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第1話 成人の儀と「ダメージ反射」
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陽光が降り注ぐ穏やかな朝だった。
石畳の道が続く、のどかな村、アッシュフォード。
木組みの家々が立ち並び、その中心には古いが立派な石造りの教会がそびえている。
教会の鐘が、高く、澄んだ音色を村中に響かせた。
今日は、特別な日だ。
村の子供たちが15歳となり、大人として認められる「成人の儀」が執り行われる日なのだ。
そして、この儀式にはもう一つ、重要な意味がある。
神からの贈り物、「ギフト」を授かる日でもあるのだ。
「アルト、早くしないと遅れるぞ!」
家の外から、少し甲高い、けれど聞き慣れた声が飛んできた。
アルトは慌てて寝間着から普段着に着替えると、木製のドアを勢いよく開けた。
「ごめん、リナ!ちょっと寝坊しちゃって」
ドアの前には、亜麻色の髪をポニーテールにした少女、リナが少し頬を膨らませて立っていた。
彼女もアルトと同じく、今日15歳になり、成人の儀を迎える一人だ。
アルトの幼馴染であり、一番の友人でもある。
「もう、アルトったら。今日がどんな日か分かってるの?」
「分かってるって!成人の儀で、ギフトがもらえる日だろ?」
アルトは屈託なく笑った。
彼の名前はアルト。
15歳になったばかりの、どこにでもいるような少年だ。
少し癖のある茶色い髪に、快活そうな鳶色の瞳。
性格は良く言えば素直で明るく、悪く言えば少し単純でお人好し。
農家の次男として生まれ、今日まで畑仕事を手伝いながら育ってきた。
彼の夢は、ギフトを授かって、勇敢な冒険者になることだ。
物語に出てくるような、ドラゴンを討伐したり、お姫様を助けたりする、そんな英雄譚に彼は幼い頃から憧れていた。
ギフト。
それは、この世界で15歳になった者が、神に祈りを捧げることで授かる特別な力。
その種類は多岐にわたる。
炎や水を操る「魔法」。
常人離れした剣技を可能にする「剣術」。
傷を癒やす「治癒」。
それら戦闘向きのギフトもあれば、品物の価値を見抜く「鑑定」、交渉を有利に進める「商才」、料理が格段に上手くなる「料理」、掃除や洗濯が得意になる「家事」など、生活に役立つギフトも数多く存在する。
ギフトが無くても、訓練次第で魔法や剣術をある程度は使えるようになるが、ギフトを持つ者には到底及ばないと言われている。
どんなギフトを授かるかは、神のみぞ知る。
だからこそ、誰もが今日という日を、期待と少しの不安と共に迎えるのだ。
「どんなギフトがいいかなぁ」
アルトは空を見上げながら言った。
「僕はやっぱり、すごい攻撃魔法とか、一撃で魔物を倒せるような剣術のギフトがいいな!そしたら、すぐに冒険者になって、リナを悪いドラゴンから守ってやるよ!」
「もう、アルトったら大げさなんだから。私は、お母さんみたいに薬草に詳しくなれる『薬草知識』とか、ケガを治せる『治癒』のギフトがいいな。そしたら、アルトが無茶してケガしても治してあげられるでしょ?」
リナはそう言って優しく微笑んだ。
二人は他愛ない話をしながら、村の中心にある教会へと向かった。
教会にはすでに、同じく今日成人の儀を迎える少年少女たちとその家族が集まっていた。
皆、少し緊張した面持ちで、これから始まる儀式を待っている。
教会の内部は、高い天井からステンドグラスを通して柔らかな光が差し込み、荘厳な雰囲気に満ちていた。
正面の祭壇には、村の神官であるエルリック神父が厳かな表情で立っている。
そして、その傍らには、古びた石板が安置されていた。
高さは子供の背丈ほど、表面には見たこともない古代文字のようなものがびっしりと刻まれている。
この石板こそが、ギフトを授ける不思議な力を持つと言われている「神託の石板」だ。
やがて、エルリック神父が静かに口を開いた。
「これより、成人の儀を執り行う。今日、この日を迎えた若者たちよ、前へ」
神父の声に促され、アルトやリナを含む十数人の少年少女たちが祭壇の前へと進み出た。
皆、緊張で顔がこわばっている。
「汝らは今日、大人としての第一歩を踏み出す。同時に、神より賜る『ギフト』を受け取るであろう。ギフトは、汝らのこれからの人生を導き、支える力となる。しかし、忘れるでない。力は正しく用いてこそ価値がある。授かったギフトをどのように活かすかは、汝ら自身の心掛け次第であるということを」
神父は一人一人の顔を見ながら、諭すように語りかけた。
「では、一人ずつ、この石板に手を触れ、神への祈りを捧げなさい」
最初に呼ばれたのは、村長の息子であるトーマスだった。
彼は少し震える手で石板に触れた。
すると、石板が淡い青色の光を放ち始めた。
光はトーマスを包み込み、やがて消えた。
「…『剣術(小)』だ!」
トーマスが興奮した様子で叫んだ。
ギフトの内容は、授かった瞬間に本人の頭の中に直接流れ込んでくるのだという。
「おお、トーマス!さすが村長の息子だ!」
「剣術か、いいな!」
周りの大人たちから賞賛の声が上がる。
ギフトにはランクがあり、「小」や「中」、「大」といった形でその初期能力の高さが示されることがある。
「剣術(小)」は、戦闘系のギフトとしてはまずまずの当たりと言えるだろう。
次に呼ばれたのはリナだった。
彼女は深呼吸を一つして、石板にそっと手を触れた。
今度は、柔らかな緑色の光が石板から放たれた。
「…『治癒(小)』です」
リナは安堵したような、嬉しそうな表情で神父に報告した。
「おお、リナ!君の優しい心にふさわしいギフトだ。素晴らしい」
エルリック神父も満足そうに頷いた。
アルトも自分のことのように嬉しかった。
「よかったな、リナ!」
小声で祝福すると、リナも
「ありがとう、アルトも良いギフトだといいね」
と返してくれた。
その後も、次々と少年少女たちが石板に触れていく。
鍛冶屋の息子は「鍛冶(中)」を。
パン屋の娘は「製パン(小)」を。
農家の娘は「豊穣祈願(小)」を。
それぞれが、自分の家業や性格に合ったようなギフトを授かっていく。
中には、特に目立った能力ではない「整理整頓」や「早起き」といったギフトを授かる者もいたが、それもまた個性であり、神からの贈り物なのだと神父は説いた。
そして、ついにアルトの番が来た。
心臓が早鐘のように打っている。
どんなギフトだろうか。
できれば戦闘系の、かっこいいやつがいい。
アルトは祈るような気持ちで、石板に両手をそっと触れた。
瞬間、石板が今までで一番強い、眩いほどの金色の光を放った!
「おおっ!?」
教会内にどよめきが起こる。
これほど強い光は、滅多に見られるものではない。
何か、とてつもないギフトが授けられる前兆ではないか。
誰もが固唾を飲んでアルトを見守った。
アルト自身も、全身が熱くなるような、不思議な感覚に包まれていた。
そして、光が収まると同時に、彼の頭の中に直接、ギフトの情報が流れ込んできた。
『ギフト:ダメージ反射』
『効果:敵から受けたダメージの一部を、そのまま相手に返す』
『初期反射率:1割』
「…ダメージ、反射…?」
アルトは呆然と呟いた。
聞いたことのないギフトだ。
魔法でも、剣術でもない。
ダメージを、返す…?
「アルト、どうだった?すごい光だったが」
エルリック神父が期待のこもった目で問いかける。
周りの大人たちも、友人たちも、皆がアルトの言葉を待っている。
アルトは、少し戸惑いながらも、授かったギフトの内容を告げた。
「えっと、『ダメージ反射』っていうギフトでした。敵から受けたダメージの、1割を返す、みたいです」
しん、と教会内が静まり返った。
ダメージ反射?1割?
誰もが、そのギフトの意味を正確には理解できずにいるようだった。
「ダメージを…返す?ほう、それはまた珍しいギフトだな」
最初に口を開いたのは、エルリック神父だった。
「つまり、攻撃を受ければ受けるほど、相手にもダメージを与えられる、ということか?使い方によっては、非常に強力な盾となり得るかもしれんな」
神父の言葉に、周りの大人たちもようやく得心がいったように頷き始めた。
「なるほど!敵の攻撃を利用するってことか!」
「すげえ!アルト、お前、無敵のタンクになれるんじゃないか!?」
「どんな強い攻撃も、少しは返せるんだろ?大物の魔物にも通用するかもしれないぞ!」
先ほどの静寂が嘘のように、再び教会内は興奮に包まれた。
特に、すでに冒険者として活動している村の若者たちが、アルトに注目し始めた。
「ダメージ反射」という、前代未聞のギフト。
未知数ではあるが、その可能性に賭けてみたいと思ったのだろう。
儀式が終わると、アルトはあっという間に人だかりに囲まれた。
「アルト君、俺たちのパーティに入らないか?ちょうど前衛を探していたんだ!」
「いや、うちに来いよ、アルト!君のギフトは、強敵との戦いでこそ真価を発揮するはずだ!」
「報酬も弾むぞ!」
いくつもの冒険者パーティから、次々と勧誘の声がかかる。
アルトは、予想外の展開に戸惑いながらも、胸が高鳴るのを感じていた。
すごいギフトなんだ!
みんながそう言ってくれる!
これなら、憧れの冒険者になれる!
「ありがとう!僕、頑張ります!」
アルトは満面の笑みで答えた。
単純な彼は、周囲の期待と興奮をそのまま受け止め、自分のギフトが本当に素晴らしいものだと信じ始めていた。
その日の午後、アルトは早速、一番最初に声をかけてくれたガレスという名の戦士が率いるパーティに参加し、村の近くの森へ、最初の依頼である「スライム討伐」へと向かうことになった。
メンバーは、リーダーで大剣使いのガレス、弓使いのエルフの女性・シルヴィア、そして新人のアルトの三人だ。
ガレスもシルヴィアも、アルトの「ダメージ反射」に興味津々だった。
「スライム相手じゃ、ダメージ反射の効果は分かりにくいかもしれんが、まあ、初陣にはちょうどいいだろう」
ガレスはそう言って、アルトの肩を叩いた。
「とにかく、敵の攻撃を受けてみろ。話はそれからだ」
「はい!」
アルトは元気よく返事をし、意気揚々と森の中へ足を踏み入れた。
すぐに、目的のスライムが現れた。
青く、ぶよぶよとした、最も弱いとされる魔物だ。
スライムは、ゆっくりとした動きでアルトに近づき、ぽよん、と体当たりをしてきた。
「よし、来たぞ!」
アルトは身構えた。
体当たりは、ほとんど衝撃がない。
服の上から、軽く押された程度の感覚だ。
『ダメージを受けた』という実感はほとんどない。
これが、ダメージ?
アルトは、自分の体に起こる変化を待った。
ギフトが発動し、ダメージを反射するはずだ。
しかし、何も起こらない。
いや、正確には、アルトの体に触れていたスライムが、ほんのわずかに、ぴくり、と震えたような気がしただけだった。
スライムは、何事もなかったかのように、再び、ぽよん、とアルトに体当たりをした。
やはり、ダメージらしいダメージはない。
そして、スライムへの反射ダメージも、見た目には全く分からない。
スライムは、ぴんぴんしている。
「…あれ?」
アルトは首を傾げた。
「どうした、アルト?効いてるのか?」
後方からガレスの声が飛ぶ。
「いえ、それが…なんだか、よく分からなくて…」
アルトが戸惑っている間に、スライムは三度目の体当たりをしてきた。
ぽよん。
アルトは無傷。
スライムも無傷。
しびれを切らしたのか、後方からシルヴィアが弓を引き絞り、矢を放った。
シュッ、という鋭い音と共に放たれた矢は、正確にスライムの中心を捉え、スライムは小さな断末魔と共に、どろりと溶けて消滅した。
「…えっと、ガレスさん、シルヴィアさん」
アルトは気まずそうに二人を振り返った。
「今の、僕の反射ダメージ、見えましたか?」
ガレスは、難しい顔で腕を組んだ。
「いや…正直、全く分からんかったな。スライムの攻撃自体が弱すぎて、お前にダメージがほとんど入ってないんじゃないか?だから、反射するダメージも、無いようなものなのかもしれん」
シルヴィアも、怪訝そうな表情でアルトを見ている。
「ダメージ反射って、受けたダメージの、1割、なのよね?スライムの体当たりなんて、ダメージ1にも満たないんじゃないかしら。それの1割じゃあ…」
アルトは、二人の言葉を聞いて、ようやく自分のギフトの現実を理解し始めた。
ダメージ反射。
1割。
つまり、敵の攻撃が弱ければ弱いほど、反射するダメージも、限りなくゼロに近くなるのだ。
スライムのような最弱の魔物相手では、文字通り、何の役にも立たない。
「そ、そんな…」
アルトは愕然とした。
朝の、あの興奮が嘘のように冷めていくのを感じた。
すごいギフトだと思っていたのに。
みんなに期待されていたのに。
その後、さらに数匹のスライムと遭遇したが、結果は同じだった。
アルトはスライムの攻撃をただ受けるだけで、全くダメージを与えることができない。
結局、すべてのスライムはシルヴィアの矢によって仕留められた。
アルトは、ただそこに立っているだけだった。
村に戻る道すがら、パーティの雰囲気は重かった。
ガレスもシルヴィアも、口数は少なく、アルトにかける言葉も見つからないようだった。
村の入り口で、ガレスは立ち止まり、アルトに向き直った。
「…アルト君。すまないが、今日の依頼は、君の働きは無かったものとして、報酬の分配はさせてもらう」
厳しい、しかし当然の言葉だった。
「それと…悪いが、君のギフトは、今のままではうちのパーティでは扱いきれない。もっと強い敵と戦うようになれば、あるいは…とも思うが、今の君を連れて行くのは、正直、リスクが高い」
ガレスは言いにくそうに、しかしはっきりと告げた。
「今日のところは、これで解散だ。また、何か機会があれば…」
そう言い残し、ガレスとシルヴィアは足早にギルドの方へと去っていった。
一人取り残されたアルトは、夕暮れの空を見上げ、立ち尽くしていた。
期待に胸を膨らませていた数時間前が、遠い昔のことのように感じられる。
ダメージ反射。
1割。
なんて、役に立たないギフトなんだろう。
冒険者になるという夢は、始まったばかりだというのに、もう終わりを告げられたような気がした。
アルトの目に、じわりと涙が滲んだ。
これが、神様からの贈り物だというのか。
彼の冒険は、大きな期待と、それ以上の大きな失望と共に、幕を開けたのだった。
石畳の道が続く、のどかな村、アッシュフォード。
木組みの家々が立ち並び、その中心には古いが立派な石造りの教会がそびえている。
教会の鐘が、高く、澄んだ音色を村中に響かせた。
今日は、特別な日だ。
村の子供たちが15歳となり、大人として認められる「成人の儀」が執り行われる日なのだ。
そして、この儀式にはもう一つ、重要な意味がある。
神からの贈り物、「ギフト」を授かる日でもあるのだ。
「アルト、早くしないと遅れるぞ!」
家の外から、少し甲高い、けれど聞き慣れた声が飛んできた。
アルトは慌てて寝間着から普段着に着替えると、木製のドアを勢いよく開けた。
「ごめん、リナ!ちょっと寝坊しちゃって」
ドアの前には、亜麻色の髪をポニーテールにした少女、リナが少し頬を膨らませて立っていた。
彼女もアルトと同じく、今日15歳になり、成人の儀を迎える一人だ。
アルトの幼馴染であり、一番の友人でもある。
「もう、アルトったら。今日がどんな日か分かってるの?」
「分かってるって!成人の儀で、ギフトがもらえる日だろ?」
アルトは屈託なく笑った。
彼の名前はアルト。
15歳になったばかりの、どこにでもいるような少年だ。
少し癖のある茶色い髪に、快活そうな鳶色の瞳。
性格は良く言えば素直で明るく、悪く言えば少し単純でお人好し。
農家の次男として生まれ、今日まで畑仕事を手伝いながら育ってきた。
彼の夢は、ギフトを授かって、勇敢な冒険者になることだ。
物語に出てくるような、ドラゴンを討伐したり、お姫様を助けたりする、そんな英雄譚に彼は幼い頃から憧れていた。
ギフト。
それは、この世界で15歳になった者が、神に祈りを捧げることで授かる特別な力。
その種類は多岐にわたる。
炎や水を操る「魔法」。
常人離れした剣技を可能にする「剣術」。
傷を癒やす「治癒」。
それら戦闘向きのギフトもあれば、品物の価値を見抜く「鑑定」、交渉を有利に進める「商才」、料理が格段に上手くなる「料理」、掃除や洗濯が得意になる「家事」など、生活に役立つギフトも数多く存在する。
ギフトが無くても、訓練次第で魔法や剣術をある程度は使えるようになるが、ギフトを持つ者には到底及ばないと言われている。
どんなギフトを授かるかは、神のみぞ知る。
だからこそ、誰もが今日という日を、期待と少しの不安と共に迎えるのだ。
「どんなギフトがいいかなぁ」
アルトは空を見上げながら言った。
「僕はやっぱり、すごい攻撃魔法とか、一撃で魔物を倒せるような剣術のギフトがいいな!そしたら、すぐに冒険者になって、リナを悪いドラゴンから守ってやるよ!」
「もう、アルトったら大げさなんだから。私は、お母さんみたいに薬草に詳しくなれる『薬草知識』とか、ケガを治せる『治癒』のギフトがいいな。そしたら、アルトが無茶してケガしても治してあげられるでしょ?」
リナはそう言って優しく微笑んだ。
二人は他愛ない話をしながら、村の中心にある教会へと向かった。
教会にはすでに、同じく今日成人の儀を迎える少年少女たちとその家族が集まっていた。
皆、少し緊張した面持ちで、これから始まる儀式を待っている。
教会の内部は、高い天井からステンドグラスを通して柔らかな光が差し込み、荘厳な雰囲気に満ちていた。
正面の祭壇には、村の神官であるエルリック神父が厳かな表情で立っている。
そして、その傍らには、古びた石板が安置されていた。
高さは子供の背丈ほど、表面には見たこともない古代文字のようなものがびっしりと刻まれている。
この石板こそが、ギフトを授ける不思議な力を持つと言われている「神託の石板」だ。
やがて、エルリック神父が静かに口を開いた。
「これより、成人の儀を執り行う。今日、この日を迎えた若者たちよ、前へ」
神父の声に促され、アルトやリナを含む十数人の少年少女たちが祭壇の前へと進み出た。
皆、緊張で顔がこわばっている。
「汝らは今日、大人としての第一歩を踏み出す。同時に、神より賜る『ギフト』を受け取るであろう。ギフトは、汝らのこれからの人生を導き、支える力となる。しかし、忘れるでない。力は正しく用いてこそ価値がある。授かったギフトをどのように活かすかは、汝ら自身の心掛け次第であるということを」
神父は一人一人の顔を見ながら、諭すように語りかけた。
「では、一人ずつ、この石板に手を触れ、神への祈りを捧げなさい」
最初に呼ばれたのは、村長の息子であるトーマスだった。
彼は少し震える手で石板に触れた。
すると、石板が淡い青色の光を放ち始めた。
光はトーマスを包み込み、やがて消えた。
「…『剣術(小)』だ!」
トーマスが興奮した様子で叫んだ。
ギフトの内容は、授かった瞬間に本人の頭の中に直接流れ込んでくるのだという。
「おお、トーマス!さすが村長の息子だ!」
「剣術か、いいな!」
周りの大人たちから賞賛の声が上がる。
ギフトにはランクがあり、「小」や「中」、「大」といった形でその初期能力の高さが示されることがある。
「剣術(小)」は、戦闘系のギフトとしてはまずまずの当たりと言えるだろう。
次に呼ばれたのはリナだった。
彼女は深呼吸を一つして、石板にそっと手を触れた。
今度は、柔らかな緑色の光が石板から放たれた。
「…『治癒(小)』です」
リナは安堵したような、嬉しそうな表情で神父に報告した。
「おお、リナ!君の優しい心にふさわしいギフトだ。素晴らしい」
エルリック神父も満足そうに頷いた。
アルトも自分のことのように嬉しかった。
「よかったな、リナ!」
小声で祝福すると、リナも
「ありがとう、アルトも良いギフトだといいね」
と返してくれた。
その後も、次々と少年少女たちが石板に触れていく。
鍛冶屋の息子は「鍛冶(中)」を。
パン屋の娘は「製パン(小)」を。
農家の娘は「豊穣祈願(小)」を。
それぞれが、自分の家業や性格に合ったようなギフトを授かっていく。
中には、特に目立った能力ではない「整理整頓」や「早起き」といったギフトを授かる者もいたが、それもまた個性であり、神からの贈り物なのだと神父は説いた。
そして、ついにアルトの番が来た。
心臓が早鐘のように打っている。
どんなギフトだろうか。
できれば戦闘系の、かっこいいやつがいい。
アルトは祈るような気持ちで、石板に両手をそっと触れた。
瞬間、石板が今までで一番強い、眩いほどの金色の光を放った!
「おおっ!?」
教会内にどよめきが起こる。
これほど強い光は、滅多に見られるものではない。
何か、とてつもないギフトが授けられる前兆ではないか。
誰もが固唾を飲んでアルトを見守った。
アルト自身も、全身が熱くなるような、不思議な感覚に包まれていた。
そして、光が収まると同時に、彼の頭の中に直接、ギフトの情報が流れ込んできた。
『ギフト:ダメージ反射』
『効果:敵から受けたダメージの一部を、そのまま相手に返す』
『初期反射率:1割』
「…ダメージ、反射…?」
アルトは呆然と呟いた。
聞いたことのないギフトだ。
魔法でも、剣術でもない。
ダメージを、返す…?
「アルト、どうだった?すごい光だったが」
エルリック神父が期待のこもった目で問いかける。
周りの大人たちも、友人たちも、皆がアルトの言葉を待っている。
アルトは、少し戸惑いながらも、授かったギフトの内容を告げた。
「えっと、『ダメージ反射』っていうギフトでした。敵から受けたダメージの、1割を返す、みたいです」
しん、と教会内が静まり返った。
ダメージ反射?1割?
誰もが、そのギフトの意味を正確には理解できずにいるようだった。
「ダメージを…返す?ほう、それはまた珍しいギフトだな」
最初に口を開いたのは、エルリック神父だった。
「つまり、攻撃を受ければ受けるほど、相手にもダメージを与えられる、ということか?使い方によっては、非常に強力な盾となり得るかもしれんな」
神父の言葉に、周りの大人たちもようやく得心がいったように頷き始めた。
「なるほど!敵の攻撃を利用するってことか!」
「すげえ!アルト、お前、無敵のタンクになれるんじゃないか!?」
「どんな強い攻撃も、少しは返せるんだろ?大物の魔物にも通用するかもしれないぞ!」
先ほどの静寂が嘘のように、再び教会内は興奮に包まれた。
特に、すでに冒険者として活動している村の若者たちが、アルトに注目し始めた。
「ダメージ反射」という、前代未聞のギフト。
未知数ではあるが、その可能性に賭けてみたいと思ったのだろう。
儀式が終わると、アルトはあっという間に人だかりに囲まれた。
「アルト君、俺たちのパーティに入らないか?ちょうど前衛を探していたんだ!」
「いや、うちに来いよ、アルト!君のギフトは、強敵との戦いでこそ真価を発揮するはずだ!」
「報酬も弾むぞ!」
いくつもの冒険者パーティから、次々と勧誘の声がかかる。
アルトは、予想外の展開に戸惑いながらも、胸が高鳴るのを感じていた。
すごいギフトなんだ!
みんながそう言ってくれる!
これなら、憧れの冒険者になれる!
「ありがとう!僕、頑張ります!」
アルトは満面の笑みで答えた。
単純な彼は、周囲の期待と興奮をそのまま受け止め、自分のギフトが本当に素晴らしいものだと信じ始めていた。
その日の午後、アルトは早速、一番最初に声をかけてくれたガレスという名の戦士が率いるパーティに参加し、村の近くの森へ、最初の依頼である「スライム討伐」へと向かうことになった。
メンバーは、リーダーで大剣使いのガレス、弓使いのエルフの女性・シルヴィア、そして新人のアルトの三人だ。
ガレスもシルヴィアも、アルトの「ダメージ反射」に興味津々だった。
「スライム相手じゃ、ダメージ反射の効果は分かりにくいかもしれんが、まあ、初陣にはちょうどいいだろう」
ガレスはそう言って、アルトの肩を叩いた。
「とにかく、敵の攻撃を受けてみろ。話はそれからだ」
「はい!」
アルトは元気よく返事をし、意気揚々と森の中へ足を踏み入れた。
すぐに、目的のスライムが現れた。
青く、ぶよぶよとした、最も弱いとされる魔物だ。
スライムは、ゆっくりとした動きでアルトに近づき、ぽよん、と体当たりをしてきた。
「よし、来たぞ!」
アルトは身構えた。
体当たりは、ほとんど衝撃がない。
服の上から、軽く押された程度の感覚だ。
『ダメージを受けた』という実感はほとんどない。
これが、ダメージ?
アルトは、自分の体に起こる変化を待った。
ギフトが発動し、ダメージを反射するはずだ。
しかし、何も起こらない。
いや、正確には、アルトの体に触れていたスライムが、ほんのわずかに、ぴくり、と震えたような気がしただけだった。
スライムは、何事もなかったかのように、再び、ぽよん、とアルトに体当たりをした。
やはり、ダメージらしいダメージはない。
そして、スライムへの反射ダメージも、見た目には全く分からない。
スライムは、ぴんぴんしている。
「…あれ?」
アルトは首を傾げた。
「どうした、アルト?効いてるのか?」
後方からガレスの声が飛ぶ。
「いえ、それが…なんだか、よく分からなくて…」
アルトが戸惑っている間に、スライムは三度目の体当たりをしてきた。
ぽよん。
アルトは無傷。
スライムも無傷。
しびれを切らしたのか、後方からシルヴィアが弓を引き絞り、矢を放った。
シュッ、という鋭い音と共に放たれた矢は、正確にスライムの中心を捉え、スライムは小さな断末魔と共に、どろりと溶けて消滅した。
「…えっと、ガレスさん、シルヴィアさん」
アルトは気まずそうに二人を振り返った。
「今の、僕の反射ダメージ、見えましたか?」
ガレスは、難しい顔で腕を組んだ。
「いや…正直、全く分からんかったな。スライムの攻撃自体が弱すぎて、お前にダメージがほとんど入ってないんじゃないか?だから、反射するダメージも、無いようなものなのかもしれん」
シルヴィアも、怪訝そうな表情でアルトを見ている。
「ダメージ反射って、受けたダメージの、1割、なのよね?スライムの体当たりなんて、ダメージ1にも満たないんじゃないかしら。それの1割じゃあ…」
アルトは、二人の言葉を聞いて、ようやく自分のギフトの現実を理解し始めた。
ダメージ反射。
1割。
つまり、敵の攻撃が弱ければ弱いほど、反射するダメージも、限りなくゼロに近くなるのだ。
スライムのような最弱の魔物相手では、文字通り、何の役にも立たない。
「そ、そんな…」
アルトは愕然とした。
朝の、あの興奮が嘘のように冷めていくのを感じた。
すごいギフトだと思っていたのに。
みんなに期待されていたのに。
その後、さらに数匹のスライムと遭遇したが、結果は同じだった。
アルトはスライムの攻撃をただ受けるだけで、全くダメージを与えることができない。
結局、すべてのスライムはシルヴィアの矢によって仕留められた。
アルトは、ただそこに立っているだけだった。
村に戻る道すがら、パーティの雰囲気は重かった。
ガレスもシルヴィアも、口数は少なく、アルトにかける言葉も見つからないようだった。
村の入り口で、ガレスは立ち止まり、アルトに向き直った。
「…アルト君。すまないが、今日の依頼は、君の働きは無かったものとして、報酬の分配はさせてもらう」
厳しい、しかし当然の言葉だった。
「それと…悪いが、君のギフトは、今のままではうちのパーティでは扱いきれない。もっと強い敵と戦うようになれば、あるいは…とも思うが、今の君を連れて行くのは、正直、リスクが高い」
ガレスは言いにくそうに、しかしはっきりと告げた。
「今日のところは、これで解散だ。また、何か機会があれば…」
そう言い残し、ガレスとシルヴィアは足早にギルドの方へと去っていった。
一人取り残されたアルトは、夕暮れの空を見上げ、立ち尽くしていた。
期待に胸を膨らませていた数時間前が、遠い昔のことのように感じられる。
ダメージ反射。
1割。
なんて、役に立たないギフトなんだろう。
冒険者になるという夢は、始まったばかりだというのに、もう終わりを告げられたような気がした。
アルトの目に、じわりと涙が滲んだ。
これが、神様からの贈り物だというのか。
彼の冒険は、大きな期待と、それ以上の大きな失望と共に、幕を開けたのだった。
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書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜
涼月 風
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御門賢一郎は過去にトラウマを抱える高校一年生。
ゴールデンウィークにソロキャンプに行き、そこで綺麗な石を拾った。
しかし、その直後雷に打たれて意識を失う。
奇跡的に助かった彼は以前の彼とは違っていた。
そんな彼が成長する為に異世界に行ったり又、現代で錬金術をしながら生活する物語。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
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定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
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