57 / 88
第57話『植物の檻と最後の切り札』
しおりを挟む
アレンの『発信器の種』がもたらした情報は、完璧だった。
魔族の工作員シルクのアジトである、裏通りの宿屋は、その日の夜、学院長が派遣した学院の警備部隊の精鋭と、グレイの息のかかった騎士団の有志たちによって、音もなく、完全に包囲された。
作戦の本部は、アレンのいる、特別農園の小屋に置かれた。
アレンは、目を閉じて、宿屋の部屋に仕掛けた『種』と意識をリンクさせ、内部の様子を、リアルタイムで仲間たちに伝えていく。
「シルクさん、今、部屋の中を行ったり来たりしてる。
なんだか、すごく、イライラしてるみたい」
その報告に、グレイが静かに頷く。
「おそらく、箱に仕掛けた探査魔法が、何の結果も返してこんのだろう。
アレン、お前のスキルが、無意識のうちに、それを妨害しているのかもしれんな」
◇
その頃、宿屋の一室。
シルクは、まさに、グレイの推測通りの状況に陥っていた。
(おかしい……。
何かが、おかしいわ。
探査魔法が、まるで、深い霧の中に消えるように、何の反応も示さない。
あの小僧、ただ者ではないとは思っていたけれど、これほどの妨害結界を、無意識に張っているとでも言うのかしら……?)
計画が、自分の想定通りに、全く進まない。
有能な工作員である彼女が、初めて感じる、焦りの感覚だった。
彼女は、一度、このアジトを放棄し、計画を練り直すことを決意する。
シルクは、まず、部屋の窓に近づき、そこからの脱出を試みようと、窓枠に手をかけた。
その、瞬間だった。
(――そっちは、だめだよ、シルクさん)
まるで、頭の中に、直接、あの少年の呑気な声が響いたかのような、錯覚。
シルクは、はっと息を呑み、窓の外を見た。
そして、驚愕する。
窓のすぐ外、向かいの建物の屋根の上に、いつの間にか、巨大な『ヒマワリ』が、一本、生えていた。
そして、その花の中心にある、巨大な一つ目が、ぎょろり、と、自分を、見つめていたのだ。
「なっ……!?
いつの間に、こんなものを……!」
シルクは、慌てて部屋のドアへと向かう。
だが、そのドアノブには、緑色の、粘着質の『トリモチのツタ』が、びっしりと絡みついていた。
床に目をやれば、いつの間にか、音を吸収する、特殊な『静寂の苔』が、部屋の隅々まで生え広がっている。
彼女は、気づいた。
この部屋そのものが、自分が気づかぬうちに、植物でできた、完璧な「檻」へと、作り変えられていたことに。
◇
「――魔族の工作員に告ぐ」
拡声の魔法具を通した、グレイの、低く、威厳のある声が、宿屋全体に響き渡った。
「お前の行動は、全て我々の監視下にある。
もはや、逃げ場はない。
大人しく投降せよ。
さすれば、命までは取らぬと、約束しよう」
完全に、逃げ場を失った。
シルクは、その美しい顔を、悔しさに、醜く歪ませた。
(面白い……。
面白いわ、アレン・リンク。
まさか、この私が、ここまで、完璧に、追い詰められるなんて……)
だが、彼女は、魔王ゾルディアスの腹心候補の一人。
このまま、みすみす、人間の捕虜になるつもりなど、毛頭なかった。
「……ククク。
あなたたちの、その油断が、命取りだということを、教えてあげるわ」
シルクは、そう呟くと、懐から、禍々しい紫色の輝きを放つ、一つの魔石を取り出した。
それは、魔王から、万が一の時のために与えられた、最後の、そして、最悪の切り札。
使用者の生命力を、一瞬にして爆発的に増大させ、その代償として、理性を失い、破壊の化身へと変貌させる、禁断の道具――『狂戦士の魔石(バーサーカー・ストーン)』。
「見せてあげるわ。
魔族の、本当の力をね!」
シルクは、その狂気の言葉と共に、躊躇なく、その魔石を、自らの胸の中心へと、深く、突き立てた!
◇
「みんな、危ない!」
特別農園で、リンクしていたアレンが、絶叫した。
種を通して、シルクが、何か、とてつもなく危険な賭けに出たことを、瞬時に察知したのだ。
「すごく、すごく、嫌な感じがする!」
アレンの叫びと同時に、宿屋の一室から、凄まじい量の、黒と紫の瘴気が、爆発するように噴き出した。
シルクの体から、人間のものではない、鋭い爪が、そして、背中からは、悪魔のような、皮膜の翼が生えてくる。
美しい踊り子の姿は、見る影もない。
そこに生まれようとしていたのは、ただ、破壊の衝動に身を任せる、一匹の、狂乱の魔獣だった。
ミシミシ、と。
宿屋の建物が、内側からの、凄まจな圧力に耐えきれず、破壊の音を立て始める。
追い詰めたはずの敵が、最後の力で、暴走を始めた。
もはや、無血での決着は、不可能。
アレンたちは、この、王都の中心で生まれようとしている、破壊の化身を、どうやって、食い止めるのか。
静かなる情報戦は、今、より破壊的な、市街地での、激しい戦闘へと、その姿を変えようとしていた。
魔族の工作員シルクのアジトである、裏通りの宿屋は、その日の夜、学院長が派遣した学院の警備部隊の精鋭と、グレイの息のかかった騎士団の有志たちによって、音もなく、完全に包囲された。
作戦の本部は、アレンのいる、特別農園の小屋に置かれた。
アレンは、目を閉じて、宿屋の部屋に仕掛けた『種』と意識をリンクさせ、内部の様子を、リアルタイムで仲間たちに伝えていく。
「シルクさん、今、部屋の中を行ったり来たりしてる。
なんだか、すごく、イライラしてるみたい」
その報告に、グレイが静かに頷く。
「おそらく、箱に仕掛けた探査魔法が、何の結果も返してこんのだろう。
アレン、お前のスキルが、無意識のうちに、それを妨害しているのかもしれんな」
◇
その頃、宿屋の一室。
シルクは、まさに、グレイの推測通りの状況に陥っていた。
(おかしい……。
何かが、おかしいわ。
探査魔法が、まるで、深い霧の中に消えるように、何の反応も示さない。
あの小僧、ただ者ではないとは思っていたけれど、これほどの妨害結界を、無意識に張っているとでも言うのかしら……?)
計画が、自分の想定通りに、全く進まない。
有能な工作員である彼女が、初めて感じる、焦りの感覚だった。
彼女は、一度、このアジトを放棄し、計画を練り直すことを決意する。
シルクは、まず、部屋の窓に近づき、そこからの脱出を試みようと、窓枠に手をかけた。
その、瞬間だった。
(――そっちは、だめだよ、シルクさん)
まるで、頭の中に、直接、あの少年の呑気な声が響いたかのような、錯覚。
シルクは、はっと息を呑み、窓の外を見た。
そして、驚愕する。
窓のすぐ外、向かいの建物の屋根の上に、いつの間にか、巨大な『ヒマワリ』が、一本、生えていた。
そして、その花の中心にある、巨大な一つ目が、ぎょろり、と、自分を、見つめていたのだ。
「なっ……!?
いつの間に、こんなものを……!」
シルクは、慌てて部屋のドアへと向かう。
だが、そのドアノブには、緑色の、粘着質の『トリモチのツタ』が、びっしりと絡みついていた。
床に目をやれば、いつの間にか、音を吸収する、特殊な『静寂の苔』が、部屋の隅々まで生え広がっている。
彼女は、気づいた。
この部屋そのものが、自分が気づかぬうちに、植物でできた、完璧な「檻」へと、作り変えられていたことに。
◇
「――魔族の工作員に告ぐ」
拡声の魔法具を通した、グレイの、低く、威厳のある声が、宿屋全体に響き渡った。
「お前の行動は、全て我々の監視下にある。
もはや、逃げ場はない。
大人しく投降せよ。
さすれば、命までは取らぬと、約束しよう」
完全に、逃げ場を失った。
シルクは、その美しい顔を、悔しさに、醜く歪ませた。
(面白い……。
面白いわ、アレン・リンク。
まさか、この私が、ここまで、完璧に、追い詰められるなんて……)
だが、彼女は、魔王ゾルディアスの腹心候補の一人。
このまま、みすみす、人間の捕虜になるつもりなど、毛頭なかった。
「……ククク。
あなたたちの、その油断が、命取りだということを、教えてあげるわ」
シルクは、そう呟くと、懐から、禍々しい紫色の輝きを放つ、一つの魔石を取り出した。
それは、魔王から、万が一の時のために与えられた、最後の、そして、最悪の切り札。
使用者の生命力を、一瞬にして爆発的に増大させ、その代償として、理性を失い、破壊の化身へと変貌させる、禁断の道具――『狂戦士の魔石(バーサーカー・ストーン)』。
「見せてあげるわ。
魔族の、本当の力をね!」
シルクは、その狂気の言葉と共に、躊躇なく、その魔石を、自らの胸の中心へと、深く、突き立てた!
◇
「みんな、危ない!」
特別農園で、リンクしていたアレンが、絶叫した。
種を通して、シルクが、何か、とてつもなく危険な賭けに出たことを、瞬時に察知したのだ。
「すごく、すごく、嫌な感じがする!」
アレンの叫びと同時に、宿屋の一室から、凄まじい量の、黒と紫の瘴気が、爆発するように噴き出した。
シルクの体から、人間のものではない、鋭い爪が、そして、背中からは、悪魔のような、皮膜の翼が生えてくる。
美しい踊り子の姿は、見る影もない。
そこに生まれようとしていたのは、ただ、破壊の衝動に身を任せる、一匹の、狂乱の魔獣だった。
ミシミシ、と。
宿屋の建物が、内側からの、凄まจな圧力に耐えきれず、破壊の音を立て始める。
追い詰めたはずの敵が、最後の力で、暴走を始めた。
もはや、無血での決着は、不可能。
アレンたちは、この、王都の中心で生まれようとしている、破壊の化身を、どうやって、食い止めるのか。
静かなる情報戦は、今、より破壊的な、市街地での、激しい戦闘へと、その姿を変えようとしていた。
13
あなたにおすすめの小説
ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~
弥生紗和
ファンタジー
【完結】私はギルド受付嬢のエルナ。魔物を倒す「討伐者」に依頼を紹介し、彼らを見送る毎日だ。最近ギルドにやってきたアレイスさんという魔術師は、綺麗な顔をした素敵な男性でとても優しい。平凡で代わり映えのしない毎日が、彼のおかげでとても楽しい。でもアレイスさんには何か秘密がありそうだ。
一方のアレイスは、真っすぐで優しいエルナに次第に重い感情を抱き始める――
恋愛はゆっくりと進展しつつ、アレイスの激重愛がチラチラと。大きな事件やバトルは起こりません。こんな街で暮らしたい、と思えるような素敵な街「ミルデン」の日常と、小さな事件を描きます。
大人女性向けの異世界スローライフをお楽しみください。
西洋風異世界ですが、実際のヨーロッパとは異なります。魔法が当たり前にある世界です。食べ物とかファッションとか、かなり自由に書いてます。あくまで「こんな世界があったらいいな」ということで、ご容赦ください。
※サブタイトルで「魔術師アレイス~」となっているエピソードは、アレイス側から見たお話となります。
この作品は小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~
名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる