王都の謎は焼きたてパイのあとで ~少年探偵の推理日誌~

シマセイ

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第三十一話:守護者の怒りと、魂の対話

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『……我ガ……眠リヲ……妨ゲルノハ……誰ダ……』

地底の奥深くから響き渡る、アース・ゴーレムの怒りの声。
それは、空気の振動となって、僕たちの体を、魂の芯から震わせた。
何百年、いや、何千年もの間、この山を守り続けてきた守護者の、純粋な怒りだった。

ゴーレムは、その小山のような巨腕を、ゆっくりと、しかし、抗うことのできない力強さで振り上げた。
狙いは、僕たちだけではない。
僕たちの背後にある、人間たちが掘り進めてきた、鉱山の坑道そのものだ。
自分の体を蝕み、安らかな眠りを妨げた、異物。
それを、この山から完全に排除し、再び、永い眠りにつこうとしているのだ。

「まずい!
このままじゃ、鉱夫さんたちも、私たちも、生き埋めにされちゃう!」

リナが、悲鳴のような声を上げる。
その通りだった。
僕たちは、なすすべもなく、ただ、振り下ろされる絶望的なまでの破壊を、見上げることしかできなかった。

しかし、その瞬間。
僕の腰で、これまで以上に激しく、剣が脈動した。
ゴウ、ゴウ、と、まるでゴーレムの怒りに共鳴し、呼応するかのように、魂鋼の剣が、その存在を主張している。
そして、剣の脈動を通じて、僕の脳裏に、断片的だが、鮮烈なイメージが、奔流のように流れ込んできた。

――古代のドワーフたちが、敬意と感謝を込めて、このゴーレムを大地から作り出す光景。
――何千年もの間、ただ静かに、山の脈動と共に、時を過ごしてきた、穏やかな記憶。
――そして、ごく最近になって、自分の体の一部である鉱石を、虫けらのように貪り食う、小さな人間たちへの、純粋な『痛み』と『怒り』の感情。

僕は、理解した。
このゴーレムは、邪悪な怪物などではない。
意思と、そして、誇り高き使命を持った、この霊峰ガランの、正当なる守護者なのだ。

「こいつは、僕たちの敵じゃない!」

僕は、リナとエリアス君に向かって叫んだ。

「ただ、怒っているだけなんだ!
眠りを妨げられて、体を傷つけられて!
だから、話せば、きっと分かってくれるはずだ!」

「話すって、どうやって!?」

「僕が、やる」

僕は、ゴーレムの動きを、必死に目で追った。
その怒りの根源は、鉱夫たちに掘られた、痛々しい傷口にある。
あの傷を、癒すことができれば、ゴーレムの怒りを、鎮めることができるかもしれない。

でも、どうやって?
えぐり取られた鉱石は、もうここにはない。
その時、僕は、自分の剣に宿った、膨大なエネルギーのことを思い出した。
ノアの想い。
サーカスで吸収した、生命の力。
そして、王都の地下で吸い上げた、龍脈のエネルギー。
ゴードン師は、言った。
『その力を、正しく導け』と。
力を吸収するだけじゃない。
この剣は、僕の意志で、その力を『放出』することもできるはずだ。

「二人とも、時間を稼いでくれ!」

僕は、人生で、最大の賭けに出ることを決意した。

「僕が、この剣の力で、ゴーレムの傷を癒す。
その間、何でもいい、あいつの注意を、僕から引きつけてくれ!」

「無茶よ、アル!」

「でも、やるしかないんだ!」

僕の瞳に宿る、本気の光を見て、リナも、エリアス君も、覚悟を決めてくれた。
二人は、僕の生涯で、最も信頼できる、最高の相棒だ。

「分かったわ!
死なないでよ、絶対!」

「アル君の策に、僕たちの未来を乗せよう!」

二人は、僕をゴーレムの足元へ行かせるため、決死の陽動を開始した。
リナは、大きな声で叫びながら、坑道の壁から剥がれ落ちた岩を、次々とゴーレムに投げつける。
エリアス君は、その正確な知識で、ゴーレムの注意が逸れるような、効果的な陽動ポイントを、リナに指示し続ける。
もちろん、ゴーレムにダメージなど与えられない。
しかし、その勇敢な行動は、巨大な守護者の注意を、僕から逸らすのに、十分だった。

僕は、その隙に、ゴーレムの巨大な足元まで駆け寄った。
そして、鉱石が最も大きくえぐり取られ、青黒いエネルギーが漏れ出している、最大の傷口に、自分の両手を、強く押し当てた。
そして、もう片方の手で握りしめた剣に、心の底から、強く、強く、念じた。

『鎮まれ!』

僕の意志に、魂鋼の剣が応える。
僕の腕を、凄まじい熱が駆け巡った。

『僕たちは、君を傷つけに来たんじゃない!
君の眠りを妨げたことを、人間に代わって、僕が謝る!
だから、どうか、その怒りを鎮めてくれ!』

僕の体を通じて、僕の剣に宿っていた、あの虹色のエネルギーが、奔流となって、ゴーレムの傷口へと流れ込んでいく。
それは、破壊の力ではない。
大地から生まれたものを、再び大地へと還す、浄化と、癒やしの力だった。

ゴ………。

僕の頭上で、振り上げられていた巨腕が、ぴたり、と止まった。
ゴーレムの瞳に宿っていた、燃えるような怒りの炎が、ゆっくりと、困惑の色へと変わっていく。
剣を通じて、僕の謝罪と、必死の願いが、直接、ゴーレムの意識に、届いているのだ。

やがて、ゴーレムは、振り上げていた腕を、ゆっくりと、ゆっくりと、下ろした。
そして、地響きのような声で、途切れ途切れに、僕に語りかけてきた。

『……ソウカ……。
オマエタチハ……チガウノカ……』

ゴーレムは、それだけ言うと、再び、元の場所へと戻り、壁に寄りかかるようにして、静かに座り込んだ。
そして、今度は、怒りではなく、とても穏やかな表情で、再び、永い、永い、眠りについたのだ。
まるで、傷ついた我が子を庇うかのように、その巨大な腕で、崩れかけていた坑道を、内側から支えるような体勢で。
坑道の崩落は、完全に、止まった。

僕たちは、坑道の反対側へと回り込み、閉じ込められていた鉱夫たちと、無事に合流することができた。
彼らは、眠りについた巨人の、あまりにも神々しい姿を見て、自分たちが犯した過ちの大きさを悟り、ただ、静かに、その場で手を合わせていた。

村に戻った僕たちは、英雄として、村中の人々から、温かい歓迎を受けた。
長老は、僕の前に深く頭を下げ、「山の守り神の怒りを鎮めてくださった、若き賢者様」と、涙ながらに感謝してくれた。

僕は、自分の部屋で、改めて、相棒の剣を見つめていた。
あれほど強大なエネルギーを放出したことで、刀身に揺らめいていた虹色の輝きは、すっかり落ち着きを取り戻している。
代わりに、そこには、まるで、磨き上げられた鏡のように、一点の曇りもない、澄み切った、鋼本来の美しい輝きがあった。
僕の意志によって、この剣は、初めて、その力を正しく制御されたのだ。
僕と剣の間に、また一つ、新たな、そして確かな絆が生まれた瞬間だった。

鉱山の問題は、解決した。
僕たちは、村人たちに盛大に見送られ、数日後、改めて、本来の目的地である、『鍛冶の聖地』を目指して、再び、北へと歩み始めた。
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