんでいる。

「必ず、お前を守り抜く。何があっても」

「ええ、信じているわ、レオン」

私たちは、言葉少なに見つめ合う。
セラは、王宮へは入れない。彼女は王都の地理を活かし、万が一の際の脱出路の確保と、外部からの支援に徹してくれることになっていた。「幸運を祈る」と短く告げた彼女の瞳は、誰よりも強く私たちの勝利を信じてくれていた。

準備を終えた私とレオンは、グランヴェル伯爵家の正式な代理人として、一台の馬車に乗り込んだ。父は病を理由に屋敷に残り、全てを私に託してくれた。その信頼が、私の背中を押す。

馬車は、堂々と王宮の正門をくぐる。
謁見の間へと続く、磨き上げられた大理石の廊下。そこは、見えない刃が交差する戦場だった。すれ違う貴族たちが、私に好奇と侮蔑、そして少しの恐怖が入り混じった視線を投げかけ、ひそひそと囁き合う。
婚約破棄スキャンダルの渦中の令嬢が、なぜこの場にいるのかと。

その、無数の視線の中、私は前だけを見据えて歩いた。
廊下の角を曲がった時、向かいから歩いてくる一行と、鉢合わせになった。
先代ヴァリエール公爵。そして、その後ろに控えるようにして立つ、アルフォンス様。

すれ違う瞬間、アルフォンス様と、私の視線が一瞬だけ交わった。彼は、表情を変えずに、ほんのわずか、私にだけ分かるように小さく頷いた。
それは、「計画通りに進めろ」という合図のようでもあり、「気をつけろ」という警告のようでもあった。敵であり、味方でもある、奇妙な共犯者。私たちは、互いの胸の内を探るように視線を交わし、そして、無言のまま別れた。

やがて、謁見の間へとたどり着く。
そこは、荘厳で、張り詰めた空気に満ちていた。玉座に座る国王陛下と、その周りを固める重臣たち。私とレオンは、末席に近い場所に静かに腰を下ろした。

いくつかの議題が形式的に進められた後、ついに、その時が来た。
先代ヴァリエール公爵が、ゆっくりと玉座の前へと進み出た。

「陛下。本日は、この国の安寧を根底から揺るがす、重大な事実をご報告したく、参上いたしました」

その重々しい口上に、謁見の間がざわつく。

「確かな筋からの情報によりますと、グランヴェル伯爵が、あろうことか王家に対して反旗を翻し、反逆を企てております!」

その言葉は、爆弾のようにホールに響き渡った。
彼は、証拠として、巧妙に捏造されたグランヴェル伯爵の署名入りの『密書』を、恭しく国王へと提出する。

「な……!グランヴェル伯爵が、反逆だと!?」
「ヴァリエール公爵家との婚約を破棄したのも、その準備だったというのか……」

貴族たちが騒然となる中、国王陛下も険しい表情でその密書に目を通している。
先代公爵は、追い打ちをかけるように、証人としてロシュバロン子爵を呼び出した。

「証人、ロシュバロン子爵、前へ」

ロシュバロン子爵は、まるで恐怖に震える善良な市民を演じるかのように、玉座の前へ進み出た。そして、涙ながらに、グランヴェル伯爵から反逆計画の誘いを受けたと、嘘の証言を始める。
完璧な筋書き。もはや、グランヴェル家の破滅は決定的に見えた。

全ての貴族が、私たちの終わりを確信した、その時だった。

「お待ちくださいませ、陛下」

凛とした、しかしどこかか弱い響きを持った声が、静寂を破った。
私が、静かに立ち上がっていた。

全ての視線が、一斉に私へと集中する。
国王が、いぶかしげな目で私を見下ろした。

「……グランヴェル家の令嬢か。何か、申し開きでもあるというのか」

私は、わざと恐怖に震えるか弱い令嬢の仮面を被り、今にも泣き出しそうな表情で、玉座へと進み出た。

「お父様が、そのような大それたことを企むなど、到底信じられません……。きっと、これは、何か、何かの間違いでございます……」

私のその哀れな姿に、貴族たちの中から、憐れむような溜息が漏れる。先代公爵も、まさか私がこのような形で出てくるとは思わなかったのか、油断しきった、嘲るような笑みを浮かべていた。

私は、涙を浮かべた瞳で、先代公爵を見上げた。

「ですが、ヴァリエール公爵様のおっしゃること……一つだけ、心当たりがございますの」

「ほう?申してみよ」

私の予想外の言葉に、先代公爵が興味深げに応じる。
私は、ここぞとばかりに、さらにか弱い声で続けた。

「公爵様が先ほどおっしゃられた、『不正』ということについてでございますが……。もしかして、こちらの古文書に書かれておりますようなことでは、ございませんでしょうか?」

私は、後ろに控えていたレオンに合図を送る。
レオンが、セラが命がけで持ち帰った、古文書の写しを恭しく捧げ持ってきた。

「これは、数十年前に王立鉱山の取引に関して記録された、王宮の正式な古文書の写しにございます。ヴァリエール公爵家が、どのようにしてその莫大な富を築き上げ……そして、その裏で、何人もの人々が、不審な死を遂げたかが、ここに詳しく記されておりました」

私は、反逆罪への直接的な弁明はしなかった。
その代わりに、告発者である先代公爵自身の、血塗られた過去の罪を、この謁見の間の中央に、堂々と突きつけたのだ。

予期せぬ角度からの反撃に、先代公爵と、その隣に立つロシュバロン子爵の顔から、さっと血の気が引いていく。
謁見の間は、先ほどとは比べ物にならないほどの、巨大な衝撃と混乱に包まれた。
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