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第4話:黒い帳簿と銀色の髪
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悪徳商人ゲルハルトの失脚は、バルムの街に小さくない波紋を広げた。
表向きは「何者かによる夜盗の仕業」とされたが、不正な税の取り立てに苦しんでいた人々は、「赤狼の牙」の義賊としての噂を囁き合った。
そして、その作戦の中心にいたアリアンナは、アジトの仲間たちから一目置かれる存在となっていた。
「アリア、あんた本当にすごいじゃないか!
あのゲルハルトを出し抜くなんてさ!」
ミラは自分のことのように興奮してアリアンナの手を握る。
「運が良かっただけよ。
それに、みんなの協力があってこそだわ」
アリアンナは控えめに答えたが、その表情には確かな自信が宿っていた。
カインも、ぶっきらぼうながらアリアンナの働きを認めているようだった。
「まあ、あの状況で帳簿を持ち帰ったのは評価してやる。
だが、調子に乗るなよ」
「分かってるわよ、カイン。
私の本当の戦いは、まだ始まったばかりなんだから」
アリアンナの視線は、すでに次の獲物を見据えていた。
ゲルハルトから奪った帳簿は、ただの不正の記録ではなかった。
アリアンナはミラと共に、何日もかけてその黒い帳簿を徹底的に調べ上げた。
インクの染みや、かすれた文字、隠された覚書までも見逃さずに。
「見て、アリア!
この部分、ゲルハルトが定期的に『B卿』という人物に多額の金品を送っている記録があるわ!」
ミラが興奮した声を上げる。
帳簿の隅に、暗号めいた記述で残されていたその記録。
「B卿…。
ブラウンシュバイク公爵家のことかしら…?」
アリアンナの胸が高鳴る。
エドワードの家門だ。
もし、ブラウンシュバイク公爵家がゲルハルトのような悪徳商人と裏で繋がっていたとしたら、それは大きなスキャンダルになる。
「間違いないわ。
時期と金額から考えても、エドワード様の父親である現ブラウンシュバイク公爵の可能性が高い。
彼らは、表向きは清廉潔白を装っているけれど、裏では汚い金儲けに手を染めていたのね」
アリアンナの唇に、冷たい笑みが浮かぶ。
さらに帳簿を調べていくと、シュヴァルツローゼ男爵家、つまりリリアの家に関する記述も出てきた。
それは、ある港町での密貿易に関わるもので、詳細までは記されていなかったが、違法な取引に手を出していることを匂わせる内容だった。
「リリアの家も、やはり清いだけではなかったのね。
あの女の狡猾さは、父親譲りなのかしら」
アリアンナは憎々しげに呟く。
エドワードとリリア。
彼らを破滅させるための武器が、少しずつ集まり始めていた。
「リーダー、報告があります」
アリアンナはヴォルフの元へ向かい、帳簿から得られた情報を伝えた。
「ほう、ブラウンシュバイク公爵家とシュヴァルツローゼ男爵家か。
どちらも王都では羽振りを利かせている貴族だな。
特にブラウンシュバイク公爵は、次期宰相の呼び声も高い」
ヴォルフは腕を組み、思案顔になる。
「もし、彼らの不正を暴くことができれば、私たちの活動にとっても大きな意味を持つことになるでしょう。
そして、私の復讐も…」
「焦るな、アリア。
相手は大物だ。
下手に手を出せば、こちらが火傷するだけでは済まん」
ヴォルフはアリアンナを諌めるが、その目には新たな獲物を見つけた狩人のような光が宿っていた。
「まずは、さらなる情報収集が必要だ。
特に、シュヴァルツローゼ男爵家が関わっているという密貿易。
その実態を掴めれば、大きな突破口になるかもしれん」
ヴォルフはそう言うと、アリアンナに新たな任務を命じた。
その港町には、「海の宝石」と呼ばれる高級娼館があり、そこには様々な情報が集まるという。
貴族や裕福な商人たちが夜な夜な集い、酒と女に溺れながら、秘密の会話を交わす場所。
「お前には、その『海の宝石』に潜入してもらう。
客としてではなく、働く女としてな」
「また…私がですか?」
アリアンナはわずかに顔をしかめた。
踊り子の次は、娼婦まがいの役回り。
いくら目的のためとはいえ、元貴族令嬢としてのプライドが、かすかに疼く。
「お前のその銀色の髪と紫の瞳は、一度見たら忘れられない。
だが、それを逆手に取ることもできる。
『海の宝石』の女主人に気に入られれば、奥深くに入り込めるかもしれん。
もちろん、無理強いはしない。
だが、これはお前の復讐にも繋がる道だ」
ヴォルフの言葉は、アリアンナの迷いを打ち砕いた。
「…やりますわ。
どんな役でもこなしてみせます。
私の髪の色が目立つというなら、それを利用して、あの女たちの度肝を抜いてやるくらいで丁度いいわ」
アリアンナは不敵な笑みを浮かべた。
数日後、アリアンナはミラの手によって、再び大きく姿を変えた。
銀色の髪はあえて隠さず、高価だが品の良い、しかしどこか影のある異国の踊り子を装った。
紫色の瞳は、愁いを帯びたような、それでいて芯の強さを感じさせる独特の魅力を放っている。
「海の宝石」は、その名の通り、きらびやかで退廃的な雰囲気に満ちていた。
アリアンナは「ルナ」という偽名を使い、女主人に面会を申し込む。
女主人は、年の頃五十代ほどで、酸いも甘いも噛み分けたような鋭い目つきの女性だった。
「ほう、珍しい髪の色だねぇ。
それに、その瞳…ただの田舎娘じゃなさそうだ」
女主人はアリアンナを頭のてっぺんからつま先まで品定めするように眺める。
「訳あって、流れ着いた者です。
ここでなら、私の芸もいくらかの金になると聞きました」
アリアンナは、異国のアクセントを混ぜながら、しおらしい態度で答えた。
しかし、その瞳の奥の光は隠せない。
「芸ねぇ…どんなことができるんだい?」
「歌と踊り、そして…殿方のお話相手くらいなら」
アリアンナは、かつて宮廷で学んだ歌や踊りの一部を披露した。
それは、そこらの娼婦が付け焼き刃で覚えたものとは明らかにレベルが違う、洗練されたものだった。
女主人の目が、わずかに見開かれる。
「…いいだろう。
お前を試用期間として雇ってやる。
だが、ここでは客が神様だ。
どんな無理難題を言われても、笑顔で応えるんだよ。
それができないなら、すぐに叩き出すからね」
「肝に銘じます」
こうして、アリアンナは「海の宝石」の一員となった。
昼間は他の女たちと共に雑用をこなし、夜になると、客の待つ部屋へと送り出される。
酒を注ぎ、歌い、踊り、そして客たちの猥談や自慢話に耳を傾ける。
時には、体に触れようとする下品な客もいたが、アリアンナは巧みにかわし、決して一線は越えさせなかった。
その凛とした態度と、どこか謎めいた美しさが、逆に一部の客たちの間で評判を呼び始めた。
「あの銀髪のルナって娘、なかなか手強いらしいぜ」
「だが、それがまたそそるじゃないか」
そんな噂が、アリアンナの耳にも届く。
彼女の狙いは、シュヴァルツローゼ男爵家と繋がりのある人物に接触することだった。
そして、数日が過ぎたある夜、ついにその機会が訪れる。
女主人がアリアンナを呼び、ある重要な客の相手をするよう命じたのだ。
「今夜の客は、シュヴァルツローゼ男爵様の側近の方だ。
機嫌を損ねるようなことがあったら、ただじゃおかないよ」
女主人の言葉に、アリアンナの心臓が早鐘を打った。
ついに、リリアの家の核心に近づけるかもしれない。
客の待つ部屋に入ると、そこには中年の小太りな男が一人、酒を飲みながら待っていた。
男はアリアンナの姿を認めると、いやらしい笑みを浮かべる。
「おお、君が噂のルナか。
美しい銀髪だな…まるで月の光のようだ」
男はアリアンナの手を取り、自分の隣に座らせる。
「(こいつが、シュヴァルツローゼの側近…)」
アリアンナは内心で舌打ちしながらも、営業用の笑みを浮かべた。
酒を注ぎ、世間話をしながら、慎重に情報を引き出そうと試みる。
男は酒が進むにつれて口が軽くなり、シュヴァルツローゼ男爵家の内情や、最近の「儲け話」について得意げに語り始めた。
その中には、港での密貿易に関する具体的な内容も含まれていた。
「(間違いない…これが証拠になる!)」
アリアンナがさらに情報を引き出そうとした、その時だった。
男が突然、アリアンナの肩を強く抱き寄せ、その唇を奪おうとしてきた。
「さあ、ルナ。
いつまでもつれないことを言っていないで、もっと楽しませてくれよ」
男の吐息が、酒臭くアリアンナの顔にかかる。
アリアンナは反射的に男を突き飛ばそうとしたが、その手が止まった。
ここで騒ぎを起こせば、全てが水の泡になる。
「(我慢しなさい、アリアンナ…これも復讐のため…!)」
しかし、男の手はアリアンナの衣装の合わせ目に伸び、肌を露わにしようとしていた。
その瞬間。
「そこまでだ、豚野郎」
部屋の扉が蹴破られ、カインが立っていた。
その手には、抜き身の剣が握られている。
「な、何だお前は!?」
側近の男が驚愕の声を上げる。
「お嬢さんを迎えに来た。
少しばかり、お喋りが過ぎたようだな」
カインは冷たく言い放つと、あっという間に男を打ちのめした。
アリアンナは呆然としながらも、カインの背中に隠れるように立ち上がる。
「どうして…あなたがここに?」
「リーダーの命令だ。
お前一人では危険すぎるとな。
…まあ、俺も心配だったんでな」
カインはぶっきらぼうに言うと、アリアンナの手を掴んだ。
「行くぞ!
ここの連中が気づく前にずらかる!」
二人は「海の宝石」の追っ手を振り切り、夜の闇へと姿を消した。
アジトに戻ると、ヴォルフが待っていた。
「情報は取れたか?」
「はい、これに…」
アリアンナは、男から聞いた情報を書き留めた羊皮紙を差し出す。
それは、シュヴァルツローゼ男爵家の破滅に繋がる、重要な証拠となるはずだった。
「よくやった、アリア。
だが、お前は少し無茶をしすぎだ。
復讐は焦っても良い結果は生まれんぞ」
ヴォルフの言葉は厳しかったが、その奥にはアリアンナを気遣う色が滲んでいた。
「…申し訳ありませんでした」
アリアンナは素直に頭を下げた。
今回の件で、自分の未熟さと、仲間の大切さを改めて痛感した。
そして、エドワードとリリアへの憎しみが、さらに強く、深く、彼女の心に刻まれた。
彼らを社会的に抹殺するだけでは足りない。
彼らが最も大切にしているものを、この手で奪い取り、絶望の淵に叩き落としてやる。
アリアンナの紫色の瞳は、もはや貴族令嬢のそれではなく、獲物を狙う狼のように、鋭く冷たい光を湛えていた。
表向きは「何者かによる夜盗の仕業」とされたが、不正な税の取り立てに苦しんでいた人々は、「赤狼の牙」の義賊としての噂を囁き合った。
そして、その作戦の中心にいたアリアンナは、アジトの仲間たちから一目置かれる存在となっていた。
「アリア、あんた本当にすごいじゃないか!
あのゲルハルトを出し抜くなんてさ!」
ミラは自分のことのように興奮してアリアンナの手を握る。
「運が良かっただけよ。
それに、みんなの協力があってこそだわ」
アリアンナは控えめに答えたが、その表情には確かな自信が宿っていた。
カインも、ぶっきらぼうながらアリアンナの働きを認めているようだった。
「まあ、あの状況で帳簿を持ち帰ったのは評価してやる。
だが、調子に乗るなよ」
「分かってるわよ、カイン。
私の本当の戦いは、まだ始まったばかりなんだから」
アリアンナの視線は、すでに次の獲物を見据えていた。
ゲルハルトから奪った帳簿は、ただの不正の記録ではなかった。
アリアンナはミラと共に、何日もかけてその黒い帳簿を徹底的に調べ上げた。
インクの染みや、かすれた文字、隠された覚書までも見逃さずに。
「見て、アリア!
この部分、ゲルハルトが定期的に『B卿』という人物に多額の金品を送っている記録があるわ!」
ミラが興奮した声を上げる。
帳簿の隅に、暗号めいた記述で残されていたその記録。
「B卿…。
ブラウンシュバイク公爵家のことかしら…?」
アリアンナの胸が高鳴る。
エドワードの家門だ。
もし、ブラウンシュバイク公爵家がゲルハルトのような悪徳商人と裏で繋がっていたとしたら、それは大きなスキャンダルになる。
「間違いないわ。
時期と金額から考えても、エドワード様の父親である現ブラウンシュバイク公爵の可能性が高い。
彼らは、表向きは清廉潔白を装っているけれど、裏では汚い金儲けに手を染めていたのね」
アリアンナの唇に、冷たい笑みが浮かぶ。
さらに帳簿を調べていくと、シュヴァルツローゼ男爵家、つまりリリアの家に関する記述も出てきた。
それは、ある港町での密貿易に関わるもので、詳細までは記されていなかったが、違法な取引に手を出していることを匂わせる内容だった。
「リリアの家も、やはり清いだけではなかったのね。
あの女の狡猾さは、父親譲りなのかしら」
アリアンナは憎々しげに呟く。
エドワードとリリア。
彼らを破滅させるための武器が、少しずつ集まり始めていた。
「リーダー、報告があります」
アリアンナはヴォルフの元へ向かい、帳簿から得られた情報を伝えた。
「ほう、ブラウンシュバイク公爵家とシュヴァルツローゼ男爵家か。
どちらも王都では羽振りを利かせている貴族だな。
特にブラウンシュバイク公爵は、次期宰相の呼び声も高い」
ヴォルフは腕を組み、思案顔になる。
「もし、彼らの不正を暴くことができれば、私たちの活動にとっても大きな意味を持つことになるでしょう。
そして、私の復讐も…」
「焦るな、アリア。
相手は大物だ。
下手に手を出せば、こちらが火傷するだけでは済まん」
ヴォルフはアリアンナを諌めるが、その目には新たな獲物を見つけた狩人のような光が宿っていた。
「まずは、さらなる情報収集が必要だ。
特に、シュヴァルツローゼ男爵家が関わっているという密貿易。
その実態を掴めれば、大きな突破口になるかもしれん」
ヴォルフはそう言うと、アリアンナに新たな任務を命じた。
その港町には、「海の宝石」と呼ばれる高級娼館があり、そこには様々な情報が集まるという。
貴族や裕福な商人たちが夜な夜な集い、酒と女に溺れながら、秘密の会話を交わす場所。
「お前には、その『海の宝石』に潜入してもらう。
客としてではなく、働く女としてな」
「また…私がですか?」
アリアンナはわずかに顔をしかめた。
踊り子の次は、娼婦まがいの役回り。
いくら目的のためとはいえ、元貴族令嬢としてのプライドが、かすかに疼く。
「お前のその銀色の髪と紫の瞳は、一度見たら忘れられない。
だが、それを逆手に取ることもできる。
『海の宝石』の女主人に気に入られれば、奥深くに入り込めるかもしれん。
もちろん、無理強いはしない。
だが、これはお前の復讐にも繋がる道だ」
ヴォルフの言葉は、アリアンナの迷いを打ち砕いた。
「…やりますわ。
どんな役でもこなしてみせます。
私の髪の色が目立つというなら、それを利用して、あの女たちの度肝を抜いてやるくらいで丁度いいわ」
アリアンナは不敵な笑みを浮かべた。
数日後、アリアンナはミラの手によって、再び大きく姿を変えた。
銀色の髪はあえて隠さず、高価だが品の良い、しかしどこか影のある異国の踊り子を装った。
紫色の瞳は、愁いを帯びたような、それでいて芯の強さを感じさせる独特の魅力を放っている。
「海の宝石」は、その名の通り、きらびやかで退廃的な雰囲気に満ちていた。
アリアンナは「ルナ」という偽名を使い、女主人に面会を申し込む。
女主人は、年の頃五十代ほどで、酸いも甘いも噛み分けたような鋭い目つきの女性だった。
「ほう、珍しい髪の色だねぇ。
それに、その瞳…ただの田舎娘じゃなさそうだ」
女主人はアリアンナを頭のてっぺんからつま先まで品定めするように眺める。
「訳あって、流れ着いた者です。
ここでなら、私の芸もいくらかの金になると聞きました」
アリアンナは、異国のアクセントを混ぜながら、しおらしい態度で答えた。
しかし、その瞳の奥の光は隠せない。
「芸ねぇ…どんなことができるんだい?」
「歌と踊り、そして…殿方のお話相手くらいなら」
アリアンナは、かつて宮廷で学んだ歌や踊りの一部を披露した。
それは、そこらの娼婦が付け焼き刃で覚えたものとは明らかにレベルが違う、洗練されたものだった。
女主人の目が、わずかに見開かれる。
「…いいだろう。
お前を試用期間として雇ってやる。
だが、ここでは客が神様だ。
どんな無理難題を言われても、笑顔で応えるんだよ。
それができないなら、すぐに叩き出すからね」
「肝に銘じます」
こうして、アリアンナは「海の宝石」の一員となった。
昼間は他の女たちと共に雑用をこなし、夜になると、客の待つ部屋へと送り出される。
酒を注ぎ、歌い、踊り、そして客たちの猥談や自慢話に耳を傾ける。
時には、体に触れようとする下品な客もいたが、アリアンナは巧みにかわし、決して一線は越えさせなかった。
その凛とした態度と、どこか謎めいた美しさが、逆に一部の客たちの間で評判を呼び始めた。
「あの銀髪のルナって娘、なかなか手強いらしいぜ」
「だが、それがまたそそるじゃないか」
そんな噂が、アリアンナの耳にも届く。
彼女の狙いは、シュヴァルツローゼ男爵家と繋がりのある人物に接触することだった。
そして、数日が過ぎたある夜、ついにその機会が訪れる。
女主人がアリアンナを呼び、ある重要な客の相手をするよう命じたのだ。
「今夜の客は、シュヴァルツローゼ男爵様の側近の方だ。
機嫌を損ねるようなことがあったら、ただじゃおかないよ」
女主人の言葉に、アリアンナの心臓が早鐘を打った。
ついに、リリアの家の核心に近づけるかもしれない。
客の待つ部屋に入ると、そこには中年の小太りな男が一人、酒を飲みながら待っていた。
男はアリアンナの姿を認めると、いやらしい笑みを浮かべる。
「おお、君が噂のルナか。
美しい銀髪だな…まるで月の光のようだ」
男はアリアンナの手を取り、自分の隣に座らせる。
「(こいつが、シュヴァルツローゼの側近…)」
アリアンナは内心で舌打ちしながらも、営業用の笑みを浮かべた。
酒を注ぎ、世間話をしながら、慎重に情報を引き出そうと試みる。
男は酒が進むにつれて口が軽くなり、シュヴァルツローゼ男爵家の内情や、最近の「儲け話」について得意げに語り始めた。
その中には、港での密貿易に関する具体的な内容も含まれていた。
「(間違いない…これが証拠になる!)」
アリアンナがさらに情報を引き出そうとした、その時だった。
男が突然、アリアンナの肩を強く抱き寄せ、その唇を奪おうとしてきた。
「さあ、ルナ。
いつまでもつれないことを言っていないで、もっと楽しませてくれよ」
男の吐息が、酒臭くアリアンナの顔にかかる。
アリアンナは反射的に男を突き飛ばそうとしたが、その手が止まった。
ここで騒ぎを起こせば、全てが水の泡になる。
「(我慢しなさい、アリアンナ…これも復讐のため…!)」
しかし、男の手はアリアンナの衣装の合わせ目に伸び、肌を露わにしようとしていた。
その瞬間。
「そこまでだ、豚野郎」
部屋の扉が蹴破られ、カインが立っていた。
その手には、抜き身の剣が握られている。
「な、何だお前は!?」
側近の男が驚愕の声を上げる。
「お嬢さんを迎えに来た。
少しばかり、お喋りが過ぎたようだな」
カインは冷たく言い放つと、あっという間に男を打ちのめした。
アリアンナは呆然としながらも、カインの背中に隠れるように立ち上がる。
「どうして…あなたがここに?」
「リーダーの命令だ。
お前一人では危険すぎるとな。
…まあ、俺も心配だったんでな」
カインはぶっきらぼうに言うと、アリアンナの手を掴んだ。
「行くぞ!
ここの連中が気づく前にずらかる!」
二人は「海の宝石」の追っ手を振り切り、夜の闇へと姿を消した。
アジトに戻ると、ヴォルフが待っていた。
「情報は取れたか?」
「はい、これに…」
アリアンナは、男から聞いた情報を書き留めた羊皮紙を差し出す。
それは、シュヴァルツローゼ男爵家の破滅に繋がる、重要な証拠となるはずだった。
「よくやった、アリア。
だが、お前は少し無茶をしすぎだ。
復讐は焦っても良い結果は生まれんぞ」
ヴォルフの言葉は厳しかったが、その奥にはアリアンナを気遣う色が滲んでいた。
「…申し訳ありませんでした」
アリアンナは素直に頭を下げた。
今回の件で、自分の未熟さと、仲間の大切さを改めて痛感した。
そして、エドワードとリリアへの憎しみが、さらに強く、深く、彼女の心に刻まれた。
彼らを社会的に抹殺するだけでは足りない。
彼らが最も大切にしているものを、この手で奪い取り、絶望の淵に叩き落としてやる。
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2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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