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三十二話:天空の聖地と、真の主を問う扉
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アイゼン村での出来事から、さらに数日。
僕たちの旅は、いよいよ最終段階へと入っていた。
ゴードン師の古地図を頼りに、険しい山道を登り、人を寄せ付けない岩壁を乗り越え、僕たちは、ついに、目的地である『鍛冶の聖地』の入り口へとたどり着いた。
そこは、僕たちの想像を、遥かに超えた場所だった。
眼下には、どこまでも続く雲海が広がり、まるで、世界から切り離された、天空の孤島のようだった。
古代のドワーフたちは、雲よりも高いこの場所に、神々の槌音を聞くための、壮大な聖域を築き上げたのだ。
風化した巨大な石の門には、ドワーフの神々の姿が彫刻され、僕たちのような小さな来訪者を、静かに、そして厳かに、見下ろしている。
「すごい……。
本当に、空の上にいるみたい」
リナが、眼下に広がる絶景に、感嘆の声を漏らした。
しかし、この美しい光景とは裏腹に、聖域には、常にピリピリとした緊張感が漂っていた。
時折、鋭い岩山の向こうから、翼を持つ魔獣の甲高い鳴き声が響き渡り、僕たちの背筋を凍らせる。
ゴードン師の言った通り、ここはもう、神々の場所ではなく、獰猛な魔獣たちが闊歩する、危険な領域なのだ。
僕たちは、古地図を頼りに、聖地の中心にあるという『魂の鍛冶場』を目指して、迷路のような廃墟の中を進んでいった。
崩れかけた回廊を抜け、苔むした広場を横切り、底の見えない深い谷間に架かる、古びた石橋を、慎重に渡っていく。
一つ一つの石に、一つ一つの彫刻に、ドワーフたちの、計り知れないほどの技術と、信仰の深さが感じられた。
そして、僕たちは、ついに、一基の巨大な青銅の扉の前へとたどり着いた。
扉は、聖地の中心にそびえる、山の岩肌をくり抜いて作られた、巨大な建物へと続いていた。
あれが、目的の『魂の鍛冶場』に違いない。
しかし、その扉には、鍵穴というものが、どこにも見当たらなかった。
代わりに、扉の中央には、人の胸ほどの高さに、剣の切っ先を差し込むためとしか思えない、小さな窪みのある石の台座が設置されている。
そして、その台座の上には、古びたドワーフ文字で、こう刻まれていた。
『真の主の『証』を、ここに示せ』
「真の主の証……?」
エリアス君が、眉をひそめる。
「何か、特別な家系の紋章や、王家の血筋のようなものが、必要だということだろうか」
「うーん、それか、ゴードンさんがくれた物の中に、鍵になるようなアイテムがあったりして?」
リナが、自分の荷物を探ろうとする。
しかし、僕は、首を横に振った。
僕は、台座と、扉の上部に埋め込まれた、見慣れた水晶のセンサーを見つめていた。
「違う。
この扉が開くために必要な『証』は、物理的なアイテムや、家柄じゃない。
この扉を開ける資格を持つ者の、『内なる力』そのものだ」
僕は、自分の推理を、二人に話した。
「この台座の窪みに、僕の剣を差し込む。
そして、扉のセンサーに向かって、この剣に宿った『魂』のエネルギーを、僕自身の意志で解放するんだ。
この扉は、そのエネルギーの『質』と『強さ』を測って、持ち主が、この聖地に入るにふさわしい、真の主かどうかを、判断するんだと思う」
それは、この旅の目的そのものである、僕と、この剣にとっての、最初の『試練』だった。
僕は、ゴードン師からもらった、鞘の革の覆いを、ゆっくりと外した。
途端に、魂鋼の剣が、まるで聖地の神聖な空気に呼応するかのように、ゴウ、と低く唸りを上げ、その刀身に宿る虹色の輝きが、力強く脈動を始めた。
僕は、台座の前に立ち、剣の切っ先を、その窪みに、静かに差し込んだ。
そして、目を閉じ、精神を集中させる。
鉱山で、アース・ゴーレムを鎮めた時の、あの感覚を、思い出すんだ。
僕の意志で、この力を、正しく、導く――。
「いけっ!」
僕が、気合と共に、剣に宿るエネルギーを解放しようとした、その瞬間。
ドッ!
凄まじい衝撃が、僕の体を襲った。
僕の意志の力を、遥かに上回る、制御不能なエネルギーの奔流が、剣から迸り、僕の体は、まるで木の葉のように、後方へと弾き飛ばされてしまった。
「ぐっ……!
アル!」
「ダメだ……!
力が、強すぎて、制御しきれない……!」
僕は、地面に叩きつけられ、激しく咳き込んだ。
剣に宿った、あまりにも多くの、そしてあまりにも強大な想いの奔流。
ノアの二百年の孤独、ピエロの歪んだ情熱、そして、霊峰ガランの大地の脈動。
それらが、僕の中で混じり合い、僕一人の意志では、到底、抑えきれないほどの力となって、暴走しかけている。
僕は、自分の未熟さを、そして、この試練の本当の困難さを、痛感していた。
「……馬鹿ね、あんたは」
僕が、地面に膝をつき、苦しんでいると、背後から、リナの声がした。
彼女と、エリアス君が、僕のそばに、駆け寄ってきてくれていた。
「あんた、また、一人で全部、背負い込もうとしてるでしょ。
言ったじゃない。
あんた一人の冒険じゃないって。
この剣には、私たちの想いだって、少しは、入ってるんじゃないの?」
「そうだ、アル君」
エリアス君も、力強く続けた。
「君一人の力じゃない。
僕たちが、共にくぐり抜けてきた、すべての冒険の記憶が、この剣には宿っているはずだ。
だったら、僕たちも、一緒にその力を支えるよ」
リナとエリアス君が、僕の肩に、そっと、それぞれの掌を置いた。
二人の、温かい体温が、僕に伝わってくる。
そうだ。
僕は、いつだって、一人じゃなかった。
僕が制御しようとしていた力は、僕だけのものではない。
ノアも、リナも、エリアス君も、僕が出会ってきた、すべての想いを、僕が代表して「束ねる」こと。
それこそが、本当の「制御」なのだ。
「……ありがとう、二人とも」
僕は、仲間たちの温かさに、心の底から感謝した。
そして、再び、立ち上がる。
「もう一度、やらせてくれ。
今度は、一人じゃない。
三人で、だ」
僕は、再び、台座へと向かい、剣を構えた。
僕の背中には、リナと、エリアス君の、温かい掌の感触が、確かにあった。
僕たちの、三つの心が、今、一つになる。
僕は、仲間の想いと共に、再び、剣の力を解放しようと、深く、深く、精神を集中させた。
僕たちの旅は、いよいよ最終段階へと入っていた。
ゴードン師の古地図を頼りに、険しい山道を登り、人を寄せ付けない岩壁を乗り越え、僕たちは、ついに、目的地である『鍛冶の聖地』の入り口へとたどり着いた。
そこは、僕たちの想像を、遥かに超えた場所だった。
眼下には、どこまでも続く雲海が広がり、まるで、世界から切り離された、天空の孤島のようだった。
古代のドワーフたちは、雲よりも高いこの場所に、神々の槌音を聞くための、壮大な聖域を築き上げたのだ。
風化した巨大な石の門には、ドワーフの神々の姿が彫刻され、僕たちのような小さな来訪者を、静かに、そして厳かに、見下ろしている。
「すごい……。
本当に、空の上にいるみたい」
リナが、眼下に広がる絶景に、感嘆の声を漏らした。
しかし、この美しい光景とは裏腹に、聖域には、常にピリピリとした緊張感が漂っていた。
時折、鋭い岩山の向こうから、翼を持つ魔獣の甲高い鳴き声が響き渡り、僕たちの背筋を凍らせる。
ゴードン師の言った通り、ここはもう、神々の場所ではなく、獰猛な魔獣たちが闊歩する、危険な領域なのだ。
僕たちは、古地図を頼りに、聖地の中心にあるという『魂の鍛冶場』を目指して、迷路のような廃墟の中を進んでいった。
崩れかけた回廊を抜け、苔むした広場を横切り、底の見えない深い谷間に架かる、古びた石橋を、慎重に渡っていく。
一つ一つの石に、一つ一つの彫刻に、ドワーフたちの、計り知れないほどの技術と、信仰の深さが感じられた。
そして、僕たちは、ついに、一基の巨大な青銅の扉の前へとたどり着いた。
扉は、聖地の中心にそびえる、山の岩肌をくり抜いて作られた、巨大な建物へと続いていた。
あれが、目的の『魂の鍛冶場』に違いない。
しかし、その扉には、鍵穴というものが、どこにも見当たらなかった。
代わりに、扉の中央には、人の胸ほどの高さに、剣の切っ先を差し込むためとしか思えない、小さな窪みのある石の台座が設置されている。
そして、その台座の上には、古びたドワーフ文字で、こう刻まれていた。
『真の主の『証』を、ここに示せ』
「真の主の証……?」
エリアス君が、眉をひそめる。
「何か、特別な家系の紋章や、王家の血筋のようなものが、必要だということだろうか」
「うーん、それか、ゴードンさんがくれた物の中に、鍵になるようなアイテムがあったりして?」
リナが、自分の荷物を探ろうとする。
しかし、僕は、首を横に振った。
僕は、台座と、扉の上部に埋め込まれた、見慣れた水晶のセンサーを見つめていた。
「違う。
この扉が開くために必要な『証』は、物理的なアイテムや、家柄じゃない。
この扉を開ける資格を持つ者の、『内なる力』そのものだ」
僕は、自分の推理を、二人に話した。
「この台座の窪みに、僕の剣を差し込む。
そして、扉のセンサーに向かって、この剣に宿った『魂』のエネルギーを、僕自身の意志で解放するんだ。
この扉は、そのエネルギーの『質』と『強さ』を測って、持ち主が、この聖地に入るにふさわしい、真の主かどうかを、判断するんだと思う」
それは、この旅の目的そのものである、僕と、この剣にとっての、最初の『試練』だった。
僕は、ゴードン師からもらった、鞘の革の覆いを、ゆっくりと外した。
途端に、魂鋼の剣が、まるで聖地の神聖な空気に呼応するかのように、ゴウ、と低く唸りを上げ、その刀身に宿る虹色の輝きが、力強く脈動を始めた。
僕は、台座の前に立ち、剣の切っ先を、その窪みに、静かに差し込んだ。
そして、目を閉じ、精神を集中させる。
鉱山で、アース・ゴーレムを鎮めた時の、あの感覚を、思い出すんだ。
僕の意志で、この力を、正しく、導く――。
「いけっ!」
僕が、気合と共に、剣に宿るエネルギーを解放しようとした、その瞬間。
ドッ!
凄まじい衝撃が、僕の体を襲った。
僕の意志の力を、遥かに上回る、制御不能なエネルギーの奔流が、剣から迸り、僕の体は、まるで木の葉のように、後方へと弾き飛ばされてしまった。
「ぐっ……!
アル!」
「ダメだ……!
力が、強すぎて、制御しきれない……!」
僕は、地面に叩きつけられ、激しく咳き込んだ。
剣に宿った、あまりにも多くの、そしてあまりにも強大な想いの奔流。
ノアの二百年の孤独、ピエロの歪んだ情熱、そして、霊峰ガランの大地の脈動。
それらが、僕の中で混じり合い、僕一人の意志では、到底、抑えきれないほどの力となって、暴走しかけている。
僕は、自分の未熟さを、そして、この試練の本当の困難さを、痛感していた。
「……馬鹿ね、あんたは」
僕が、地面に膝をつき、苦しんでいると、背後から、リナの声がした。
彼女と、エリアス君が、僕のそばに、駆け寄ってきてくれていた。
「あんた、また、一人で全部、背負い込もうとしてるでしょ。
言ったじゃない。
あんた一人の冒険じゃないって。
この剣には、私たちの想いだって、少しは、入ってるんじゃないの?」
「そうだ、アル君」
エリアス君も、力強く続けた。
「君一人の力じゃない。
僕たちが、共にくぐり抜けてきた、すべての冒険の記憶が、この剣には宿っているはずだ。
だったら、僕たちも、一緒にその力を支えるよ」
リナとエリアス君が、僕の肩に、そっと、それぞれの掌を置いた。
二人の、温かい体温が、僕に伝わってくる。
そうだ。
僕は、いつだって、一人じゃなかった。
僕が制御しようとしていた力は、僕だけのものではない。
ノアも、リナも、エリアス君も、僕が出会ってきた、すべての想いを、僕が代表して「束ねる」こと。
それこそが、本当の「制御」なのだ。
「……ありがとう、二人とも」
僕は、仲間たちの温かさに、心の底から感謝した。
そして、再び、立ち上がる。
「もう一度、やらせてくれ。
今度は、一人じゃない。
三人で、だ」
僕は、再び、台座へと向かい、剣を構えた。
僕の背中には、リナと、エリアス君の、温かい掌の感触が、確かにあった。
僕たちの、三つの心が、今、一つになる。
僕は、仲間の想いと共に、再び、剣の力を解放しようと、深く、深く、精神を集中させた。
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