銀狼の復讐姫 ~偽りの愛に裁きを~

シマセイ

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第17話:母の遺産と集う狼たち

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賢者シルヴァヌスとの別れは、静かで、しかし確かな決意をアリアンナの胸に刻み込むものだった。
庵の入り口で、シルヴァヌスはアリアンナに一枚の古びた羊皮紙の地図と、ヴァイスハルト家の紋章が刻まれた小さな銀のロケットを手渡した。

「この地図が、お前の母君、イザベラが遺した『始まりの場所』へと導くだろう。
そして、このロケットが、お前が正当な後継者であることの証となる。
そこには、金銭的な財産だけでなく、ヴァイスハルト家が代々受け継いできた知恵と、そしてお前の母君が未来のために託した『力』が眠っているはずだ」

シルヴァヌスは厳かな口調で告げた。

「だが、忘れるな、アリアンナ。
力とは、それを持つ者の心を映す鏡だ。
使い方を誤れば、お前自身をも滅ぼすことになる。
常に正義と慈愛の心を忘れず、その力を民のために使うのだ」

「はい、賢者様。
必ず…!」

アリアンナは深く頭を下げ、シルヴァヌスに心からの感謝を伝えた。
夜明けの光が差し込む森の中を、アリアンナは再び一人、新たな目的地へと歩き出す。
その足取りは、以前の孤独な逃亡者のそれとは違い、確かな目的と希望に満ちていた。

母が遺した「始まりの場所」は、かつてヴァイスハルト家の所領があった、王都から数週間かかる辺鄙な山岳地帯にあった。
旅の途中、アリアンナはシルヴァヌスのもとで修練した力を試す機会に何度か遭遇した。

道端で熱病に苦しむ子供を見かければ、森で摘んだ薬草を調合し、母の日誌にあった「生命の響き」の力を込めて煎じ薬を与えた。
すると、子供の熱は奇跡のように引き、母親から涙ながらに感謝された。

また、夜道で追剥ぎに襲われた際には、以前のように力任せに戦うのではなく、相手の動きを冷静に見極め、最小限の力で制圧し、諭して解放した。
その瞳には、もはや単なる憎しみだけではない、深い洞察力と、そしてある種の威厳が宿り始めていた。

彼女は、自分の力が誰かの役に立つことを実感し、復讐という目的の先に、守るべきものがあることを感じ始めていた。

一方、その頃、「赤狼の牙」の隠れ家では、ヴォルフたちがオルダス長官の不正を公表するための最終段階に入っていた。

ミラが王都の信頼できる協力者と接触し、長官の汚職の証拠と、彼が愛人に漏らした自白の録音を、特定の新聞社や、民衆に影響力を持つ吟遊詩人たちに流す手はずを整えていた。

「これで、あの老獪な狸も終わりね。
最高法院長官の失脚は、ブラウンシュバイク公爵家にとっても大きな痛手になるはずよ」

ミラは自信ありげに言った。
カインは、ミラの言葉に頷きながらも、その表情は晴れなかった。
アリアンナの不在が、彼の心に重くのしかかっている。
彼は仲間たちに内緒で、アリアンナが向かったかもしれない賢者の森の方向へ、何度か危険を冒して偵察に出ていたが、有力な手がかりは掴めずにいた。

「アリアンナ…無事でいてくれ…」

その祈りにも似た呟きが、彼の口癖のようになっていた。

アリアンナは、長く険しい旅の末、ついに母の地図が示す山岳地帯の奥深く、霧に包まれた古い渓谷へとたどり着いた。

そこには、崩れかけた石造りの祠があり、その奥に、ヴァイスハルト家の紋章が刻まれた巨大な石の扉が隠されていた。
アリアンナが、シルヴァヌスから渡された銀のロケットを扉の窪みにはめ込むと、地響きと共にゆっくりと扉が開き始めた。

扉の奥には、広大な地下空間が広がっていた。
そこは、金銀財宝が山と積まれているような場所ではなかった。
壁一面に古代文字で書かれた石板が並び、中央には巨大な水晶のようなものが淡い光を放っている。
そして、その空間を守るように、数人の男女が静かに佇んでいた。
彼らは、古風な革鎧を身にまとい、その目には揺るぎない忠誠心の色が浮かんでいる。

「お待ちしておりました、イザベラ様の忘れ形見、アリアンナ様」

一人の初老の男が、アリアンナの前に進み出て、恭しく膝をついた。
彼は、かつてヴァイスハルト侯爵に仕えた騎士団の副長であり、イザベラ様の死後、その遺志を継いでこの場所と彼女の研究を守り続けてきたのだという。
彼ら「月の守り手」と呼ばれる者たちは、ヴァイスハルト家の古い血筋に連なる者や、イザベラの思想に共感し、代々この秘密の場所を守ってきた一族だった。

アリアンナは、彼らから母イザベラの真の姿について、さらに詳しく聞かされることになった。
イザベラは、ただ「生命の響き」の力を研究していただけでなく、この国がやがて訪れるであろう大きな動乱の時代に備え、民衆が自立し、互いに助け合って生きていけるような新しい社会の仕組みを模索していたのだという。

そして、この地下空間に眠る「財産」とは、金銭的なもの以上に、そのための知識、技術、そして失われた古代文明の遺産だったのだ。
巨大な水晶は、その古代文明のエネルギー源の一つであり、「生命の響き」の力を増幅させる効果があるという。

「イザベラ様は、この力を、選ばれた者だけが独占するのではなく、全ての人々が分かち合える未来を夢見ておられました。
アリアンナ様、あなたには、その母君の遺志を継ぐ資格と、そして力があります」

老騎士は、アリアンナに深々と頭を下げた。
アリアンナは、母の壮大な理想と、自分に託されたものの大きさに、身が震える思いだった。
「月の守り手」たちは、アリアンナに絶対的な忠誠を誓い、彼女の戦いに加わることを申し出た。
彼らは、少数ながらも高度な戦闘技術と、この土地に伝わる特殊な知識を持っていた。
アリアンナは、資金や物質的な援助だけでなく、何よりも心強い仲間と、そして母が遺した「希望」という名の力を得たのだ。

数日後、アリアンナは「月の守り手」たちの中から数名の精鋭を選び、彼らと共に、仲間たちが待つ「赤狼の牙」のアジトへと向かう決意を固めた。
シルヴァヌスから教わった古代の通信術(鳥を使ったものや、特定の植物の共鳴を利用したものなど)を使って、アリアンナはカインたちに自分の無事と、合流地点を知らせることに成功した。
その知らせは、絶望しかけていたカインの心に、再び熱い炎を灯した。

「アリアンナが…生きている!
そして、俺たちを呼んでいる!」

カインは、ヴォルフとミラにアリアンナからの連絡を伝え、すぐさま指定された合流地点へと向かう準備を始めた。
その頃、王都では、ミラたちが流したオルダス長官の不正の証拠が、じわじわと効果を現し始めていた。

民衆の間では長官への不信感が広がり、一部の良識ある貴族たちも、公然と彼の責任を追及する動きを見せ始めていたのだ。
エドワードとブラウンシュバイク公爵家は、この予期せぬ事態に苛立ちを隠せないでいた。

アリアンナは、新たな仲間たちと共に、夜の闇に紛れて山を下り始めた。
その手には、母のロケットと、そして父の懐中時計が握られている。
彼女の紫色の瞳は、遠くに見える「赤狼の牙」の仲間たちが待つであろう場所を捉え、強い決意の光を放っていた。

「待っていて、みんな。
そして、エドワード…あなたの本当の悪夢は、これから始まるのよ」

「銀狼の復讐姫」は、母の遺志と古の力をその身にまとい、今、仲間たちとの再会、そして宿敵との最終決戦に向けて、新たな一歩を踏み出した。
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