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第25話『人助けの味と楽園への侵入者』
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学院長の計画は、すぐに実行に移された。
最初の対象者として選ばれたのは、先日、上級生との剣術の訓練中に足を骨折し、治癒魔法を受けた後も、なかなか痛みが引かずにいた剣術科の男子生徒だった。
学院の保健室。
優しそうな女性の先生が、その生徒に、温かいスープの入ったカップを手渡した。
「学院長からの差し入れよ。『特製の栄養スープ』ですって。これを飲んで、ゆっくり休んでちょうだい」
生徒は、礼を言ってスープを受け取ると、一口、口に含んだ。
その瞬間、彼の目が驚きに見開かれる。
「う、うまい……!
なんだこれ……ただのトマトスープじゃない……!
すごく、優しい味がする……!」
彼は、夢中になってスープを飲み干した。
そして、数分後。
信じられないことが起こる。
「あれ……?
ずっとズキズキしてた足の痛みが……引いていく……?
それに、なんだか、体の中からポカポカして、力が湧いてくるみたいだ……」
その驚くべき回復効果を目の当たりにして、保健室の先生も「なんてこと……」と、驚きを隠せないでいた。
アレンの作った野菜の力が、初めて、第三者に明確な奇跡をもたらした瞬間だった。
◇
翌日、学院長室でその報告を受けたアレンは、自分のことのように喜んだ。
「へぇー!
僕の作ったトマトで、あの人が元気になったんだ!」
これまで、自分のスキルは、自分のお腹を満たすためのものだった。
だが、誰かの役に立ち、喜んでもらえる。
その事実は、アレンの心の中に、これまで感じたことのない、温かくて、誇らしい気持ちを芽生えさせた。
その日の放課後。
秘密の庭で、アレンは、新たなイメージを持って、スキルを発動させた。
(もっと、みんなを元気にできるような種……。
そうだ!
飲むと、体がポカポカして、力がじんわり湧いてくるような、温かいスープみたいな木の実!)
彼のその、純粋な「誰かを助けたい」という思いに応えるかのように。
手のひらに現れたのは、これまでの木の実とは明らかに違う、ほんのりと金色に輝き、持つとカイロのように温かい、不思議な木の実の種だった。
リナリアは、その新しい種を見て、アレンのスキルの新たな可能性と、彼の心の成長を感じ取り、優しく微笑むのだった。
◇
だが、そんな温かい光に満ちたアレンたちの世界とは裏腹に。
冷たく、暗い闇が、すぐそこまで迫っていた。
その日の深夜。
学院が深い眠りにつく頃、一つの影が動き出す。
黒い服に身を包んだゼノンは、誰一人伴わず、たった一人で行動を開始していた。
この計画は、彼のプライドそのもの。
その過程も、結果も、誰にも知られるわけにはいかなかった。
彼は、奉仕活動で場所を覚えた、古い資料室の地下へと、音もなく忍び込む。
その最奥には、固く錆びついた鉄格子で塞がれた、古い地下水路への入り口があった。
「ふん、こんなもので僕を止められるとでも思ったか」
ゼノンは、懐から取り出した小瓶の液体――強力な魔法の酸を、鉄格子に振りかけた。
ジュウウウッ、と、鉄が泡を立てて溶けていく。
彼は、音を立てずに鉄格子を無力化すると、その先に広がる、じめじめとしたカビ臭い闇の中へ、何の躊躇もなく足を踏み入れた。
地下水路の中は、不気味なほど静かだった。
時折、足元をネズミが走り抜け、壁からは冷たい雫が滴り落ちる。
だが、ゼノンの足取りに、迷いは一切なかった。
彼の頭の中は、アレンへの憎悪と、その秘密を暴くことへの、燃えるような執念で満たされている。
古い地図を頼りに、暗く不快な水路を進むこと、およそ半刻。
やがて彼は、地図が示す目的地に到達した。
彼の目の前の壁には、僅かな亀裂が走っている。
そして、その亀裂から、微かに外の月明かりと、そして――信じられないほど豊かで、甘く、生命力に満ちた植物の匂いが、漏れ出してきていた。
「……ここか」
ゼノンは、その壁の、最も脆くなっている部分に、そっと手を当てる。
そして、魔力を込めて、静かに、しかし確実に、その壁を内側から崩壊させた。
ガラガラと、音を殺しながら小さな穴が開く。
その穴から、彼は、息をのむような光景を目にすることになる。
◇
ゼノンの目に映ったのは、この世のものとは思えない、幻想的な光景だった。
月明かりの下、まるで楽園のように、色とりどりの作物が、その命を謳歌するように輝いている。
見たこともないほど瑞々しいトマトや、宝石のようにきらめくブドウ。
そして、その菜園の中央で、ひときわ神々しい、清らかな光を放つ、一輪の聖なる花。
「なんだ……これは……」
ゼノンは、呆然と呟いた。
「『死の大地』だったはずの場所が、なぜ……こんな、エデンの園に……?」
自分が追い求めていた、アレン・リンクの秘密。
それは、彼の矮小な想像や、古い文献に書かれた『禁断の魔道具』などという陳腐なものではなかった。
彼の目の前に広がっているのは、まさに、神の領域の『奇跡』そのものだったのだ。
ゼノンの顔に、驚愕と、嫉妬と、そして全てを自分のものにしたいという、狂気じみた所有欲が、どす黒く入り混じった表情が浮かんだ。
ついに、招かれざる客は、秘密の楽園に、その足を踏み入れた。
アレンたちの築いた、ささやかな平穏が、音を立てて崩れ落ちようとしていた。
最初の対象者として選ばれたのは、先日、上級生との剣術の訓練中に足を骨折し、治癒魔法を受けた後も、なかなか痛みが引かずにいた剣術科の男子生徒だった。
学院の保健室。
優しそうな女性の先生が、その生徒に、温かいスープの入ったカップを手渡した。
「学院長からの差し入れよ。『特製の栄養スープ』ですって。これを飲んで、ゆっくり休んでちょうだい」
生徒は、礼を言ってスープを受け取ると、一口、口に含んだ。
その瞬間、彼の目が驚きに見開かれる。
「う、うまい……!
なんだこれ……ただのトマトスープじゃない……!
すごく、優しい味がする……!」
彼は、夢中になってスープを飲み干した。
そして、数分後。
信じられないことが起こる。
「あれ……?
ずっとズキズキしてた足の痛みが……引いていく……?
それに、なんだか、体の中からポカポカして、力が湧いてくるみたいだ……」
その驚くべき回復効果を目の当たりにして、保健室の先生も「なんてこと……」と、驚きを隠せないでいた。
アレンの作った野菜の力が、初めて、第三者に明確な奇跡をもたらした瞬間だった。
◇
翌日、学院長室でその報告を受けたアレンは、自分のことのように喜んだ。
「へぇー!
僕の作ったトマトで、あの人が元気になったんだ!」
これまで、自分のスキルは、自分のお腹を満たすためのものだった。
だが、誰かの役に立ち、喜んでもらえる。
その事実は、アレンの心の中に、これまで感じたことのない、温かくて、誇らしい気持ちを芽生えさせた。
その日の放課後。
秘密の庭で、アレンは、新たなイメージを持って、スキルを発動させた。
(もっと、みんなを元気にできるような種……。
そうだ!
飲むと、体がポカポカして、力がじんわり湧いてくるような、温かいスープみたいな木の実!)
彼のその、純粋な「誰かを助けたい」という思いに応えるかのように。
手のひらに現れたのは、これまでの木の実とは明らかに違う、ほんのりと金色に輝き、持つとカイロのように温かい、不思議な木の実の種だった。
リナリアは、その新しい種を見て、アレンのスキルの新たな可能性と、彼の心の成長を感じ取り、優しく微笑むのだった。
◇
だが、そんな温かい光に満ちたアレンたちの世界とは裏腹に。
冷たく、暗い闇が、すぐそこまで迫っていた。
その日の深夜。
学院が深い眠りにつく頃、一つの影が動き出す。
黒い服に身を包んだゼノンは、誰一人伴わず、たった一人で行動を開始していた。
この計画は、彼のプライドそのもの。
その過程も、結果も、誰にも知られるわけにはいかなかった。
彼は、奉仕活動で場所を覚えた、古い資料室の地下へと、音もなく忍び込む。
その最奥には、固く錆びついた鉄格子で塞がれた、古い地下水路への入り口があった。
「ふん、こんなもので僕を止められるとでも思ったか」
ゼノンは、懐から取り出した小瓶の液体――強力な魔法の酸を、鉄格子に振りかけた。
ジュウウウッ、と、鉄が泡を立てて溶けていく。
彼は、音を立てずに鉄格子を無力化すると、その先に広がる、じめじめとしたカビ臭い闇の中へ、何の躊躇もなく足を踏み入れた。
地下水路の中は、不気味なほど静かだった。
時折、足元をネズミが走り抜け、壁からは冷たい雫が滴り落ちる。
だが、ゼノンの足取りに、迷いは一切なかった。
彼の頭の中は、アレンへの憎悪と、その秘密を暴くことへの、燃えるような執念で満たされている。
古い地図を頼りに、暗く不快な水路を進むこと、およそ半刻。
やがて彼は、地図が示す目的地に到達した。
彼の目の前の壁には、僅かな亀裂が走っている。
そして、その亀裂から、微かに外の月明かりと、そして――信じられないほど豊かで、甘く、生命力に満ちた植物の匂いが、漏れ出してきていた。
「……ここか」
ゼノンは、その壁の、最も脆くなっている部分に、そっと手を当てる。
そして、魔力を込めて、静かに、しかし確実に、その壁を内側から崩壊させた。
ガラガラと、音を殺しながら小さな穴が開く。
その穴から、彼は、息をのむような光景を目にすることになる。
◇
ゼノンの目に映ったのは、この世のものとは思えない、幻想的な光景だった。
月明かりの下、まるで楽園のように、色とりどりの作物が、その命を謳歌するように輝いている。
見たこともないほど瑞々しいトマトや、宝石のようにきらめくブドウ。
そして、その菜園の中央で、ひときわ神々しい、清らかな光を放つ、一輪の聖なる花。
「なんだ……これは……」
ゼノンは、呆然と呟いた。
「『死の大地』だったはずの場所が、なぜ……こんな、エデンの園に……?」
自分が追い求めていた、アレン・リンクの秘密。
それは、彼の矮小な想像や、古い文献に書かれた『禁断の魔道具』などという陳腐なものではなかった。
彼の目の前に広がっているのは、まさに、神の領域の『奇跡』そのものだったのだ。
ゼノンの顔に、驚愕と、嫉妬と、そして全てを自分のものにしたいという、狂気じみた所有欲が、どす黒く入り混じった表情が浮かんだ。
ついに、招かれざる客は、秘密の楽園に、その足を踏み入れた。
アレンたちの築いた、ささやかな平穏が、音を立てて崩れ落ちようとしていた。
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