【完結】しるしを刻む者 ~異世界に渡った判子屋~

シマセイ

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第四話:父の驚き、開かれた秘密

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母親のサラが使っていた桶の補強に成功したことで、ケンは自分のスキル『印』に確かな手応えを感じていた。

(もっと、この力で父さんや母さんを助けたい)

その想いが、ケンの小さな胸を熱くする。
そして、次にケンが目標に定めたのは、父親ゴードンの愛用する狩猟斧だった。

あの斧は、ゴードンにとって仕事道具であると同時に、家族と村を守るための武器でもある。
もし、あの斧にもっと力を与えることができたら……。

ケンは、健三だった頃の記憶の中から、武器や道具に施すのに適した印影や文様を必死に探った。

鋭さを増す「鋭」の印、強度を高める「剛」の印、そして持ち主を守護する「護」の印。
一つだけでも大変なのに、三つも刻めるだろうか。
しかも、対象はただの木や石ではなく、ゴードンが魂を込めて使い込んできた金属の斧だ。

(やるしかない)

ケンは決意を固めた。
その夜、両親が寝静まったのを見計らって、ケンはそっとベッドを抜け出した。
月明かりだけが差し込む薄暗いリビングに、ゴードンの斧は立てかけてある。
ケンはそれに近づくと、ごくりと唾を飲み込んだ。
五歳児のケンにとって、その斧は大きくて、少し怖いほどの威圧感を放っている。

「……大丈夫」

自分に言い聞かせ、ケンは右手の指先に意識を集中した。

まずは斧の刃。ここに「鋭」の印を。
健三だった頃、最高級の刃物に銘を刻む時の、あの研ぎ澄まされた感覚を思い出す。
指先から放たれた光が、鋼の刃に吸い込まれていく。

次に、斧の柄。ここに「剛」の印を。
頑丈な木材に、力強い印を打ち込むイメージ。
最後に、斧全体を包み込むように、「護」の印を。
これは一番難しい。斧全体に意識を行き渡らせ、守護の力を込める必要がある。

「ん……うぅ……!」

ケンは歯を食いしばった。
体中のエネルギーが、指先からどんどん流れ出ていくのが分かる。
頭がクラクラしてきた。
それでも、ケンは最後まで意識を途切らせなかった。

三つの「しるし」が斧に刻み込まれるのを確かに感じ取り、その場にへたり込むようにして倒れ込んだ。

体は鉛のように重く、指一本動かすのも億劫だったが、不思議な達成感が心を温かく満たしていた。

翌朝、何も知らないゴードンは、いつも通りその斧を肩にかついで狩りに出かけていった。
ケンは少し寝坊してしまい、心配そうに見送ることしかできなかったが、心の中では(父さん、気をつけて)と強く念じた。

その日の夕方、ゴードンが村に帰ってきた時、村の入り口が少し騒がしくなった。
ケンがサラと一緒に見に行くと、そこにはゴードンが、いつもよりずっと大きな牙猪(ファングボア)を仕留めて、村の男たち数人と一緒に運んでいる姿があった。
牙猪は手負いだったのか、何箇所か深い傷を負っているが、ゴードン自身は怪我一つないように見える。

「父さん! すごい大物だね!」

ケンが駆け寄ると、ゴードンはケンの頭を豪快に撫でた。

「おう、ケン! いやあ、今日はなんだか斧の調子がすこぶる良くてな。まるで若い頃に戻ったみたいに振り回せたんだ。おかげで、こいつとやり合う時も危なげなく仕留められたよ」

ゴードンは、自分の斧をしげしげと眺めながら不思議そうに言う。
サラも驚いた顔で斧を見つめている。

「本当ね、あなた。なんだか斧が前より綺麗に見えるような……それに、前はもっと刃こぼれとかあった気がするけど……」

「そうなんだよ! それが、まるで研ぎたてみたいに切れ味が良くて、しかも頑丈なんだ。岩に少しぶつけちまったんだが、刃こぼれ一つしなかった。今までなら考えられん」

ゴードンは興奮気味に話す。
ケンは、二人の会話を聞きながら、ドキドキしていた。
(やっぱり、効果があったんだ!)
嬉しさと、いつバレるかという緊張感が入り混じる。

その夜の食卓は、牙猪の肉のご馳走で大いに盛り上がった。
食事が一段落した頃、ゴードンが改まった顔でケンに向き直った。

「ケン。お前に聞きたいことがあるんだ」

「……なに? 父さん」

ケンは心臓が跳ねるのを感じた。
サラも心配そうにケンとゴードンを交互に見ている。

「今日の斧のことなんだが……もしかして、ケンが何かしたのか? サラが言ってたんだが、この前、桶の調子が良くなったのも、お前が何かした後だったんじゃないかって」

ゴードンの真剣な眼差しに、ケンはもう隠し通せないと観念した。
正直に話すしかない。

「……うん。僕が、やったんだ」

ケンは小さな声で答えた。
そして、女神様のこと、スキル『印』のこと、これまでこっそり練習していたこと、桶や斧に「しるし」を施したことを、ぽつりぽつりと話し始めた。
健三だった頃の記憶があることは、まだ伏せておいた。
ただ、不思議な力で「しるし」を物に刻めるのだと。

話し終えると、ゴードンとサラは顔を見合わせ、言葉を失っているようだった。
長い沈黙が流れる。
ケンは、怒られるのではないかと不安で俯いてしまった。

やがて、ゴードンが大きなため息をつき、そして、ケンの頭を優しく撫でた。

「そうか……お前には、そんなすごい力が……」

その声は、怒っているようには聞こえなかった。
サラも、ケンの隣に座り、そっと肩を抱きしめた。

「ケン、今まで一人で大変だったでしょう? 気づいてあげられなくてごめんなさいね」

「ううん……僕、父さんや母さんの役に立ちたくて……」

ケンが顔を上げると、両親は驚きと、それ以上の愛情と誇りに満ちた目でケンを見つめていた。

「馬鹿野郎、お前はもう十分に俺たちの役に立ってくれてるさ」

ゴードンはそう言って、ケンの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「それにしても、『印』のスキルか……聞いたこともないが、すごい力だな。俺の斧は、お前のおかげで最高の状態になった。ありがとうな、ケン」

「うん!」

両親にスキルを認めてもらえたことで、ケンの心は軽くなり、同時に熱いものが込み上げてきた。
これからは、もうこそこそする必要はないのだ。

「その力があれば、村の皆の道具だって良くしてやれるかもしれないな」とゴードンが期待を込めて言う。
「農具の効率が上がれば収穫も増えるだろうし、家の扉や窓を補強すれば、魔物に対する備えも固くなる」

「うん、僕、やってみる!」

ケンは力強く頷いた。
自分のスキルで、家族だけでなく、村全体に貢献できるかもしれない。
それは、かつて判子屋「田中印房」として人々の暮らしの節目を支えてきた健三の想いにも通じる、大きな喜びだった。

翌日、ケンが家の前で木の枝に『印』を刻む練習をしていると、村の子供たちが何人か興味深そうに集まってきた。
そして、その中の一人の少年が、おずおずとケンに声をかけた。

「なあ、ケン。俺の木の剣にも、そのキラキラするやつ、やってくれよ! 父ちゃんみたいに強くなれるかな?」

それは、ケンにとって初めての、家族以外の人間からの「依頼」だった。
ケンはにっこり笑って頷いた。

「いいよ。どんな『しるし』がいい?」
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