【完結】腹ペコ貴族のスキルは「種」でした

シマセイ

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第57話『植物の檻と最後の切り札』

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アレンの『発信器の種』がもたらした情報は、完璧だった。
魔族の工作員シルクのアジトである、裏通りの宿屋は、その日の夜、学院長が派遣した学院の警備部隊の精鋭と、グレイの息のかかった騎士団の有志たちによって、音もなく、完全に包囲された。

作戦の本部は、アレンのいる、特別農園の小屋に置かれた。
アレンは、目を閉じて、宿屋の部屋に仕掛けた『種』と意識をリンクさせ、内部の様子を、リアルタイムで仲間たちに伝えていく。

「シルクさん、今、部屋の中を行ったり来たりしてる。
なんだか、すごく、イライラしてるみたい」

その報告に、グレイが静かに頷く。

「おそらく、箱に仕掛けた探査魔法が、何の結果も返してこんのだろう。
アレン、お前のスキルが、無意識のうちに、それを妨害しているのかもしれんな」



その頃、宿屋の一室。
シルクは、まさに、グレイの推測通りの状況に陥っていた。

(おかしい……。
何かが、おかしいわ。
探査魔法が、まるで、深い霧の中に消えるように、何の反応も示さない。
あの小僧、ただ者ではないとは思っていたけれど、これほどの妨害結界を、無意識に張っているとでも言うのかしら……?)

計画が、自分の想定通りに、全く進まない。
有能な工作員である彼女が、初めて感じる、焦りの感覚だった。
彼女は、一度、このアジトを放棄し、計画を練り直すことを決意する。

シルクは、まず、部屋の窓に近づき、そこからの脱出を試みようと、窓枠に手をかけた。

その、瞬間だった。

(――そっちは、だめだよ、シルクさん)

まるで、頭の中に、直接、あの少年の呑気な声が響いたかのような、錯覚。

シルクは、はっと息を呑み、窓の外を見た。
そして、驚愕する。
窓のすぐ外、向かいの建物の屋根の上に、いつの間にか、巨大な『ヒマワリ』が、一本、生えていた。
そして、その花の中心にある、巨大な一つ目が、ぎょろり、と、自分を、見つめていたのだ。

「なっ……!?
いつの間に、こんなものを……!」

シルクは、慌てて部屋のドアへと向かう。
だが、そのドアノブには、緑色の、粘着質の『トリモチのツタ』が、びっしりと絡みついていた。
床に目をやれば、いつの間にか、音を吸収する、特殊な『静寂の苔』が、部屋の隅々まで生え広がっている。

彼女は、気づいた。
この部屋そのものが、自分が気づかぬうちに、植物でできた、完璧な「檻」へと、作り変えられていたことに。



「――魔族の工作員に告ぐ」

拡声の魔法具を通した、グレイの、低く、威厳のある声が、宿屋全体に響き渡った。

「お前の行動は、全て我々の監視下にある。
もはや、逃げ場はない。
大人しく投降せよ。
さすれば、命までは取らぬと、約束しよう」

完全に、逃げ場を失った。
シルクは、その美しい顔を、悔しさに、醜く歪ませた。

(面白い……。
面白いわ、アレン・リンク。
まさか、この私が、ここまで、完璧に、追い詰められるなんて……)

だが、彼女は、魔王ゾルディアスの腹心候補の一人。
このまま、みすみす、人間の捕虜になるつもりなど、毛頭なかった。

「……ククク。
あなたたちの、その油断が、命取りだということを、教えてあげるわ」

シルクは、そう呟くと、懐から、禍々しい紫色の輝きを放つ、一つの魔石を取り出した。
それは、魔王から、万が一の時のために与えられた、最後の、そして、最悪の切り札。
使用者の生命力を、一瞬にして爆発的に増大させ、その代償として、理性を失い、破壊の化身へと変貌させる、禁断の道具――『狂戦士の魔石(バーサーカー・ストーン)』。

「見せてあげるわ。
魔族の、本当の力をね!」

シルクは、その狂気の言葉と共に、躊躇なく、その魔石を、自らの胸の中心へと、深く、突き立てた!



「みんな、危ない!」

特別農園で、リンクしていたアレンが、絶叫した。
種を通して、シルクが、何か、とてつもなく危険な賭けに出たことを、瞬時に察知したのだ。

「すごく、すごく、嫌な感じがする!」

アレンの叫びと同時に、宿屋の一室から、凄まじい量の、黒と紫の瘴気が、爆発するように噴き出した。
シルクの体から、人間のものではない、鋭い爪が、そして、背中からは、悪魔のような、皮膜の翼が生えてくる。

美しい踊り子の姿は、見る影もない。
そこに生まれようとしていたのは、ただ、破壊の衝動に身を任せる、一匹の、狂乱の魔獣だった。

ミシミシ、と。
宿屋の建物が、内側からの、凄まจな圧力に耐えきれず、破壊の音を立て始める。

追い詰めたはずの敵が、最後の力で、暴走を始めた。
もはや、無血での決着は、不可能。

アレンたちは、この、王都の中心で生まれようとしている、破壊の化身を、どうやって、食い止めるのか。
静かなる情報戦は、今、より破壊的な、市街地での、激しい戦闘へと、その姿を変えようとしていた。
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