銀狼の復讐姫 ~偽りの愛に裁きを~

シマセイ

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第7話:銀狼、牙を研ぐ

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エドワードが隣国のクラウディア姫と手を組み、自らの野望のためにアリアンナの抹殺さえも考えていたという事実は、アジトの仲間たちにも大きな衝撃を与えた。

それはもはや、アリアンナ個人の復讐心だけの問題ではなく、「赤狼の牙」が掲げる「腐った貴族への鉄槌」という大義にも関わるものだった。

「ブラウンシュバイク公爵家…王国内でも最大級の権門だ。
奴らに本気で喧嘩を売るとなれば、我々も相応の覚悟が必要になるぞ」

ヴォルフは作戦室のテーブルに置かれた王都の地図を睨みながら、重々しく言った。

その言葉には、これまでのどの敵よりも強大な相手と対峙することへの緊張感が滲んでいる。

「分かっています。
ですが、ヴォルフ。
私はもう引き返せません。
エドワードは、私の全てを奪っただけでなく、私の存在そのものを消し去ろうとしている。
これ以上、あの男の好き勝手にはさせたくないのです」

アリアンナの紫色の瞳は、決然とした光を宿していた。

その覚悟は、ヴォルフにも、そしてカインやミラにも痛いほど伝わってくる。

「…いいだろう。
『赤狼の牙』は、お前のその牙を研ぐ砥石となろう。
エドワード・フォン・ブラウンシュバイクの首に、その牙が届くまでな」

ヴォルフの言葉に、アリアンナは深く頭を下げた。

「ありがとうございます…!」

「だが、焦りは禁物だ。
相手は巨大な熊のようなもの。
正面からぶつかっても勝ち目はない。
まずは情報収集。
奴の弱点、奴が進めている計画の綻び、そして我々が最も効果的に打撃を与えられる場所を探す」

具体的な作戦が練られ始めた。

ミラは、王都の社交界に持つ独自のコネクションを駆使し、エドワードとクラウディア姫の婚約に関する噂や、ブラウンシュバイク公爵家内部の情報を集めることになった。

カインは、公爵家の警備体制やエドワードの行動パターンを探る。

そしてアリアンナは、彼女自身の持つ「元貴族令嬢」という立場を、最大限に利用する方法を模索することになった。

「エドワードは、近々、クラウディア姫との婚約を正式に発表するための夜会を開くという噂があるわ。
その夜会に潜り込み、何か決定的な醜聞を掴めれば…」

ミラが持ち帰った情報の一つに、アリアンナは反応した。

「夜会…ですか。
ブラウンシュバイク公爵家が主催する夜会となれば、警備は厳重でしょう。
簡単には潜り込めませんわ」

「そこがお前の出番だ、アリア。
お前なら、その『元婚約者』という立場を利用して、何か面白いことができるかもしれんぞ?」

カインがニヤリと笑いながら言う。

その言葉に、アリアンナはハッとした。

確かに、自分はエドワードの元婚約者。

その事実は、使い方によっては強力な武器になるかもしれない。

「(あの男が最も得意とする華やかな舞台で、あの男の顔に泥を塗る…それも一興ね)」

アリアンナは、かつて自分が社交界で培った知識と経験を総動員し、エドワードの夜会に潜入し、彼とクラウディア姫の関係に楔を打ち込むための計画を練り始めた。

それは、ただ情報を盗むだけではない、より狡猾で、より精神的なダメージを与えることを目的としたものだった。

数日後、アリアンナはバルムの街の片隅にある小さな仕立て屋を訪れていた。

「赤狼の牙」の協力者の一人が営む店だ。

「お願いしたいドレスがあるのです。
色は…そう、かつて私が最も好んだ、夜空のような深い青。
そして、銀色の刺繍をふんだんに使って欲しいのです。
まるで、月光を浴びた狼のように見えるデザインで」

アリアンナの注文に、仕立て屋の老婆は静かに頷いた。

それは、復讐の舞台でアリアンナが身にまとう、戦いのためのドレスだった。

「銀狼の復讐姫」
その名を体現するかのようなデザイン。

夜会の日は刻一刻と近づいていた。

アリアンナは、潜入のための準備と並行して、剣の訓練にも一層熱が入っていた。

カインとの模擬戦では、以前にも増して動きが鋭くなり、時にはカインを驚かせるほどの太刀筋を見せることもあった。

「お前…最近、剣筋が変わったな。
迷いが消え、殺気が増した」

訓練の後、息を切らすアリアンナにカインが言った。

「そうかしら?
ただ、守るべきものがない代わりに、壊すべきものが明確になっただけよ」

アリアンナは冷ややかに答える。
その横顔は、以前の気高さに加えて、どこか危険な色香を漂わせていた。
カインは、そんなアリアンナから目が離せない自分に気づき、内心で舌打ちする。
彼女の復讐心に共感し、力を貸すと決めたはずなのに、いつの間にか別の感情が芽生え始めている。
それは、この先の戦いにおいて、命取りになりかねない感情だった。

「…気をつけろよ、アリア。
お前は今、刃の上を歩いているようなものだ。
一歩間違えれば、お前自身がその刃で切り裂かれることになる」

カインの言葉には、アリアンナを案じる響きがあった。
アリアンナは、その不器用な優しさに一瞬戸惑いながらも、すぐに表情を引き締めた。

「分かっているわ。
でも、私はもう止まれないの。
この道の先に何が待っていようとも」

夜会当日。
王都のブラウンシュバイク公爵家の邸宅は、まばゆい光と喧騒に包まれていた。
豪華な馬車が次々と到着し、着飾った貴族たちが吸い込まれていく。
その中に、アリアンナの姿もあった。
彼女は、以前ミラが潜入時に使った偽の招待状と、巧妙な変装で、厳重な警備を突破していたのだ。
夜空色のドレスは、彼女の銀色の髪(この日のために元の色に戻してあった)と紫色の瞳を際立たせ、周囲の令嬢たちとは一線を画す神秘的な美しさを放っていた。

「(さあ、ショーの始まりよ、エドワード)」

アリアンナは、かつて慣れ親しんだはずの華やかなホールを見渡し、冷たい笑みを浮かべる。
彼女の目的は、エドワードとクラウディア姫の仲睦まじい姿を演出するこの夜会で、彼らの間に不協和音を生じさせること。
そして、可能ならば、エドワードの信用を失墜させるようなスキャンダルを引き起こすことだった。

ホールの中央では、すでにエドワードとクラウディア姫が、主役として多くの貴族たちに囲まれていた。
エドワードは、完璧な笑顔を浮かべ、クラウディア姫をエスコートしている。
その姿は、どこからどう見ても理想的な婚約者同士に見えた。

「(あの笑顔の下に、どれほどの嘘と裏切りが隠されていることか…)」

アリアンナは、用意していた計画を実行に移すため、静かに機会を窺う。
彼女が目をつけたのは、クラウディア姫の取り巻きの一人で、噂好きで口の軽いことで知られる伯爵令嬢だった。
アリアンナは、偶然を装ってその令嬢に近づき、巧妙な話術で彼女の警戒心を解いていく。
そして、あたかもエドワードの秘密を知る者のように、意味深な言葉を囁いた。

「エドワード様とクラウディア姫君、本当にお似合いですわね。
まるで、かつてエドワード様がヴァイスハルトのアリアンナ様を熱愛していらっしゃった頃のように…」

その言葉に、伯爵令嬢はピクリと反応した。

「まあ、アリアンナ様…?
あの方なら、とっくに追放されたと聞いておりますけれど…」

「ええ、表向きは。
でも、殿方の心変わりは、いつだって気まぐれなものですわ。
特に、エドワード様ほど情熱的な方なら、なおさら…」

アリアンナは、わざとらしくため息をつき、扇で口元を隠す。
その意味ありげな態度に、伯爵令嬢の好奇心は完全に火がついたようだった。

アリアンナが仕掛けた小さな噂の種は、夜会の喧騒の中で、瞬く間に人々の口から口へと広まっていった。
『エドワード様は、まだアリアンナ様のことを忘れられないらしい』
『クラウディア姫は、実は二番目の女なのでは?』
そんな根も葉もない噂が、クラウディア姫の耳に入るのに、そう時間はかからなかった。

クラウディア姫の表情が、みるみるうちに険しくなっていくのを、アリアンナは遠くから満足げに眺めていた。
プライドの高い彼女にとって、自分が「二番手」扱いされることなど、我慢ならない屈辱だろう。

そして、アリアンナは次の一手を打つ。
ホールの隅で、わざとらしくエドワードのかつての側近の一人と親しげに言葉を交わし、彼にしか分からないような「昔の思い出話」を仄めかす。
その様子を、クラウディア姫の視界に入るように計算して。

「(さあ、どうするかしら、エドワード?
あなたの新しい婚約者は、あなたの過去の女の影に怯えているようよ?)」

エドワードは、次第に不穏になっていく会場の雰囲気と、クラウディア姫の不機嫌な様子に気づき、内心で舌打ちした。
何者かが、意図的に自分とクラウディアの関係を裂こうとしている。
まさか、あの女か…?
エドワードの脳裏に、一瞬、アリアンナの姿がよぎったが、すぐに打ち消した。
追放された罪人が、こんな華やかな場所に現れるはずがない。

しかし、その夜、アリアンナの本当の目的は、噂を流すことだけではなかった。
夜会が中盤に差し掛かり、多くの貴族たちが酒と会話に夢中になっている隙を狙って、アリアンナはそっとホールを抜け出した。
向かう先は、エドワードの書斎。
そこには、ブラウンシュバイク公爵家の重要な書類や、エドワードの個人的な手紙などが保管されているはずだった。
もし、そこにクラウディア姫との政略結婚に関する裏取引の証拠や、あるいはアリアンナの追放劇に関わる決定的な証拠が隠されていれば…。

書斎の鍵は、事前にミラが手に入れていた合鍵で難なく開いた。
月明かりだけが差し込む薄暗い部屋の中、アリアンナは手早く書類を探し始める。
しかし、そう簡単に見つかるはずもなかった。

「(どこに隠しているの…エドワード…)」

焦りが募り始めたその時、不意に書斎の扉が開く気配がした。
アリアンナは咄嗟に大きなカーテンの陰に身を隠す。
入ってきたのは、エドワード本人だった。
彼は何かを探すように部屋の中を見回し、やがて壁にかけられた絵画の一つに手を伸ばした。
絵画が静かに横にスライドすると、そこには隠し金庫が現れた。

「(あった…!)」

アリアンナは息をのんだ。
エドワードが金庫からいくつかの書類を取り出し、再び金庫を閉めて部屋を出ていくのを待って、アリアンナは再び行動を開始する。
あの金庫を開けることができれば…。

しかし、その時、アリアンナの背後で冷たい声が響いた。

「そこで何をしている、ネズミめ」

振り向くと、そこには剣を構えた警備隊長と、数人の兵士が立っていた。
どうやら、アリアンナの不審な動きに気づいたらしい。

「くっ…!」

アリアンナは咄嗟にドレスの裾に隠していた短剣を抜き放つ。
もはや、お淑やかな令嬢を演じている場合ではなかった。
銀狼の牙が、今まさに剥き出しになろうとしていた。
だが、相手は多勢。
絶体絶命のピンチに、アリアンナの額に冷たい汗が伝った。
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