【完結】しるしを刻む者 ~異世界に渡った判子屋~

シマセイ

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第五話:広がる評判、まだ見ぬ世界へ

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「なあ、ケン。俺の木の剣にも、そのキラキラするやつ、やってくれよ! 父ちゃんみたいに強くなれるかな?」

村の少年からの初めての「依頼」。
ケンはにっこり笑って頷いた。

「いいよ。どんな『しるし』がいい?」

「えっと、強くて、かっこいいやつ!」

少年の目は期待に輝いている。
ケンは少し考えて、健三だった頃に子供のおもちゃの刀に遊びで彫ってやった「固」の印と、軽やかに扱えるように「軽」の印を組み合わせることにした。

右手の指先に意識を集中し、木の剣に二つの「しるし」を丁寧に刻み込む。
ふわりと光が溢れ、剣に吸い込まれていく。

「できたよ」

ケンが手渡すと、少年は目を丸くした。

「うわっ! なんか、カチカチになった気がする! それに、軽い!」

少年は木の剣をブンブン振り回し、その変化に大喜びだ。
その様子を見ていた他の子供たちも、あっという間にケンの周りに集まってきた。

「僕のにも!」「私の木の盾にもやって!」「リボンを可愛く光らせて!」

次から次へと依頼が舞い込む。
ケンは一つ一つに丁寧に応え、子供たちの持ち物に様々な「しるし」を施していった。

石ころに綺麗な模様を浮かび上がらせたり、木の笛の音色を少し良くしたり。
エネルギーは使うけれど、子供たちの満面の笑顔を見ると、疲れも吹き飛ぶようだった。

いつしかケンは、子供たちの間で「印師のケンちゃん」と呼ばれるようになり、ちょっとした英雄扱いだ。

そんな様子を見た父のゴードンは、家の軒下にケン専用の小さな作業台を作ってくれた。
日差しや雨を避けられる、ケンの最初の「工房」だった。

子供たちの間でケンの噂が広まるのは早かったが、それが大人たちに届くのも時間の問題だった。
ある日、ケンの小さな工房に、村で畑仕事をしている農夫の男がやってきた。

「よお、ケン坊。おめえさん、物に不思議な『しるし』を刻めるって本当か?」

日に焼けた顔の農夫は、少し半信半疑といった表情だ。

「うん、できるよ。おじさん、何か困ってることでもあるの?」

ケンが尋ねると、農夫は使い古した鍬(くわ)を見せた。

「こいつなんだがな、最近どうも土の食い込みが悪くてよ。刃先を硬くするとか、そういうことってできるもんかね?」

大人からの初めての本格的な依頼だ。
ケンは鍬を手に取り、じっくりと観察する。
健三だった頃、農具の柄に縁起の良い印を彫ったことはあったが、刃物そのものに何かを施すのは初めてに近い。

(土を耕す道具……土の抵抗を減らして、切れ味を上げるような「しるし」……)

ケンは記憶を探り、農具に適した印の組み合わせを考える。
刃には土を切り裂く力を強める「耕」の印を。そして、道具全体の耐久性を上げる「耐」の印を柄の部分に。

慎重に、しかし心を込めて二つの「しるし」を鍬に刻み込んだ。
子供の木の剣に施すよりも、ずっと多くのエネルギーを使った気がする。

「どうかな……これで、少しは良くなったと思うんだけど」

ケンが鍬を返すと、農夫はそれを手に取り、試しに近くの地面を何度か打ってみた。
すると、農夫の顔が驚きに変わった。

「こりゃあ……すげえ! 今までよりずっと楽に土が入っていくぞ! しかも、なんだか頑丈になった気もする!」

農夫は鍬とケンを交互に見比べ、興奮した様子でまくし立てる。
そして翌日、その農夫は山盛りの採れたて野菜と、数個の新鮮な卵を持ってケンの家にお礼に来てくれた。

「ケン坊のおかげで、仕事が捗ってしょうがねえよ! これはほんの気持ちだ、取っとくれ!」

それが、ケンが『印』のスキルで得た初めての「報酬」だった。
サラは「まあ、ケンが人の役に立ってお礼までいただけるなんて」と目を細め、ゴードンも「大したもんだ、ケン!」と頭を豪快に撫でてくれた。

この一件をきっかけに、村の大人たちからも少しずつ依頼が舞い込むようになった。

「鉈(なた)の切れ味を良くしてほしい」
「桶の箍(たが)を締め直してほしい」
「家の扉の閂(かんぬき)を頑丈にしてほしい」

ケンは一つ一つの依頼に真摯に応え、その度に感謝され、様々なお礼の品を受け取った。
それはケンにとって大きな喜びであり、自分の力が確かに人の役に立っているという実感を与えてくれた。

しかし、依頼が増えるにつれ、ケンは新たな課題にも直面するようになる。
まず、エネルギーの問題だ。
複雑な「しるし」や、大きな物に「しるし」を刻むと、一度に大量のエネルギーを消費してしまう。

時には、途中で集中力が切れて失敗したり、効果が非常に薄くなってしまったりすることもあった。
寝て起きればある程度回復するものの、一日にこなせる依頼の数には限りがある。

また、『印』の効果にも持続時間があるらしいことにも気づき始めた。
最初に子供たちの木の剣に施した「しるし」は、数週間もすると効果が薄れてきているようだった。

もっと長持ちする「しるし」は刻めないのだろうか。
そして、対象物との相性もあるようだ。
例えば、湿った木材や、ひどく錆びついた金属には、「しるし」がうまく定着しないことがあった。

(もっと……もっとたくさんの『印』の知識が欲しい。どうすればもっと効果的な「しるし」を、もっと長く、もっと確実に刻めるんだろう……)

健三だった頃の知識だけでは、この世界の法則に完全に対応しきれない部分があるのを感じていた。
この世界特有の素材や、魔力のようなエネルギーとの関わり。
それらを理解しなければ、スキル『印』を真に使いこなすことはできないだろう。

その日、いつものように依頼品に「しるし」を刻み終えて一息ついていると、ケンは母のサラに尋ねた。

「母さん。僕、もっと『印』のことや、色々な物のことを勉強したいんだ。この村の外には、そういうことを教えてくれる場所ってあるのかな?」

サラは少し驚いた顔をしたが、すぐに優しい笑顔になった。

「そうねえ……ケンは本当に勉強熱心なのね。父さんに聞いてみましょうか。父さんなら、何か知っているかもしれないわ」

夕食の時、サラからケンの質問を聞いたゴードンは、少し腕を組んで考え込んだ後、ぽつりと言った。

「そういえば、ここから数日歩いたところにある商業都市の『リューン』には、大きなギルドがいくつかあるって聞いたことがあるな。そこには、色々なスキルを持った連中が集まって、情報を交換したり、仕事を受けたりしてるらしい。もしかしたら、ケンの『印』のスキルについて何か知っている奴がいるかもしれん」

「商業都市リューン……ギルド……」

ケンはその言葉を胸の中で繰り返した。
村の外の、まだ見ぬ大きな町。
そこには、自分の知らない知識や技術がたくさんあるのかもしれない。
自分のスキルを高めるための手がかりが、見つかるかもしれない。

ケンは、遠い空に思いを馳せた。
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